第19話 case3 決着編

「って! 義明さん! 話聞いてました? 美紀さんがストーカーこじらせちゃったら大変な事なるかもしれないんですよ!?」

「なーに、鈴子ちゃん。そこは彼氏の腕の見せ所だろ? 俺ならキッチリ言い聞かせてやるぜ」


 鈴子の心配そうな声を他所に、義明は自信たっぷりにそう答える。

 そして、倫太郎は、その様子を見て愉快に笑ってこう言った。


「よーし、じゃあ計画変更だ。

 おい、鈴子。あの指輪屋の姉ちゃんに連絡とってくれ、秋月美紀デザインの女もんの指輪一個注文だ!」

「えっ! 義明さん大丈夫なんですか! 幽霊と結婚しちゃうんですか!?」


 鈴子は驚き慌てるが、男二人は平気の平左。


「いやいや、鈴子ちゃん。今時小学生だって指輪の送り合い位するもんだぜ。

 渡したからって即結婚なんて話にはならねぇよ」

「でもでも、あの人ですよ。相当思い込み強そうでしたよ」

「そこは俺の腕の見せ所さ。なーに過去には美紀ちゃんが可愛く思えるぐらい、情の深い女の子とも付き合った事はある、俺に任せてくれよ」

「ったく。お前は昔から相手が厄介であればあるほど、調子に乗る男だ」

「はっ、あったりめぇだ。男ってもんは目の前にあるおんなが高ければ高いほど燃える生きもんだ! 高嶺の花は掴んで何ぼだぜ!」

「はぁ……幽霊に高い低いってあるんですかねぇ。

あと、前々から思っていましたが、義明さんって筋金入りの軟派者なんですね」


 妙なテンションになる馬鹿二人を前に、鈴子はため息交じりでそう言ったのだった。





「ところで、あの黒人はどうしていやがる」


 探偵事務所が入っているビルの屋上。交際を申し込むにはムードもへったくれもない、殺風景な場所に3人はいた。


「さて、な。視線は感じるからどこかで見張っている事は確かだ。だが匂いは感じねぇ、そう近くじゃねぇな」


 花束と指輪を持った義明の質問に、倫太郎は煙草を吹かしながらそう答える。


「けど、美紀さん来てくれますかねぇ、昨日の今日で、この体制ですよ?」


 鈴子は、ドアの近くで小動物の様に周囲をキョロキョロ見渡しながらへっぴり腰でそう呟く。


「だーいじょうぶだって、鈴子ちゃん。何人もの女と付き合ってきた俺なら分かるが、彼女は、相当な夢見る乙女だ。

 試練があればあるほど、恋する乙女は燃え上がるってな、ますます落としたく成って来たぜ」

「かっ、幽霊を地に足つかせようなんざ、お前はやっぱり強欲な男だ。そんじゃー始めるか。義明、準備はいいか!」

「いつでも上等!」


 作戦はごく簡単、義明が美紀の指輪を付けて彼女を呼び出し告白する。倫太郎は邪魔者(ザビエル)を妨害する、以上だ。

 ただし、指輪を指に付けてしまえば呪いで外せなくなる恐れがあるため、あくまで今回は恋人から始めましょうと言う事で、ペアリングはネックレスにしてある。

 ちなみに鈴子は、一人で事務所にいるのも怖いと言う事でついて来た野次馬ぎせいしゃである。


「こうして見たら、良いデザインだな。3つの輪が有機的に絡まり合って、シンプルかつ特徴的だ。

 この3つの輪は、彼女が工房を構えていた朝倉の3連水車をイメージしてるのかねぇ、だとしたら、朝倉おれがこの指輪と、彼女と出会うのは運命だったのかもしれねぇな」


 義明は、そう呟いて、ネックレスを首にかける。


 空気が変わる、梅雨の合間の晴れの日に、急激に雲が空を覆い、ジメジメとした空気が押し寄せて、ひんやりとした強風は体温を奪う。


ザビエルやつが動いた、俺は迎撃に出る」


 そう言い、倫太郎は吸っていたタバコを吐き捨て、その代わりにキュウリを咥える。


「ダチの為だ、しょうがねぇ。河童忍者、河童倫太郎、推してまいる!

