第8話 case2 探索編 2

 倫太郎は、降って湧いて来た有力情報に、日ごろの行いの良さを実感していると。同じく翔子より渡された資料に目を通していた鈴子が質問をしてきた。


「そう言えば、嵐の様に帰って行ってしまい、聞きそびれちゃったんですが、あの翔子さんって人、倫太郎さんとはどういった知り合いなんですか? 河童忍者について知っていたみたいだから、あの人も忍者なんですか?」

「ん、そういやあいつとも初対面だったな。まぁ察しの通りあいつも忍者だ。天狗忍者って言ってな、ウチとは違って名門の忍者だって言う話。あいつらの始祖は豊前の霊峰に住んでいた伝説のカラス天狗に術を習ったって言う設定だ」

「随分と、曖昧な言い方ですね」

「まぁ、ウチもそうだが、何代続いてるのか数えるのがめんどくさい様な伝説は、話半分で聞いといてもお釣りが出るってもんだ」

「まーた、忍者の話になるといい加減になりますねー。それで彼女も天狗に変身するんですか?」

「いやそれがムカつくことに、姿形はかわりゃしねぇ。一応護符を使って背中に羽をはやすことは出来るが、人外要素はそれだけだ。赤ら顔になったり鼻が長くなったりしやがらねぇ」

「一方、若様は?」

「キュウリを咥えて、肌は緑に、頭にゃ皿、水かき生えて、手にゃ甲羅。って何言わすんだ、しばくぞ」





 雑談まじりに資料のチェックを終えた、倫太郎は「ちょっと行ってくる」と近所のコンビニに行くような気軽さで、鈴子に留守番を任せ事務所を後にした。残された鈴子は軽く愚痴を言いつつも大人しくそれに従い、自分の仕事を行いつつも思慮にふける。

 悩みの対象は勿論、先ほどの女性、翔子の事だ。バリバリのキャリアウーマンで容姿、家柄も抜群。おまけにスタイリッシュな方の忍術も使えると言う完璧超人、だが、それだけに倫太郎とは相性が悪い、いや相性が良いの間違いであろうか。

 倫太郎は、駄目人間だ、最近では紐人間からは脱却しつつあるが、それでも私生活や社会人としては駄目のダメダメな社会生活不適合者である。だが、それでいて忍者の腕は超一流で、現頭領の父親からは何時でも座を譲ると言われているほどだ。だが、それだけに危険だ。不良が垣間見せる優しさに、優等生がコロッと落ちてしまうタイプの危険性が高い。ギャップのもたらす位置エネルギーは、時に鋭く反抗心を抱いている相手の壁を貫いてしまう事が、まれによくあってしまうのだ。


「むー、やっぱり危なっかしいよなぁ、あの人。まぁお付の少年がいたから倫太郎わるいむしにはそう簡単に引っかからないと思うけど」


 等と、鈴子が自分の事を棚に上げ、よそ様の心配をしている頃。当の倫太郎は愛車のスーパーカブを転がし、容疑者が居ると思われる研究所へと向かっていた。そして、その途中の出来事である。






「ん? 誰か見てやがるな」


 探偵、そして忍者としての繊細な感覚が、チクチクと針を刺すような視線を感じ取る。倫太郎は信号待ちの間を利用し、サイドミラーの角度をわずかに変え、ごく自然に発生源をたどる。


「学校、中学校か。奴らの年代でも松田優作の事は知ってるのかね、感心感心」


 倫太郎の恰好はいつも通りの黒スーツ、赤シャツ、白ネクタイ、そして黒い丸メガネの探偵セットである。流石にヘルメットはかぶっているものの、10人いれば8人はコスプレだと気が付く彼の出で立ちは、およそ探偵としても忍者としても隠密活動には向いていないが、こればかりは彼の魂がそうさせているのであり、何人たりとも彼の信念を曲げることは不可能であった。

 そんな訳で、視線を感じるのは何時もの事だが、今回のは何時もの茶化すような視線とは異なり、少しばかり熱のこもった、それでいて冷静な視線であったのだが、倫太郎はその熱い視線を自身のハードボイルドソウルに従い、同じ英雄まつだゆうさくを心の師とする、ソウルメイトによる視線と受け取った。


「まぁこれで、ベスパに乗ってりゃ完成度はアップするんだが、こいつにも愛着が湧いてるし、今更買い替えるにも金は無いしなぁ」


 倫太郎は、この上なくどうでもいい独り言をつぶやきながら、青信号と共にスパーカブのアクセルを吹かし、中学校を後にした。

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