第5話 case1 決着編 2

「嫌だ嫌だホントに本気でマジで嫌だ、でもけどだが仕方ねぇ、命あっての物種だ

 鈴子! 邪魔んならねぇところまで下がってろ!」


 倫太郎はそう言うと両腕を軽く一振り、すると右手には皿、左手にはキュウリが握られていた。


「あーっくそ、マジの本気で大後悔だ、何の因果でこんな事」

「わっ若様! そんなこと言ってないでお願いします! 天井から追加でキモイのが!」


 うねうねと、さらに2本の舌が天井から倫太郎達めがけて蛇の如く襲い掛かってくる!


「っち! しょうがねぇ!」


 倫太郎はそう言うと、皿を頭にかぶせ、キュウリを口に突っ込んだ!


「我は水底よりの使者! 天に抗うまつろわぬ民! 甲一種河童忍者、河童倫太郎押してまいる!」


 倫太郎がそう言うと気配が変わる、いや変わったのは気配だけではない、皮膚には若干緑が差し、指の間には水かきが生え! 左腕には甲羅の盾バックラーを装着している! ああ何たる威容なんたる逞しさ! これこそが河童忍者の真の姿である!


「河童忍術、高圧流水ウオータージェットモード―S!」


 倫太郎がそう叫ぶと右手の手刀より水流がほとばしり、蒼く透明な剣へと変わる!そしてその剣をもって迫り来る舌を叩き落とす!


「ちっ! やはり同じ水属性! 一撃両断とはいかねぇか!」


 倫太郎は鈴子を庇いながら迫り来る舌に剣戟をぶつける、それが当たるたびに水しぶきが上がり天井から「しょうじょ、しょうじょ」とうめき声が上がる!


「うわっキモ」と鈴子には恐怖以外の生理的嫌悪感より生じる寒気が走る。天井には最早姿が隠せなくなったのか一面の醜い顔が浮かび上がっている。どうやら敵はこの屋敷そのものに取りついているようだ。

 それにしてもいつも思うが、どうやってキュウリを口にしたままで、ああも上手く大声を出せるのだろうと。鈴子は不思議に思いつつ、こそこそと倫太郎の邪魔にならない程度に背後に隠れる様に移動する。


「河童忍術、高圧流水ウオータージェットモード―W!」


 剣戟では効果の薄い事を悟った、倫太郎は剣を鞭に代え舌を巻き付け、絞り上げ――切断する!

「しょうじょー」と一際大きな声が上がり、切断された断面より黒い体液が噴き出した!


「うわっ! くっせぇ! これ垢じゃねぇだろうな気持ちわりい!」


 倫太郎は愚痴を叫びながらも攻撃の手は緩めない!


 ぐわんと形勢不利を悟ったあかなめが由紀子を絡め取った最後の舌を武器として振るう。


「やばい! 若様! あれじゃ由紀子ちゃんが持たない!」

「ちっ! おまけに少女の体液とやらを補給してパワーアップするってか!」

「そうだよ! 最悪0.1ポイントの方けつえきを吸い出すかもしれない!」

「その前に高レートの方(尿・〇液等)が漏れ出ちまうかもな!」

「む゛ー! む゛む゛ーー!!」


 倫太郎の下品な台詞に舌の内部より抗議の声が上がる。


「もう少しだけ余裕はありそうだが、しかたねぇ!追加だ!」


 倫太郎はそう言うと、袖口からキュウリをもう一本取り出し口の中に突っ込んだ!


「ギアセカンド! 上げていくぜ! テメェには勿体ないがとっておきを見せてやる」


 倫太郎がそう言い、盾の内側に仕込まれていた棒を引き抜く、そるとそれはみるみる延長し一本の剣となった。

 いや、それは剣と言うよりは長巻あるいは槍と言った長柄の武器だった。刀身はおよそ1mはある直剣で蒼く清浄な輝きを放っており、柄の部分は10握り、およそ1m半はあるであろう品物だった。


「いくぜセクハラ妖怪! 河童忍刀秘剣、大蛇切る十柄の剣あまのはばきり!」


 ――斬――


 一呼吸で、無数の剣閃が縦横無尽に舞い踊る。


「しょう、じょぉぉぉぉ」


 そして、あかなめは断末魔の響きを残し暗闇の中へと消えていった。




「ちょ若様! そんな大技こんな室内で! しかも由紀子ちゃんだっているのに!」


「わー」「きゃー」と悲鳴を上げていた鈴子が、そのあまりにもな断末魔を聞き、恐る恐る振り返りながらそう叫んだ。


「安心しな、壁紙は勿論、嬢ちゃんの体には擦り傷一本つけないように振るったぜ」


 倫太郎は、剣を肩に担ぎながら、そう断言する。そしてどさりという音と共に、それまで拘束されていた由紀子が、床に倒れ込んだが。


「「あっ」」


 そこにいたのは一糸まとわぬ、生まれたままの姿の由紀子だった。倫太郎の剣は確かに由紀子の体には一切の傷を負わせてはいなかった。ただし、衣類と下着は別の話だったようだ。

