第22話 case4 探索編 1
「それではまず、姫様には変装をして頂きます」
「む? なぜにゃ?」
「あははは……、コスプレ会場ならそれでも行けると思いますがねー」
姫の人化は不完全であり、瞳孔は縦に割れ、猫耳、尻尾が在るのは勿論、体表の3割程度は艶やかな白毛で覆われている。
この身形でもって、ごく普通の人間でございますと言うのは、少しぜいたくが過ぎると言うものだった。
「むぅう、あまり窮屈なのは好きでないが……」
それでも渋る姫に、明は自信をもって提案する。
「ご安心ください、この防止に護符を仕込ませてあります。天狗の術をもってすれば、人目を謀るのも雑作ないことです」
そう言って明は、内側に護符が仕込まれたサマーニット帽を姫に被らせる。
「わっ、ホントに普通の人に見える」
鈴子はそう言って驚きの声を上げる。帽子を被った姫は、耳と尻尾は服で隠しているとしても、瞳と体毛は普通の人間と同じようになっていた。
「ふむ、そうかにゃ? 儂には、うっとおしい術がまとわりついているように見えるが」
鏡で自分の姿を確認する姫には、全身にボンヤリとしたモヤが掛かっている様に見えるらしく、そうぼやいた。
「はは、そりゃー、あんたは特別だからな。だが、普通の人が見る分には、ただのヤンキー姉ちゃんにしか見えねぇから安心しろ」
不服そうな姫に対して、倫太郎がフォローを入れる。
術が掛かっている事さえ気づかれない事が最上だが、下忍の明にそこまで求めるのは酷と言うもの。
さりとて、現在の姫のスタイルは、上下ともダボダボのジャージに、サマーニットから漏れる純白の髪、そしてつり目がちで野性味あふれる瞳と、ちと美貌に優れるが、何処に出してもおかしくない、田舎のヤンキーっぽい普通の人に見えた。
「この世には、普通じゃない人間もチラホラいるが。そいつらは自分に害が無い限り、他人には無関心だ。
追手の連中もその中に含まれるんだろうが、そのまんまの姿で出向いて、人垣作って練り歩くことになるよりゃ、100倍増しだ」
「うむ、それは、その通りだにゃ」
こうして、ルンルン気分の姫は明をお供に、町中へ繰り出していったのであった。
「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
「ちょ! ちょっと姫様! 食べ方がワイルド過ぎます! 少し落ち着いて!」
先ずは腹ごしらえ、と言う事で、何か食べたいものが有るかと聞いた明に帰って来たのは――。
「普通の人間の食べ物を食べる機会にゃど、そうそうないからにゃ。熱々のもの以外にゃら何でもよいにゃ」
――と言う、全任せの言葉と共に渡された、ブラックカードだった。
明は、そのどうしようもなく怪しげなカードをマジマジとみるが、「これを使う事で居場所がばれる恐れがある」と言いくるめ、そのカードを姫に戻した。
となると、明の建て替え、若しくはおごりでエスコートしなければならないのだが、これから何処に引っ張りまわされるか分からないと言う事で、取りあえずファーストフード店に入る事とした。
そこで行われたのが上記の惨状である。
ヤンキースタイルで中和されているとはいえ、衆目を集める様なとびっきりの美人が、両手にハンバーガーを持って交互にかぶりつく様は、正しくこの世の地獄の様な光景だった。
口周りはソースで汚れ、テーブルにはポロポロと食べかすがこぼれる、そして最後の止めに同席している中性的な少女は、その女性の事を姫と呼ぶ。
この異様な光景に、入店当初は姫の美貌にざわついていた店内からは、潮を引く様に客の姿が無くなっていた。
「ふー、食ったにゃ食ったにゃ」
しょっぱなから、良いストレートを貰った明は、開始早々後悔の渦に飲まれていた。
(えっ? これを3日間続けるの? しかも終わるまで帰れないの? そもそも依頼料はどうなってるの? まさかあの怪しげなブラックカードから出てくるの?)
様々な思いが胸中を駆け巡り、もはやとっとと追手が現れてくれないかなと言う不穏な考えが頭をよぎる。追手さえ再起不能にしてしまえば、この任務から解放されるのだ。
だが、その期待は裏切られる。
興味を引くものが有れば、あちらこちらと俊敏かつ静穏にフラフラするのを始めとし。
動物園に行けば、異常な気配を察知した動物たちが大興奮をし、面白がった姫はそれを囃し立てる。
遊園地に行けば、安全バーからするりと抜けだし、ジェットコースターの座席に仁王立ちする。
コンサートに行けば、にゃんにゃかにゃんにゃか大声で歌い出す。
映画に行けば、人目をはばからず感情丸出しで大笑いに大泣きする。
それにも飽きたら、「鬼ごっこにゃ」等とのたまい、全力で逃げようとする。
こうして、添田明にとって、地獄の試練と言える2日間が過ぎていった。
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