 義明! 俺が戻ってくる前にケリつけんだな!」


 倫太郎の全身は鮮やかな緑色になり、頭には皿が、指には水かきが、左腕には亀甲模様のバックラーが出現する。

「ふッ!」と軽く息を吐いたと思いきや、倫太郎の姿は何処かへ消えていた。


「あーもう、倫太郎さん。タバコのポイ捨てはって出たーーーーーーー!!!」


 ―なによ、うるさいわね―


 鈴子が、倫太郎が足でもみ消した吸殻を拾い、ふと見上げると、上空にはフワフワとワンピースを漂わせる美紀の姿があった。





「ハーイ、りんたーろう。仕事の邪魔なんで、そこをどいてくれませーんか?」

「はっ!どくわきゃねぇだろ。人の恋路を邪魔する奴は、河童に流されマリアナ海溝まで沈んじまえ」


 事務所のビルから数100m離れたビルの屋上で、緑と黒が相対していた。お互いに浮かべる表情は笑顔。

 双方ともに牙をむき出した、獣の微笑みだった。





「やっほー、美紀ちゃん。また会えてうれしいよ」


 義明は、ごく普通に幽霊みきに向かい挨拶をかわす。


 ―………………―


 対して美紀ゆうれいは、視線を合わせる事無く俯き、黙る。


「どしたの、今まではあんなに熱くアプローチしてくれてたのに」


 義明は、首に掛けた指輪を手に取り、懐かしそうにそれを優しく輝かせる。


「君の言いたいことは分かるよ、あの黒人の言葉で改めて、自分の置かれた環境を理解したんだろ。

 確かに、君は危うい状況だ、そんな事素人の俺だって分かる。

 今までの君の事も分かる、コンテストの時の写真を見せてもらったからね。

 あの精一杯の笑顔を見れば、君が今までどれ程頑張って来たのかはよく分かる。

 この指輪を見れば分かる、君がどれだけ誠実で繊細なのかが。

 今までの事を思い出せば分かる。君がどれだけ奥ゆかしくて意地っ張りなのかが。

 俺は君の事を分かる、けど、もっと分かりたい。

 そして、俺の事をもっと分かって欲しいんだ」


 義明は、そう言って宙に浮かぶ彼女に手を伸ばした。





「河童忍術、高圧流水ウォータージェットモード―W


 倫太郎は水の鞭を縦横無尽に振う。


「HAHAHA、土克水、極楽黄土、タイタンスマーーシュ!」


 ザビエルは、岩をグローブとし、それを打ち、反らしていく。


「テメェ、ザビエル! 宗教ちゃんぽんもいい加減にしろ! 雑過ぎんだよ!」

「HAHAHA、りんたーろうに言われたくないでーす! なんで忍術名が英語なのでーすか!?」


 すごん、ばしゃんと水しぶきが飛び、瓦礫が散乱する。

 遁術を使いつつの戦いなので、一般人には例え音を頼りに天を見上げても二人の姿は見えはしない。ただ、砂の混じった雨が降っていると言うだけだ。

 

 二人の戦いは一進一退。倫太郎の切れ味鋭い攻撃を、ザビエルは多種多様な技で捌いていくが、如何せん攻め手に掛けると言った次第だ。

 だが、しかし。





 ―貴方は、おかしな人ですね―


 美紀は泣きそうな声で、そう呟く。


 ―私も本当は分かっていました、こんな事してちゃいけないって―

 ―こんな事、こんな事です―

 ―ご存知かも知れませんが、生前の私は暗くて、引っ込み思案で、いじめられっ子で、人付き合いが苦手で、独りが好きで、独りが楽で、引きこもりで、弱気で、内気で、我がままで、全部が嫌で、全てが嫌いで、でも駄目で、でも、でも、でも……。

 ―恋をしたかった! 愛を知りたかった!―

 ―けど! 自分には無理だって諦めていた!―

 ―そんな私でも!―

 ―これは不幸な事故だったけど!―

 ―望んでこうなった訳じゃないけど!―

 ―変われた!―

 ―変わってしまった!―

 ―だから!―

 ―だから!!―


「だから、俺と出会えたのさ」


 女の慟哭を止めたのはバラの香り。

 男は女に触れることは出来ない、温もりを直接伝えることは出来ない、なぜなら女は既に死んでいるから、肉体を持たぬ幽霊となってしまっているから。

 だけど……


 パンパンと遠くから花火の上がった音がした。


「ちっ、今回も引き分けだな」

「Oh、そのようでーす」

「あっ? おめぇの任務は阻止したんで戦略的には俺の勝ちだろ?」

「HAHAHA、そんな小さなことお釈迦様の教えの前では些細なことでーす」


 季節外れの花火を合図に、二人は矛を収めていた。


「まぁですね、わたーしも。ホースに蹴られてノックダウンはごめんなのでここらでおさらばしまーす。御二人には神のご加護がアーメンでーす、とお伝えくださーい」


 そう言い残し、黒い巨体は姿を消す。

 戦場となった屋上には細かな傷が無数にあれどただそれだけだ、これは二人とも明らかに本気で戦ってはいない事を示唆していた。


「けっ、狸野郎め……狸? いや熊? んーーーー、まぁ何でもいいか。あんな胡散臭い奴の事なんぞ」


 倫太郎は変身を解き、元の姿に戻りポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 風に揺れる煙はビルの屋上に溶けてゆく。

 梅雨の真っ只中だと言うのに、今日もまた快晴だった。





「いやー、成功しちゃいましたねぇ」


 鈴子は、喜んでいいのか、心配していいのか、微妙な顔をしながらそう言った。


「なんだよ、鈴子ちゃんその顔は、俺たちの門出を素直に祝福してくれよ」


 そう笑う、義明の背後には、顔を赤らめた美紀がぷかぷかと宙に浮いていた。


「いやー、そう言われても……美紀さんは大丈夫なんですか? 色々な意味で」


 ―そうですね……なにぶん私、男性の方とお付き合いするのは初めてなものでして―


 美紀は頬を赤らめ体をくねらせながらそう言った。その様子は正に今にも天に上る様な心持と言った所か。


「大丈夫なんですか、美紀さん! 嬉しさのあまり成仏しそうなんですけど!」

「はっはっは、大丈夫だぜ鈴子ちゃん。これしきの事で成仏はさせねぇぜ。美紀にはこれまでの分もっともっと楽しんでもらうつもりだからよ」


 義明はそう言って笑顔を見せる。

 美紀は頬を染め、義明を見る。

 二人の首にはおそろいのネックレスが眩く輝いていた。



Case3:幽霊の落とし物  完

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