第23話 case4 探索編 2
「あのー、明ちゃん大丈夫」
約束の最終日、明の事が気になり、事務所を訪れた鈴子が見た彼女は。精魂疲れ果て、懲役10年の労苦を味わったような姿で項垂れていた。
「あははは、僕は大丈夫です鈴子さん。ちょっと姫様の行動が人知を超えた予測不可能なもので、尚且つ僕の全力をもって漸く阻止できる程度の物で、尚且つ偶にそれすらも掻い潜って、僕の目の届かない場所に消えてしまう程度の物で、尚且つお嬢様と連絡を取ろうとしてもけんもほろろに「終わるまで帰って来なくていい」の一点張りな程度の物で、倫太郎さんは何もしてくれない程度の物ですから」
「ちょっちょと! 大丈夫! 本気で死相が出てるわよ!」
ブツブツとテーブルに向かい返事を続ける明の肩をゆする鈴子だが、魂の抜けかかった明はなされるがままブンブン揺れていた。
「まっ、その苦労も今日までだ、精々気張れや」
そんな明を無視して、倫太郎は机に脚を投げ出し新聞を捲り、件の姫と言えば、此処が私の指定席とばかりに、倫太郎の背にしなだれかかっていた。
「ちょっと倫太郎さん! これ大丈夫なんですか!?」
鈴子は死臭漂う明を指さしながら倫太郎を糾弾すると。
「くふふふ、こちらの女子はこう言っておるが、そちはどうするつもりにゃ、明よ」
等と、姫が明の目を見て兆発してくる。
「勿論、続けますよ。天狗忍者に失敗の二文字は許されません」
それを見て、倫太郎は「ほう」と一息、感嘆を漏らし、「漸くお前もハードボイルドの何たるかが分かってきたようだな」としたり顔でそう言った。
こうして、明と姫の最後の一日が始まろうとしていた。
ちなみに倫太郎はさっきの一言が鈴子の閾値を超えたようで、お盆で頭を叩かれていた。
「さて、今日は何して遊ぶかにゃー」
元気いっぱい、気分ルンルンで歩く姫の後を、明は全身の筋肉痛その他もろもろに置かされながら、体を引きずる様に歩いていく。
そして、近所の公園にたどり着いた時だった。
「HAHAHA、ナイス日和ですねー! お嬢様がーた!」
見るも怪しい、黒人の僧侶が何処からともなく現れたのだった。
「にゃ?」
「なっ! 何奴!!」
明はとっさに姫の前に出つつ、懐に手を伸ばす。
「Oh! そんなに驚かれてはショックホームランでーす
わたーしの、名前はベンジャミン・アラカルト。旅の僧侶をして居るモノでーす!」
「誰がベンジャミンだ、ザビエル。お前何時コードネームを変えたんだ」
二人と一匹が対峙していると、明たちの後ろから男の声が聞こえて来た。誰であろう、そう、ハードボイルド探偵河童倫太郎その人だった。
そして、倫太郎は姫に向かってこう言った。
「おい、姫さんよ。ホントに追手が来るなんて聞いちゃいねーぞ」
話は、3日前にさかのぼる、倫太郎が明と鈴子を事務所から叩き出した時の話だ。
倫太郎は、姫から話を聞いたのち、明の上司である。豊前翔子へと連絡を取った。
「おい、翔子。いい知らせと、悪い知らせがあるんだが聞くか?」
「あら、倫太郎君。貴方からの連絡なんて珍しい、聞くだけは聞いてあげるから話してみたら」
「けっ、情報を商ってるくせにトンでもねぇ言い草だな」
「それはお互い様でしょう? それで、要件は何なのかしら」
「ああ、お宅の明は預かった、返してほしければ――」
「……冗談に付き合っている暇はないのだけれども」
「んだよ、ノリが悪いな。まぁそんで明の事なんだけどよ」
「明がどうしたの? 確かに少し帰りが遅いけど……まさか貴方本当に明に手を出したんじゃないでしょうね」
「俺はロリコンじゃねーよ!
あー、話を戻すがな。明、猫又の呪いに引っかかってんぞ」
「……続けて」
くひひひ、と倫太郎は意地の悪い笑い声を漏らしてから、話を続ける。
「ただ単に運が悪かったと言えばソレまでなんだがな、明は猫又の魅了に掛かっちまってる。
知っての通り、魅了されてる本人にゃ全く気が付いていないし、そもそも掛けられたのは、薄く浅い呪いだからそんなに強制力がある訳じゃねぇ。
だが、それを掛けた奴は、結構強力な猫又でな、かなり深くまで根を張ってやがる。こいつを無理矢理解呪しようとすれば」
「明に結構な負担がかかるって訳ね、けど、そんなことしないで術者の猫又を退治してしまえば済む話ではなくて?」
「ほう、儂を退治しようと言うのかにゃ小娘」
「だー、今は俺が電話中だ! 手前はすっこんでろ!」
バタンバタンと、暫し争う音が聞こえた後、倫太郎が電話に出る。
「あぁ済まない。ちょっと面倒くさい奴がいてな」
「…………。倫太郎君、貴方自作自演で酷い事しようとしてない?」
「そんな、面倒くさい真似、しねーよ。純粋に明が不運だっただけだ。
そんで、今俺の隣でブー垂れている奴が犯人なわけだが、こいつが言うには「暇つぶしに相手をしろ」って事だ」
「……はぁ、あの子もつくづく」
翔子は今までの事を思い出し、ため息を吐く。明は優秀な下忍ではあるが、如何せん運が悪かった。そのことが原因でこれまでも色々と事件を連れて来た覚えがある。
「それで、遊びって何? 私がその猫又の相手をすればいいの?」
「おーと、主人に自分のケツを吹かせちゃ、明の立つ瀬がないぜ。奴ももう直ぐ中忍試験を受けようって言うんだろ? 自分のケツは自分で拭かせなきゃな」
「そうは言っても、あんたの話では、結構厄介な猫又なのでしょ? それこそ明の手に負えないんじゃないの?」
「だからそう血気ばやんな、何も明にこいつを退治させようって言うんじゃない。言っただろう「遊び相手を探してる」って」
「…………その遊びとは具体的には?」
「にゃーに。特には決めちゃおりゃぬ。普通の人間がするようにゃ遊びでかまわにゅよ」
伝言ゲームに嫌気がさしたのか、電話口からはまた猫又の言葉が聞こえた。
電話では、
「それを、クリアーしたら。明は開放すると?」
「そうだにゃ、あくまでも一時の暇つぶし。期間は……取りあえず三日、それまであの小娘が値を上げなければ、大人しく負けを認めて解呪してやるにゃ」
「おい、返せ」と言う言葉が遠く聞こえ、電話の相手が倫太郎に戻る。
「まぁ、取りあえずそう言う事だ。中忍試験も近いんだろ?
平和で愉快な、アスレチックだ。ここはこの猫又に明を鍛えてもらうのはどうだ?」
「……本音は?」
「今月ヤバいんだ、俺が明のケツ持ちするから、依頼を出してくれ」
「……ほんと、貴方って忍びとしては優秀だけど。人間としては屑ね」
「って、話じゃなかったのかよ?」
「んー、そのつもりじゃったのにゃが。そこな異人は一体何しに来たのかにゃ?」
「HAHAHA、長話はおーしまいですかー?
それでは、皆さまお待たせしました、出て来てくださーい!」
ザビエルがそう言って、両手を広げると、4人の忍び装束の男たちが明たちを包囲する。
「にゅ?」
「っく! しまった!」
「はーぁ、面倒くせぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます