第21話 case4 導入編 2
「あー、鈴子に明。取りあえず、この姫とやらに合う服を買ってこい、俺の一張羅が毛だらけになっちまう。」
倫太郎にそう言われた明は、鈴子ともども、事務所から追い出される事となった。
「あっ、あはははは。まぁ明ちゃん元気だしなって。あの人? 猫だったから人間の性別がよく分からなかっただけだよ。
ほら! 私だって一目見ただけじゃ猫の性別って分からないし!」
「…………。以前、倫太郎さんにも股間をまさぐられた事があるんですが」
「その件は本当にごめん! あの後ちゃんと倫太郎さん懲らしめといたから」
静かに落ち込む、明だが。半分は彼女の自業自得である。彼女は中性的な顔立ちをしている上、動きやすさを重視して髪型はショートカットかつ、服装は男装をしているので、稀によく男性に間違えられる。
慰めている鈴子にしたって、最初は男と思っていた位だ。
「はぁ、もういいです。それで鈴子さん。どんな服を買って来ましょうか」
「んー……少なくともD、いやEはあったよね」
「……そうですね。我々には遥か遠い世界です」
ちなみに、何がとは言わないが明はAA、鈴子はBである。
「……考えるの馬鹿らしいから、ジャージでいいんじゃない」
「……そうですね」
こうして二人は、安売りで有名な近所の量販店に歩を進める。持たざる者の小さな抵抗は……虚しい足取りだった。
「只今戻りましたー」
事務所に戻った二人を待ち受けたのは。ぶすっとした表情の倫太郎と、それに纏わりつく姫だった。
「ちょ! 若様! 依頼人? を侍らしてなにやってるんですかッ!」
「知るか! こいつがまとわりついて来るんだ! 確かに俺はボインの方が好きだが、猫又に押し付けられてもうれしくとも何ともねぇ!」
鈴子は慌てて二人を引き離し、姫に買い物袋を押し付ける
「なんじゃ、なんじゃ。ぬしらつがいであったのか? いいではないか減るものでもにゃし」
「ちっ、違います! 風紀の話です! 風紀の! ほら! 明ちゃんも手伝って!」
二人がかりの攻勢に、姫は仕方がないと倫太郎から名残惜しそうに離れる。
「むぅー。こやつからはいい匂いがするでにゃ。待っておる間暇だったので堪能しておったのじゃ」
「ったく、いい迷惑だぜ」
そう言い倫太郎は、シャツについた毛を払う。赤いYシャツには白い猫毛がよく映えていた。
「ところで明よ。お前が買い出しに言ってる間に、幾つかこの猫又に聞き取りを行ったんだが、結局お前さん、この依頼をどうするつもりだ?」
応接ソファーの対面に座る明に向けて、倫太郎の挑むような、それでいてニヤついた視線が向けられる。倫太郎の隣には、ジャージに着替えた姫が座っており、倫太郎を真似しているのか。同じ格好を取り、口角を上げニヤニヤと笑っていた。
その様は、どう見ても悪徳商人とその情婦であり、腹立たしい事この上なかった。
「いっ、依頼と言っても。僕個人が依頼を受ける裁量権はまだありません、そう言うのは正式にお嬢様を通して頂かないと」
「あぁ、そう言うだろうと思って。翔子には連絡入れといてやったぞ」
ニヤニヤと笑う倫太郎は、スマートフォンの画面を明に向ける。そこには明もよく知る翔子の電話番号に向けての発信略歴があった。
「ちょ! ちょっと! 勝手に何やってるんですか! 倫太郎さん!!」
青ざめた明がスマートフォンを奪おうとするが、それはひらりとかわされ、倫太郎のポケットの中へと消えていく。
「お前が、ここに来てからの経緯を丁寧に説明したら、奴はすんなりと話を聞いてくれたぜ。因みに『解決するまで、帰って来なくていい』ってさ」
あ、う……、と伸ばした手が空振りに終わった明は、そのまま机にうなだれる。隣にいた鈴子はそれを不憫に思い、明の肩に優しく手を差し伸べるのであった。
「そんじゃー改めて、依頼の確認だ。依頼内容はこの姫さんの護衛。護衛の期間は――」
「未定、と言いたいところじゃが。三日でいいにゃ」
「三日、ですか。三日後に何かあるんですか?」
「それは内緒にゃ、企業秘密ということにゃ」
ふんぞり返って、腕組みをする倫太郎と、それにしだれかかる姫。どうやら悪役ロールが気に入った様で、一人と一匹はその体勢のまま上から目線で語り続ける。
「ちなみに、儂は行動を自重しないつもりだにゃ。行ってみたいところが色々とめじろ押しだにゃ」
「ちょっ! ちょっと! それは!!」
姫のあまりにもな言動に青くなる明に対し、倫太郎は
「まぁ落ち着け明、この姫さんの運動能力は忍者クラスだ。と言うか、基礎能力だけを見たら、下忍のお前さんを上回る。
お前さんがやる事と言えば。ぶっちゃけ護衛と言うより、エスコートってとこだな」
「……それならやっぱり、姫様に気に入られてる倫太郎さんが適任なんじゃないですか」
事実とは言え、自分の方が弱いと言われてむくれる明だったが、倫太郎は挑発的な顔で反論を紡ぐ。
「だが、最初に依頼を受けたのはお前だろ? それを俺に丸投げして、どの面下げて家に帰るつもりだ?」
「くっ!」
自分に買い物に行かせたのはこのためだったか、と明は思うが後の祭り。既に彼女の主人に連絡が言っている以上、もはや断る道は残されていないのであった。
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