第7話 case2 探索編 1
「で、どうしてわたしも調査に参加しているのでしょうか」
「まぁ、運が悪かったと思って諦めろ」
「それって! 無理矢理連れて来た人が言っていいセリフじゃないですよねー!!」
調査は足からを信条とする倫太郎と、ついでに連れてこられた鈴子は、見るも怪しい『弥生ケ丘超科学研究所』と言う看板の立てかけられた、ごく普通の一軒家の前に立っていた。
「この、いかにもな看板とは対照的なごく普通の家の造りが怪しさを5倍まし位にはしてるよな」
「そうですね、わたしだったら、この家の半径1以内には近づきません」
「ええい、何を言っておるのじゃ。とっと入らんかい」
2人が研究所に対するごく普通の所感を述べていると、先を行く教授が急かしてきた。
「はー、しょうがない。嫌だけど仕事だ入るとするか」
「わたしはその10倍は嫌だけど、仕方ないのでお供しますよ」
2人が重い足を引きずる様に中に入ると、整理整頓はされているものの、それでも物が溢れかえる室内が出迎えてくれた。
「うわ、相変わらず、なんつーか、コメントに困る家だな」
「ええ、大英博物館の舞台裏はこんな感じかもしれませんね」
「なに? 大英博物館に勝るとも劣らない品揃えだと、ははは、当たり前の事を言うでない! この大天才科学者、弥生ケ丘阿賀の発明品じゃぞ!」
博士が、鈴子のコメントをつまみ食いして一人悦に入っている所に、倫太郎は早々と本題を切り出した。
「博士、早速で悪いが、その賢者の石とやらの情報をもう一度頼む」
「むっ? 儂の作品(こども)たちの紹介はいいのかの?」
「ああ、それは後で鈴子が伺おう、今は石探しが先決だ」
「ふむ、それもそうじゃの。よいか儂が生成した賢者の石は、中学二年生の」
「その下りは、もういい。外見的特徴と保管していた場所を教えてくれ」
「残念じゃの、それではこれじゃの」
博士はそう言って、パソコンを操作し、目当ての資料を引き出す。そこには『発明品666賢者の石』と言うフォルダが存在していた。
「これが賢者の石のじゃ」
博士が指し示したのは、一つの動画だった。シャーレの中に入った赤い液体は、力を加えると、水銀の様にプルプルと震えていた。
「「…………」」
「ん? なんじゃどうした?」
「博士ちょっとタイム」倫太郎はそう言い、鈴子と二人で博士から離れる。
「ほんとに、博士はコメントに困るもの作るよな」
「そうですね、さっきネットで調べた時も、賢者の石は別名柔らかい石とも呼ばれており、水銀と密接な関係があるって、沢山書かれていました」
「九分九厘どころか、億が一ありえないんだけど。電波天文学的確率の末、当りを引いているかもしれないから、一応覚悟だけはしておけよ」
「分かりました、死にたくないので、心の片隅の危険処理室に厳重に保管しておきます」
倫太郎は心底一人で来なかったと思いつつ、博士の元に戻る。
「いや博士、話の腰を折って済まなかった。それで、保管場所は何処で、何時無くなったのに気が付いたって?」
「それはじゃな――」
現場検証を終えるのに数十分(その間に、鈴子がうっかりと博士の戦術兵器(はつめいひん)に触れてしまい、河童忍者に変身する事一度)をもって、二人は無事
所変わって、河童探偵社。博士の家から戻って来た二人は改めて作戦会議を始めていた。
「いやー、とんでもない、所……と言うか人でしたね」
「まぁ、チャンネルが常人とは色々な意味で違う人だからな。今の人類には早すぎるってもんだ」
「それで、何かヒントはつかめました?」
「まぁ博士はあんな性質だが、几帳面な人ではある。その博士が盗まれたって言うんだから、少なくとも研究所から消えているのは確かだろう」
「そうですね、あの発明品の数々を雑に整理していたら、この町は何度か軽く地図から消えている様な気がします」
「まぁ、そう言うこった。例の石が室温で蒸発したって考えもあったが、シャーレごと消えてるとなれば……」
「あの魔窟に侵入して持ち出した人間が居るんですかー。虎穴に入らずんばってレベルじゃないんですが、ルパン三世も真っ青ですね」
「まぁセキュリティはザルだから、取ろうと思えばやれないことは無いが。高さ100mのビルの間に幅45cmの鉄骨を渡しました、どうぞ渡って下さい。言ってるようなもんだからな。常人なら、チャレンジしやしない」
「ですよねー、常人なら」
「あぁ、常人ならだ。もし狂人が賢者の石の事を真に受けちまえば、やれない事は勿論ない」
「一応監視カメラはありましたけど……」
「あぁ、今時アナログのVHS式だったからな、カセットを盗まれてちゃ意味がない」
「けど、それなら、内部の様子に詳しい人が犯人って事なんじゃないですか?」
「それがあの人、科学は万人に開かれてこそをモットーとしてるからな。見たいって言えばだれでもホイホイ気軽に入れちまうんだ」
「物が物ですから、大っぴらに探す訳にもいきませんからねぇ」
