case4 白猫のお願い

第20話 case4 導入編 1

 夕暮れ時、別名を逢魔が時と言う。昼から夜、陽から陰へと切り替わる、境界の時間。その虚ろな時刻に、町を歩む独りの少年、もとい少女が居た。


「ん~んっと」


 一仕事終えたとばかりに、背伸びをしながら歩を進めるその少女の名は添田明そえだ あきら、天狗忍者頭首の娘、豊前翔子とよまえ しょうこの付き人であり、彼女自身、天狗忍法の使い手であった。

 彼女は、翔子の使いを終え、足取り軽く帰路についている所だったのだが……。


「あっ、猫の集会だ」


 人気のいない公園に、数匹の猫が寄り集り、ニャーニャーと鳴いていた。

 三毛猫、ぶち猫、黒猫と様々な猫が寄り集っているが、その中心にいたのは綺麗な純白の猫。遠目からでも毛並みの良さと気品を感じられる、美猫だった。


「猫の集会って初めて見た。あの白猫がボスかな? 首輪をしてないけど飼い猫かなぁ?」


 明は物珍しさに、眺めていると。ふと、その白猫と目が合った。

 縦に割れた瞳孔が、じっとこちらを眺めてくる。その視線は、まるで彼女の心の底までのぞき込むような視線で、彼女は背筋が寒くなる。


「なんだか、妙に、見られてるけど……、なにか、なにか……」


 違和感だ。明はその猫に違和感を感じていた。すると、立ち止まっていた彼女に向かって、トコトコとその猫が歩を進めてくる。


 なにか、不穏な空気を感じた明は、じりじりとその場から後退りをしようとすると、その猫は、彼女が逃げる気配を感じ取ったのか、得物を追う速度で走り出した。

 その猫が、明を追うと、周囲にいた猫も一斉にその猫を追って走り出す、瞬く間に、猫の小隊が、彼女えものを追い詰めるべく全力疾走しだした。


「ひっ!」


 明は、猫が苦手と言う訳ではないが、10匹近くの猫に全力で追いかけられれば、誰だって恐怖する、勿論彼女も恐怖した。


「きゃーーーー!!」


 混乱した明は、自身が修めた忍法を使う事も忘れただひたすらに全力疾走する。

 忍法を使わずとも、並のメダリストよりも走力に優れた明だが、それでも猫の運動能力に敵うはずなく、圧倒言う間に、彼女は猫たちに包囲された。


「ひっ!」


 怯え竦める、明。その周りをぐるっと包囲する猫たち。なんで自分がこんな目にと思う彼女だったが、猫たちの気持ちなど彼女には分からない。

 カタカタと明が震えはじめた頃、例の白猫がを振りながら、彼女の前に出て来てこう言った。


「そこな小僧、そう怯えることは無いにゃ」





「だっだずげでぐだざい~~~~~~」

「……なにやってんだ、お前」


 ここは、あいもかわらず閑古鳥が鳴く河童探偵社かわどうたんていしゃ。だが、今日は閑古鳥の代わりに、明が連れて来た、猫たちの鳴き声で埋め尽くされていた。

 あきれ顔した社長兼探偵の河童倫太郎かわどう りんたろうの前には、4/5泣きの明が、青白い顔をして猫たちに厳重包囲されていた。


「ひゃー、まるで猫カフェ状態ですねー」


 フリージャーナリストで、偶にここでアルバイトをしている緑川鈴子みどりかわ すずこは、頭の上に白猫を被った明にコーヒーを出しながら、現実逃避しながら呑気な感想を漏らす。


「まぁ、話だけは聞いてやるから。それが終わったらとっとと帰れ」


 倫太郎が、突き放すようにそう言うと。明の代わりに、彼女の頭上に居る白猫が答える。


「まぁまぁ、そう言うにゃよ、小僧。袖振る縁もにゃんとやら。ここは一つ。儂の話を聞いてくれにゃ」

「ったく、猫又なんぞに取りつかれやがって。いったい翔子てんぐはどういう教育をしてんだ」

「お嬢様は悪くありません!」


 明は従者魂を振り絞り、涙を流しつつもそう吠えたのだった。





「このままでは、話しにゃくいので、姿を変えるにゃ」


 白猫、いやさ猫又は。そう言った後、白髪を揺らしたグラマラスな美女に姿を変え、明の隣に腰掛け――。


「「ちょ! ちょっとーーーー!!!!」」

「にゃっ! にゃんじゃ人間ども!?」

「あー、なんか羽織れ化け猫」


 堂々と腰掛ける猫又(人間形態)の姿は全裸であった。全裸と言っても、手足を始めそこそこに毛皮を纏ってはいるが、それでも豊満なバストは全力丸出し状態の大サービス。青少年には刺激の強いR15状態だ。

 倫太郎はしょうが無く、羽織っていた黒ジャケットを放り投げる。


「むー、儂には毛皮で十分なのじゃが……」


 ぶつくさと文句を言いつつジャケットを着るのに悪戦苦闘する、猫又に明と鈴子が助け舟を出すが――。


「……とてもじゃないけど、ボタン閉まりませんね」

「……そうね、明ちゃん。しょうがないから前掛けにしてもらいましょう」


 二人同時に、強力な流れ弾を食らっていた。





「あー、それでー、話って、なんなんだー」


 脱線の多さに、やる気2/3減の倫太郎が、どうでもよさげに猫又に質問をする。


「うむ、儂は追われておってにゃ、それで、その追手から匿ってほしいのにゃ。

 先ほどもその小僧に、そう持ち掛けたのじゃが、話半分も聞かないうちに逃げ出そうとしてにゃ。気が付いたらここまで案内されていたと言う訳にゃ」


 ふーん、と倫太郎は冷たい目を明に向けるが、彼女はさっと視線をそらす。


「いっ、いや違うんですよ! けして河童探偵社ここに押し付けようとか言う訳じゃなくて……、そう! 偶々公園からここが近くて、倫太郎さんの縄張りを荒らすのも良くないと! あっそう! あとお嬢様猫アレルギー持ちなんですよ! だから、此処に押し付けたら、全部忘れてとっと家に帰ろうと!」

「おいテメェ! 本音だだ漏れじゃねーか!」

「むー、にゃんでもいいが、小僧ども。儂の話はどうにゃったのじゃ」


 ニャーニャーと、胡坐をかいた猫又はふてぶてしくそう言う。


「あ゛ー、面倒くせぇなぁ。おい明、テメェのケツはテメェで拭けよ」

「いや、そこを何とか。ってえーっと、猫さん……えーっと、そう言えばお名前は何と読んだらいいんですかね?」

「ん? にゃまえか? んー、儂は猫又の姫じゃからな。ひめでいいぞ小僧」

「そう! それです! 私は小僧じゃありません、れっきとした女なので、せめて小娘に訂正してください」


 明がそう言うと、姫はキョトンとした顔をして、明の体を上から下まで眺めた後に。倫太郎のジャケットが掛けられた自分の胸を持ち上げる。


「女子なら胸はどうした? 切り取ったのか?」

「切り取ってません!!」

「……ふぅむ」


 姫はひとしきり、思案した後。隣に座る明の胸と股間にしゅるりと手を伸ばした。

 

 数秒後、事務所に甲高い悲鳴が轟いたのだった。

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