第16話 case3 探索編 3

「いやー天気も良くていいデート日和だね」

「……ソウデスネ」


 梅雨の合間の晴れの日。その日は、空は雲一つなく晴れ渡り、涼しげな風が湿気を飛ばす、絶好の行楽日和だった。


 義明は、夏物の七分丈のジャケットを身に纏い、服装よろしく爽やかに笑って鈴子に語り掛ける。スタイルと顔の良い彼の着こなしは文句のつけようのなく、何時もの制服姿とのギャップも相まって、倫太郎にプレイボーイと揶揄されるに十分な着こなしだった。


 対して鈴子は、普段通りの服装だ。動きやすさを重視したデニムのパンツに春物のジャケット、そして普段と違う事と言えば、ジャケットの下のTシャツのそのまた下に、有名神社のお守りをぶら下げていた。


「で、どうする? コースは俺に任せてもらっていいかい?」

「……安全なことろで、おねがいします」


 天気同様、爽やかな笑顔を浮かべる義明に対し、鈴子の表情は梅雨の最盛期と言った所、顔色は優れなく、少しへたった前髪は土砂降りの雨を表しているかのごとくだった。


『いや駄目だ、暗がりとか、隙の大きい幽霊の出やすい所に行け』


 そんな対照的な二人の耳に、倫太郎の声が響いて来る。二人はトランシーバーなど付けてはいない。これは忍者特技の一つ、指向性会話術である。

 その名の通り、特定の人物、空間にのみ声と届かせることが出来る発声法で、倫太郎は風雷の術を得意とする天狗忍者と肩を並べるほどに、この術を使いこなしていた。


「だってよ、鈴子ちゃん。取りあえず定番の映画館でも行っとくか」

「はぁ、それにしても。義明さんって倫太郎さんの正体を知ってるんですね」


 鈴子は疑問を投げかける、河童忍者の特徴的な外見を嫌った倫太郎は、人一倍の才能を持ちながら、人三倍は河童忍者を嫌っている。それ以前に忍者とはしのぶものだ、彼が気軽に人前で正体を現すなど、彼女にはあまり考え付かなかった。


「あぁ、まぁガキの頃の話だよ。鈴子ちゃんとは学年が違ったけど、小学校の頃の遠足の事件って覚えてるか?」

「遠足のってああ、なんか居眠り運転の車が突っ込んできたんですよね。確か話ではギリギリ集団からそれて、大事は無かったみたいですが」

「あれは、それて、じゃなくて。あの馬鹿が反らしたんだよ、馬鹿みたいな格好に変身してな」





 それは、倫太郎が小学校の頃の話だった。その時点で既に中忍クラスの実力を有していた倫太郎だが、その時点で人並み以上に河童忍者を嫌っていた。

 何しろ見た目が見た目である、どう良く解釈したところで、その見た目は正義のヒーローにぶちのめされる怪人が如し。多感な少年には周囲の期待と反比例してやる気は沈んでいた。

 そんな訳で、任務の時以外は、運動能力は勿論、あらゆることに手加減をし、倫太郎は、全力で一般人の振りをすることに努めていた。


 その化けの皮がはがれてしまったのが、義明が語った交通事故である。本来であれば集団に直撃するコースであったその居眠り運転自動車をいち早く察知した倫太郎は、迷うことなく忌み嫌っていた姿へ変身し、自動車へ向けて突撃した。


 河童忍者は水術を操る、路面を凍らせた彼は、河童忍術、蹴速捔力ケハヤアーツでそのコースを反らした。


 ただし、幼い彼には誤算があった。体重が軽すぎたのである。自動車のコースは代えられたものの、倫太郎は反動で吹き飛ばされ、したたかに民家の塀に体を打ち付ける事となり、彼はそのまま気を失った。


「そんで、俺たちは知っちまったのさ、あいつが普通の人間じゃないって事を」

「……そんな事が」

「教師連中は知ってたみたいだがね。うちの学校にはあいつの親父さんの息が掛かってたからね、まぁもっとも知識として知ってるのと実際にその目で見るのとはインパクトが違ったみたいだが。

 ともかく、事態の収拾には奴の親父さんが働いた。居眠り運転していた加害者には念入りに記憶を消して、教師を始め俺達ガキ連中も同様の処置がなされた。まぁ当然だ、奴がカッコいいとか怖いとかいろんな意見はあっただろうが、そんな事はどうでもいい、忍者ってのはその存在が秘匿されてこそ意味があるらしいからな」

「……それじゃ何で義明さんはそのことを覚えてるんです?」

「偶々耐性があったんだろうな、俺には記憶の片隅でカエル怪人みたいな奴に助けられた記憶がぼんやりと有った。そしてその記憶がはっきりとよみがえったのは俺が大学の頃だ。

 ある時バイクを運転してた時に、濡れた路面でスっころんじまったんだ、そん時に全部まるっと思い出しちまった。そんだけの話だよ」

「けど、そのことを言いふらしたりはしなかったんですね」

「今更してどうするよ。まぁ見舞いに来た奴には話しちまったが、奴も心底嫌そうな顔をして『若気の至りだ忘れてくれ』って言っただけだったよ」


 倫太郎と、義明は幼馴染の腐れ縁だ、これはそんな二人の小さな思い出話、そういう事だろうと鈴子は幽霊の存在をひと時忘れ、暖かな思いが心に広がったのだった。

 だが、その温かみは瞬時に失われることとなる――


―ねぇ、貴女私の彼になにしてるの―


 背後からかけられた背筋の凍る様な一言によって。

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