「ああ、あの魔窟の管理不十分で官憲の手が入っちまって、逆に博士がしょっ引かれかねん、まぁその方が世のため人のためではあるが、そうなったら依頼料を取り損ねちまう」
「…………なんか、いきなり手詰まり感が出て来たんですが、大丈夫なんですか?」
「んー、情報が足りねぇなぁ」
二人が頭を悩ませている時だ、廊下の方よりカツカツと硬質な音が響いて来て、その音は事務所の前でピタリとやんだ。
「ん? 倫太郎さん。来客の予定ってありましたっけ?」
「いいや? まさかまた依頼じゃねぇだろうな」
二人がそうやってひそひそ話を繰り広げている時だった、扉の外の人物はノックの返事も待たずに勝手にドアを開けて来た。
まず目に入ったのは、中性的な顔立ちをした少年だった。そして彼のエスコート共に入室して来たのは――
「ほーほっほっ! 相変わらず薄汚い事務所ですこと! まぁ苔臭い河童忍者にはお似合いの場所ですわね!」
やたらとテンションの高い金髪縦ロールの女性だった。
「なんだテメェ、何しに来やがった」
「ほーほっほっほ!何しにとはご挨拶ですわね。この私(わたくし)、豊前祥子(とよまえ しょうこ)が直々にこんな場末の事務所に訪れて差し上げたのですわよ、床に頭をこすりつけて出迎えるのが筋と言うものではありませんこと?」
いきなりの最上段からの物言いに、唖然としていた鈴子であったが、豊前と言う名前から閃くものがあった。
「豊前……それに金髪縦ロールって、まさか貴女は豊前インダストリアルの!」
「おや、そこの誰とも知らないモブキャラっぽい貴女、少しは見どころがありそうですわね」
「あっ、はぁ、どうも。それでは、やはり貴女は」
「えぇ、推察の通りですわ。私の父は豊前インダストリアルの社長をしております。そして私はそこの非常任理事兼、関連企業である豊前シークレットサービスの社長をしておりますの」
翔子はそう言いつつ、鋭い目つきを鈴子に向ける、それはまるで猛禽類が得物の品定めをしているかのような視線だった。
「おいこら、翔子。こいつは、テメェのお付と違って、忍者とは無関係な唯の一般人だ。不躾な視線を向けんじゃねぇよ」
「そのようですわね、貴女、お名前は?」
「あっ、はい。わたしは緑川鈴子、フリーのジャーナリストをやっています」
「そんな方が、なぜこのような胡散臭い所に? それに随分と倫太郎と親しいようですが」
「あー、わたしは河童家が援助している、孤児院で育ったものでして、その流れで色々と」
「……ふむ、まぁいいでしょう。私は河童忍法と言う下品な忍法は認めてはいませんが、倫太郎のご両親には一目置いております。あの方たちのお眼鏡にかない、尚且つ河童忍者でないと言うならば、取りあえず貴女の事はほうっておいて差し上げますわ」
「はっはぁ、それはどうも」
翔子が一人で何かの結論をだし納得していると、蚊帳の外にされた倫太郎はあきれ半分、苛立ち半分で、話を本題に戻す。
「おい翔子。鈴子に用事があるなら持っていっていいからとっとと出てけ、そうじゃないならとっと出てけ。兎に角存在自体が五月蠅い、とっとと出て行ってくれ」
「おーほっほっほ、私と言う煌びやかな存在に目を奪われるのは無理もございませんが、今日はそう言う訳には参りません」
「そんなこと知るか、自意識過剰のミラーボール女、いいから――」
「本日は、抗議の為に参りましたの」
倫太郎の暴言も何のその。柳に風と受け流した翔子は、秘書の少年を背後に立たせ、断りもせずにソファーに腰掛けそう言った。
「あっ? 抗議だ?」
「ええ、そうですの。その前に『賢者の石』と言う単語に聞き覚えは?」
「倫太郎さん!」
「ああ、こいつは棚から牡丹餅ってやつか!」
倫太郎たちが色めき立つのと引き換えに、鈴子は何処までも冷ややかにこう続けた。
「やはり、ビンゴでしたか。出所は、貴方の縄張りの天災博士で間違いないですのね」
「ああそうだ。で、そいつは何処にあるって?」
倫太郎は、『抗議』と言う単語に引っかかりつつも、そう質問した。
「我が社、豊前インダストリアルのライバル会社の研究所ですわ」
「ライバルって、あぁ、それで抗議って訳か。だがよ翔子、俺は別に博士の世話係って訳じゃねぇ、そんな事で抗議に来られても、知ったこっちゃねぇよ」
「ですが、私が直接アレの回収に行くわけにはまいりません。勿論見つかる様なへまはしませんが、ライバル企業の社長令嬢が、そこの研究所に忍び込んで盗みを働くなど、万が一その事実が漏れたりすれば、我が社のイメージダウンどころの話ではありませんもの」
「まぁそりゃそうだ。それで? お前からも回収の依頼を出すって訳か」
「そうとって貰っても構いません。ただし依頼料はこの情報をもって代えさせてもらいます、これで貸し借りは無し。私と貴方は対等の関係であるのが望ましいですからね」
翔子は、ニヤリと笑うと、言いたいことは言い終わったとばかりに、さっさと事務所を後にするのであった。
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