case3 幽霊の落とし物

第13話 case3 導入編

「それで、何かおかしいなとは思ったんだ、拾った場所が場所だしな。あんな人気のない場所に、女一人でってな。

 まぁ特にあれこれ考え無いようにしよう、仕事に努めようって思って運転してたさ。変な風に考えちまうと、止まらなくなっちまうだろ?

 したらよ、それまでポツリポツリと続いていた会話が、ラジオのボリュームを徐々にじょじょーに絞っていくみたいに消えてよ。

 ……恐る恐る、ルームミラーを覗いてみたら……」

「…………見たら?」

「…………居なかったんだよ、誰もな」

「――――――!!」

「俺は慌てて車を止めて、後部座席を確認したさ。するとそこにはバケツの水をぶちまけた様なシートがあったんだ」

「―――――!!!!!」

「いや、お前ら、何そんなカビの生えたようなテンプレ怪談で盛り上がってるの?」


 ここは、河童探偵社かわどうたんていしゃ。何時もは閑古鳥が鳴いている事務所だが、今日は1人の男が訪れていた。男の名前は、朝倉義明あさくら よしあき。20代の後半でスラリとした体形、ややきざったらしいが精悍な顔つきの男であり、探偵社の社長である河童倫太郎かわどう りんたろうとは旧知の仲である。


「いやー、私って幽霊とかお化けとか全然ダメなんです、いやホント。それに朝倉さんの語り方も臨場感たっぷりだし」


 そう答えるのは、緑川鈴子みどりかわすずこ、いつもの様に雑用のバイトで河童探偵社を訪れていた時に、朝倉の話に捕まっていたと言う訳だ。


「へっ、そりゃそうよ。なにせ、こちとらタクシーの運ちゃん。話芸も飯の種の一つだぜ。それにこいつぁ俺が直に体験した出来事だ、リアリティが違うっての」


 朝倉は、自慢げにそう話すが、倫太郎は不機嫌そうにこう返す。


「はいはい、そいつはよござんした。そんでお前は何しに来たんだよ。鈴子に時期外れの怪談話をしに来たんなら、よそでやってくれ。俺は忙しいんだ」

「へっ、なーに言ってやがる。万年閑古鳥の貧乏探偵が。まぁ鈴子ちゃんとデートできるってなら大歓迎だがよ。話には続きが有んだよ」


 居住まいを直した、朝倉はポケットからハンカチに包まれたあるものを取り出した。


「これは、指輪ですか?」


 それは、銀色に輝くシンプルな指輪だった。


「おっ? マジで鈴子にプロポーズしに来たのか? 良かったな鈴子、お前みたいなガサツな女を貰ってくれる奇特な人柱もとい男がいるなん――」


 鈴子は、手に持ったお盆でスパーンと倫太郎の頭を叩きつつ、朝倉に問いただす。


「えっと、倫太郎さんの戯言は置いといて、これは一体何なんですか?」

「はっはー、残念ながら脈なしかー。じゃなくてな、さっきの話の続きだが、残ってたんだよこれが」

「残ってた?」

「ああ、濡れたシートを掃除してた時に、シートの隙間から見つけたんだ。夜店のパチもんならともかく、そんなモノ普通は置き忘れちゃいかねぇだろ?」

「あー? それって、本物の結婚指輪なのか?」

「おう、ノーブランドだが、プラチナ製だ、デザインも凝ってるし最低でも10万は下らんだろ」

「詳しいんだなテメェ」

「はっ! 貴様と比べんじゃねぇ。俺はモテるための努力は欠かさないからな、その手の知識も御手のもんよ。とは言えプロに鑑定はして貰ったがな」


 朝倉はそう言って、鑑定書を差し出した。質屋の鑑定書だが、確かにプラチナ製の指輪となっている。


「でもこれ、男性用ですよね」


 鈴子は、ハンカチ越しにそれを手に取り、まじまじと眺めながらそう言った。


「そうなんだがよ、俺もただ、一日中ハンドル握っている訳じゃねぇ。休憩時間には客席の掃除・点検位は行ってる。そんでだ」

「その幽霊を乗せる前のチェックではなにも無かったと?」

「その通りよ、そんな金目のモンを俺が見逃すはずないだろ?」

「まぁ確かに、ってもしかするとお前の依頼ってのは」

「ああ、その幽霊にこいつを返してほしいんだ」


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