第17話 case3 探索編 4
「ひぅ!」
鈴子の全身を悪寒が駆け巡る。ただ単に声を掛けられただけだと言うのに、彼女は氷水をぶちまけられたように感じていた
緊張は彼女の全身を支配し、金縛りにあったかのようになり、とてもじゃないが後ろを振り向けないし、振り向きたくなんかなくなってしまう。
そして、それは隣に立つ義明も同様だ。これまで感じたことのない様な殺意とも言える感覚に戸惑い、対処が遅れていると。さらに後ろから新たな声が聞こえて来た。
「何してるだって? そりゃもちろんテメェを釣り出す為の芝居だよ」
そこにいたのは、黒いスーツに黒い中折帽、赤のYしゃつに白いネクタイをした、一目でわかるハードボイルド。河童倫太郎その人であった!
―うわっださっ!―
「おーし、いい度胸だテメェ。話し合いなんてまだるっこしい、腕ずくで成仏させてやるよ」
「ちょっ! 若っじゃなくて倫太郎さん、落ち着いて!」
鈴子は、即座に臨戦態勢となる倫太郎を止めつつ、突然現れた幽霊、秋月美紀から距離を取る。
「そうだぜ、落ち着け倫太郎、ってやべぇな騒ぎになって来やがった」
平日昼前の繁華街である、当然の如く人通りは多い。だが、衆目を集めているのは、血気にはやる倫太郎たちで、他の者、つまりは宙に浮かぶ美紀に気付いている人はいない。
「これはテメェの能力、いや違うな。波長の合う人間にしか見えないって言うテメェの生態か」
―うふふふ、そうよ、そうなのよ―
美紀は、声を震わせながら、楽しそうに笑う。
―私はずっと人目が怖かった、いつも俯いて視線を隠して生きて来た―
―そうね、ありていに言えばいじめられっ子だった―
―でも今は違う、人目を気にしなくてもいい―
―私を見つけてくれるのは、私を受け入れてくれる人だけ―
―けど、貴方たちは何者なの?―
テレパシーと言うものだろうか。美紀は、ふてぶてしくポケットに手を突っ込んで立つ倫太郎と、彼にしがみつき生まれたての小鹿の様に震える鈴子に向かい、脳を直接振るわせるような言葉を届けてくる。
そして、残りの一人。ある意味では話の中心である義明が、美紀に向かって言葉を掛けた。
「まぁ、ここじゃ目立ってしょうがない。見世物じゃあるまいし、落ち着いて話の出来る所にでも行こうか」
「………………わたし、なんで幽霊とカラオケなんてしてるんでしょうか」
三人と一体は、取りあえず目についたカラオケボックスに入ることにした。先陣を切ったのは倫太郎だ、既に番号を暗記している、『BAD CITY』を打ち込み、喉を震わす。依頼どころか、美紀の存在すら8割は忘却の彼方だ。
義明もその姿になれたもので、ゲラゲラと笑いながらそれを囃し立てる。必然、流れに乗り遅れてしまった鈴子は、たった一人、美紀と相対する事となった。
―ほんとうに、貴方たちは一体何なのですか―
「あはははー、なんなんでしょうねぇー」
冷や汗まみれになりながらも、美紀の相手をする鈴子を他所に、松田優作メドレーを熱唱する倫太郎。
「かはは、あの優作馬鹿にゃ、一般常識なんて通じねぇよ。そういや自己紹介がまだだったな、俺は朝倉義明。あんたは秋月美紀でいいんだよな」
「義明さん」と、砂漠でオアシスを見つけたように顔を輝かせ。鈴子は席に戻った義明を振り向く。
―そう、です―
しかし、今度は逆に。美紀の方がたどたどしく、顔を俯いて視線を合わせずそう答えた。
「どうしたい? 俺に用事があるんだろ?」
義明はそう言い、ポケットから例の指輪を取り出した。
―あっ……―
美紀は、何かにおびえる様に、その指輪に振るえる視線を向ける。
―ご迷惑……でしたか?―
「いいや? 可愛い女の子からプレゼントをもらうなんて男冥利に尽きるってもんだが、流石にあんたみたいな人から貰うのは初めてでな、恥ずかしながらちょっと戸惑っちまったのさ」
キラリと歯を輝かせながら、そんな浮ついた言葉を飛ばす義明に、美紀は頬を染める。因みに鈴子は義明のあまりの節操のなさに驚愕半分、尊敬半分の気持ちで彼の横顔を茫然と眺めていた。
「それじゃ、これは、美紀さんからのプレゼントと言う事で受け取ってもいいのかい?」
―は、い―
美紀の紅潮は絶好調、半透明のはずの彼女だが、あまりに赤くなるので、顔の背後が透けて見えなくなるほどだ。
だが、そこに、声がかかる。
「NONO、そーれは、頂ーけ、まーせんねー?」
「は?」「は?」―え?―
ガチャリとドアを開けいきなり侵入してきたのは、黒人の長身僧衣の男。僧衣と言ってもキリスト教の物でなく、仏教の物だ。怪しさ100万%、倫太郎と肩を並べる程の胡散臭い男がそこにいた。
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