第11話 case2 決着編 1

 それは悪夢のような、黒っぽい玉虫色で悪臭を放つ伸縮性のある柱状のおよそありとあらゆるこの地球上に存在する生物からかけ離れた生物であった。

 その体は原形質の小泡が幾重にも負いかぶさってできた不定形の塊であり、体全体から微光を発していた。


「って! ちげぇよ! それは賢者の石とは別のおぞましい何かだよ!!」


『極秘研究室』と銘の打たれた、ドアを開けた先に二人を待っていたのは白衣をまとった老齢の男と、玉虫色に光るスライム状の生物だった。


「むぅ、誰だね君たちは」

「てめぇこそこんな町のど真ん中で、なに特急危険生物いじくってやがんだ!」

「あはっははhっははhhっは、てけ、てけりってあはっはhh」

「おい! 正気に戻れ明! 突っ込みを俺一人に任すんじゃない!」


 その生物のおぞましき波動に当てられた明は、狂った様に笑い続け、倫太郎はその生物から視線をそらさずに明の肩をゆする。


「あーっくそ、驚いて隠形を解いちまったって言うかそれどころじゃねぇし、もう面倒くせぇ! おい爺さん! それはヤバイ奴だ、俺は以前そいつとやり合った事があるが、そいつは人間に制御できる生きもんじゃない!」

「ん? 何を言っている、これは賢者の石、意思を持つ生きた柔らかい石じゃぞ? それにそう言うお前こそ何者だ、エライ顔色が悪いが、体調不良かの? 良ければ実験材料にしてやるぞ」

「なに寝言言ってやがる……って言っても無駄か」


 その科学者の目は此方を見ている様で此方を見ていない、その目に映るのは無限の深淵、その先に囚われて二度とは帰って来れないようなグルグルと狂気に踊った眼をしていた。


「くそ、あいつは水行の化けもん。水術メインの俺とは相性が悪い、風雷メインの木行のテメェならまだまし、っていいからとっと正気に戻りやがれ明」


 最終手段とばかりに、倫太郎は明の股間を握る。どんなにとち狂っていようが、金的は男にとって最終リミッター、のはずだったが。


「ひゃん!」

「あれっ? ねぇや金玉」


 すかりと、目当ての膨らみが無かった代わりに、そこは真っ平、いや凹みがあった。


「なっ! なっ! 何をするんですか!!!」

「いやー、悪い悪い、エライ可愛らしい顔してると思っちゃいたが、お前女だったんだな。興味なかったんでよく見てなかったわ」


 顔を赤らめる明を前に、デリカシー皆無どころか全力でマイナスに振り切った発言を、全く悪気なくする倫太郎。ハッキリ言って全世界の女性の敵である。


「まぁ、正気に戻ったようで何よりだ。とっととあいつを片付けちまうぞ」

「言いますからね! 後でお嬢様に報告しますからね!!」


 ただのコラテラルダメージだ、そもそも正気を失う彼女が悪いと、倫太郎はその発言を無視して、眼前のスライム状の生物に臨戦態勢を取る。




「河童忍術、高圧流水ウオータージェットモード―S


 問答無用で、切りかかった倫太郎の水剣は怪物の表皮に吸収されて消え去る。


「くそっ、やっぱり駄目か」


 倫太郎の攻撃に反応し、怪物から触手が襲い掛かって来るが、倫太郎は紙一重でそれをかわす。


「おい、明! 取りあえず雷うっとけ! ほんとは火が良いが、雷でも効果はある!」

「了解です」


 正気を取り戻した、明は素早く手印を組みあげ眼前のスライムに雷を放つ。


「天狗忍法、招雷大激振てんにほえる


「てけり、てけりり!」


 明が巻き起こした雷が室内を照らし、それが怪物に吸い込まれると、怪物は苦悶の声を上げ、ビクビクと痙攣をおこす。


「よし! 効いてるぞ畳みかけろ!」

「はぁ、はぁ、りょ、了解です」


 明はそう答えるも、明らかに動きが鈍っていた。それはまるで全力疾走を行った後のランナーの様だった。


「てけりりり!」


 怪物は攻撃の矛先を倫太郎から明に替える。槍の様に鋭い触手が疲労困憊した彼女に襲い掛かる!


「くっ!」


 それをかわそうにも思うように体が動かない、彼女は身をすくめることしか出来なかったが。


「何やってんだテメェ!」


 倫太郎が、明を抱きかかえながら回避を行い、難を逃れる。


「申し訳、ございません、小技じゃ、効果が乏しいと、思い」

「なる程、下忍にしちゃまぁまぁの威力だと思いきや、実力以上の一撃だったか」


 倫太郎の問いに、明は力なく頷いた。


「しょうがねぇ、だがもう一発気張って貰うぞ。ここで逃げかえってもいいが、こんな化け物をほおっておいては寝覚めが悪い」


 倫太郎は、怒りに燃える怪物の攻撃を、明を抱いたままで易々と回避し続ける。その腕の中で明は青白い顔をしたままこくんと頷いた。


「いいか、狙うのは奴じゃなく、俺だ」

「何をおっしゃるのですか!?」

「黙って言うとおりにしろ。兎に角全力だ、余った力の全力を俺にぶつけろ」


 現在は、高速で触手を回避し続けている状態だ。その状態で怪物に攻撃を当てるよりも自分たちに攻撃を当てる方がはるかに楽で、外しはしない。

 だが、雷に耐性を持つ自分ならともかく、倫太郎に攻撃を当ててしまっては、と明は思ったが、余裕に溢れる倫太郎の言葉を信じる事とした。


「天狗忍法、招雷大激振てんにほえる

「――――河童忍刀秘剣、大蛇切る十柄の剣あまのはばきり


 死力を尽くした雷が二人に降り注ぐ、そしてその雷は倫太郎の持つ剣に注がれていった。


「エンチャント、サンダーーーー!!」


 薄れゆく意識の中、明が見たものは。片手で自分を抱く倫太郎と、稲妻を纏った剣の軌跡だった。





「さて、どうしたもんか」


 気絶した明を背負い、研究所から抜け出た倫太郎は、ひとりそう呟いた。グルグル眼の博士が何と言おうがあれは怪生物であって、あれは賢者の石などではない、ましては博士の所から盗まれたものとは似ても似つかぬ別物だ。

 だとしたら本物を探さなければならないが……。


「そういや、あの爺。あの怪物を『誰からもらったか覚えていない』と言ってたな」


 あのような特急の厄ネタを押し付けられといて、それが誰からなのか分からないと言う事がヒントとなった。倫太郎の知人でその様な愉快犯と言えばあの人がまず第一に思い浮かんだ。


「博士の作った、賢者の石は精神の変化を計算しただけじゃない、賢者タイムと言う時間の変化も計測して作られたものだ。ならばちと強引だが行けるかも知れねぇ」


 倫太郎はそう呟いて、研究所を後にしたのだった。

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