第12話 case2 決着編 2
「君たち、万引きは立派な窃盗罪って事知っているかしら」
「刑法第235条、10年以下の懲役、50万円以下の罰金でしたね」
夕日が差し込む教室で、幾人かの男子中学生と、それを前にした翔子の姿があった。
「想像はつくけれど、一応理由も聞かせて頂けるかしら」
翔子の質問に、代表と思われる生徒が柔らかな笑みをたたえたまま、不思議な液体の入ったシャーレを手に答える。
「博士の実験は成功してしまった。そのことは実験の副作用で賢者となってしまった自分たちには分かります。
だが、この石はまだ人類には早すぎる。この石のもたらす混乱と争いを事前に防ぐため、我々が勝手ながら一時的に預からせて頂く事に決めました」
「なるほど、確かにその権利は被検体である貴方たちにも少しはあるわね」
「自分勝手な理屈とは分かっていますがね。私達もこの石の生みの親であります、我が子が原因の争いなど見たくないと言うのは賢者であろうがなかろうが分かって頂けると思います」
「それで、私にコンタクトを取った理由は?」
「博士の依頼で動いた探偵の方を目撃しました。あの人は有能かつ異能の力を持つ人だ、早くにも我々の存在にたどり着くでしょう」
「そして、躊躇なく貴方たちからその石を奪い返し、博士に返還するだろうと?」
「ええ、その点、貴方とは交渉が出来そうでしたので」
賢者の少年の推察は、正鵠を得ていた。倫太郎は深く考える事無く、依頼を実行しただろう。探偵は依頼を解決するために存在する、そう言った生き物だからだ。それは翔子も同じことだが、そこに倫太郎が絡んでくると話はこじれてくる。少年たちはそのこじれを利用するつもりで、翔子もまたそれを承知の上でこの誘いに乗ったのだった。
「それじゃ、貴方たちからの依頼内容は、賢者の石の隠匿でよいのかしら」
「はい、その通りです」
「それで、報酬の事なんだけど」
正当な依頼には正当な報酬を。例え相手がだれであろうとも、その契約が結ばれてしまえば、それはこの世でもっとも神聖なものの一つとなる。
「我々は、賢者で有りますが、同時に唯の中学二年生でもあります。だから、我々が持つ財産などはたかが知れています」
「あら、無報酬で働けって事かしら。世の中そんなにうまい話は無いわよ?」
「ええ、そんな契約直ぐに破綻いたします。ですが、我々が持つ価値のあるものと言えばこの賢者の石位であります」
「なら、それが報酬ですか?」
「それでは本末転倒。払えるモノはもう一つだけあります、それは我々自身です」
「では、体で支払うと?」
「ええ、どれだけできるか分かりませんが、我々の賢者としての力――」
「おーっと、そいつはやめときな」
その声は教室の角から響いて来た。いったいいつからそこにいたのだろう。犬、と言うにはあまりにも禍々しい犬を引き連れた倫太郎と、疲れ果ててへたり込んでいる明がそこにいた。
「いったいどこから!?」
翔子は焦った、天狗忍者は風雷を司る、この狭い室内で声を掛けられるまで侵入者に気が付かない等、彼女の経験からはあり得ない事だった。
「そいつは企業秘密ってやつだ。それより、中坊ども、俺は別に尻子玉なんか抜く趣味は無いが、そいつと付き合ったら尻の毛まで抜かれちまうぜ」
「では、貴方は依頼を諦めて下さると?」
少年の声に動揺は無い、先ほどからずっと同じ柔らかな微笑みを浮かべたままだ。
「はっ、俺はプロの探偵だ。依頼は曲げねぇ、それが俺のハードボイルドだ。だがよ、依頼者が依頼自体を曲げてきたら話は別だ」
「では」
「ああ、あの博士の倫理観は、ちょっと、いや大分、いやさっき出会った化け物級に歪んじゃいるが、それでも話が全く通じない訳じゃない」
「それは、そうかもしれませんが」
「お前らは仮にも賢者をなのってんだろ、博士の一人ぐらい被検体兼、共同研究者として説き伏せてみろ。そんで隠匿の依頼料は博士に支払わせるんだな。あの人の所なら、ガラクタ漁ればそれなりの物は山ほどあるだろ」
「ええ、その様ですね」
「博士は責任もって依頼料を払う、お前らは責任もってそれを管理する、翔子は契約に基づき隠匿に力を果たす、俺は依頼をキャンセルされる。まっこんな感じが落としどころだろう」
倫太郎の提案が教室に響き渡り、沈黙がその場を支配する。そしてそれを破ったのは翔子が最初だった。
「OK、我々としては正当な報酬が払われれば問題は無いわ、話がまとまったら連絡を頂戴」
「帰るわよ、明」そう言って翔子は教室から音も無く消え去った。
「そうですね、話を単純にしてみれば。我々が行ったことは博士の研究室からの窃盗です、それが発覚したならば、先ずは元の所有者に誠意を見せることが第一でしょう
倫太郎様、申し訳ございませんが、立会人として御同行お願いできますでしょうか」
少年は笑みを絶やさぬまま、そう言った。
「はっ、これも全部計算の内の癖に。お前らは、問題をあえて複雑にすることで、賢者の石について雁字搦めにしやがったな」
「さてどうでしょう、何度も言いますが、我々は賢者であると同時に、唯の中学生でもあります。我々は、我々に出来る程度の事しか出来ませんよ」
少年は笑みを絶やさぬまま、そう言ったのだった。
「それで、例の石は結局どうなったんですか?」
あの日より数日後、探偵社を訪れた鈴子が、賢者の石についての顛末を訪ねて来た。
「概ね、あのガキどもの思い通りだな、博士は実験資料をすべて破棄し、ガラクタを幾つか証拠に押し付けた。翔子はそれを依頼料としてこの話を隠匿、と言ってもこの話は何時もの博士の誇大妄想だったって言いふらしただけ。そして肝心の石はガキどもがどっかに封じたって話だ」
「うーん、それって博士が一番損していません?」
「なーに、あの人は完成品にはそれほど執着しない、自分の作ったものが本物だったって喜んだあとは、新しい研究に取り組んでたよ」
「はぁ、なんともおかしな人ですねぇ」
「まっ、そんな御仁だから奇跡的にあたりを引いちまったのかもしれねぇがな」
鈴子はそんな話をしながら書類整理をしていると、一枚の封筒が目に入った。送り先は豊前シークレットサービス。翔子の会社からである。
「倫太郎さん、翔子さんから封筒来てますよ」
「ん? どうせ大した事かいてねぇだろ、読んだら要点教えてくれ」
「まったくもー、適当なんだから」
そう言いながら、封を開け読み進めるうちに、鈴子の顔はドンドン無表情になって行った。そして読み終えたその文書を倫太郎の机に叩き付けながら彼女は希望通りに要件を話す。
「結果的にガセネタを掴ませることになった件と、派遣した彼女の付き人に対する重度のセクハラでこの件はチャラと書かれておりますが、いったい、どういう事なのでしょうか、若・様」
「おっ、落ち着け鈴子、俺は大したことはしちゃいない、確かに明のやつを男と間違って股間をまさぐったりはしたが、あの状況では仕方のなかったことだ!」
「そんな訳ありますかーーー!!」
静かだった事務所に、鈴子の怒鳴り声が木霊する。本日の河童探偵社も平常運転だった。
Case2:賢者の石を追え! 完
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