 数秒後、別荘に少女の悲鳴が響き渡った。




「本当に申し訳ございませんだそうです」


 後日、河童探偵社に報酬を振り込んだ、との連絡をしに訪れたのは、何故か由紀子ちゃんだった。しかも彼女は……何というか分かり易く、怒っていた。


「お母様は合わせる顔が無いと言うより、未だに完全には混乱から立ち直っていませんので私が代わりに報告に参りました」

「あー、いや、うん、ありがとう。けど電話での報告でも俺は全然かまわなかったんだが」

「いえいえそう言ったわけには行けません。これは純粋な逆恨みでございますが、私の裸を見た殿方にお礼も返さないのでは、私のプライドが許しません」

「あー、いや俺は別にあの妖怪と違ってロリコンじゃないから、あんたのしょんべんくさ――」


 すぱーん、良い音がした。鈴子は由紀子にお茶を出した時のお盆で、倫太郎の後頭部をフルスイングした。

 事務所に静寂が戻った後、由紀子は話を続ける。


「あの後、あかなめとは正式に契約を結び直しました」

「へぇ、やるねぇ。由紀子ちゃん。対価はレートの高い――」


 すぱーん、良い音がした。


「対価は、家の関連企業が保有するスーパー銭湯への居住権です」

「ふーん。とは言え奴らに言う事を聞かせるなんて、なかなかできたもんじゃないぜ」

「ええ、それは貴方のおかげです。貴方が念入りにお灸をすえてくれたおかげで、従順になったと言う訳ですね」

「怖いねぇ、一体その従順な妖怪に何を言ったのやら」

「あのーちょっといいですか?」


 倫太郎と由紀子が悪い顔をして会話しているその間に、鈴子がおずおずと挙手をする。


「どうしました、鈴子さん」

「いえですね、あんな妖怪をややこしい真似して再契約だなんて、なんでそんなリスキーな事したのか、と言うかあの時殺しちゃったんじゃないんですか?」

「はっ、殺せたりはしねぇよ。奴らは一種の概念だ。そう簡単には消せはしない。特徴的な部位の本数が増加した化けもんが居るだろ? 一番のメジャーどころだと九尾の狐や八岐大蛇か、そんな奴は特に強力でな。忍者風情には完全に滅ぼすなんてまず不可能だ」


 そう言えばあのあかなめも舌が3本あった、と言う事はあんな変態ロリコン妖怪だけど実はすごい妖怪だったのかと、鈴子は改めて自分が訳の分からない危険の最中にいたのだと、背筋を振るわせる。


「それと、再契約したのはアレだろ。アンタらの家は無自覚なれどあの妖怪の力を利用して商売繁盛に努めていた」

「ええそうです」

「おや、真っ向から肯定してくるのか」

「貴方に隠してもしかたがありません。我が家は入札情報や優良株の情報等を時折風呂場で閃いておりました。これを神様からのお告げとし、商売に利用していたのですが。それに重きを置いていたのは昔の話、経営が大きく順調になった今としては、臨時ボーナスの様なもの。それに頼った経営など危なっかしくてしょうがありません」

「なる程、その結果自分の存在がないがしろにされてきていると悟った奴は今回の様に強硬手段に出たってわけだ」

「その様でございますね」

「まぁ分かった、そんじゃ前振りはもう結構だ、いい加減本題に入っちゃくれねぇか?」

「えっ? 本題?」

「しっかりしろよ鈴子、嬢ちゃんがこんな世間話をしに態々ウチにまで来るわけねぇだろ」

「いやーすみません。現実離れした会話についていくのが精一杯で」


 倫太郎の指摘に鈴子が頭を掻いているのを、由紀子は温かく見守っていたが、表情を一転させてこう続けた。


「それでは、単刀直入に言わせていただきます。河童倫太郎さん我が家の専属探偵になるつもりはございませんか?」

「ほーう」「はぁ?」


「いっいや、何をとち狂ってるのか知りませんが、よしといた方がいいと思いますよ、今回の締めでは活躍したものの、基本駄目な紐男ですからこの人!」

「はーぁ。その駄目な紐男だからこそ、その紐握って手元に置いときたいって所か。要は口封じって訳だ」

「さて、それはどうでしょう。けど少なくとも今よりは暮らしが楽になる事は確実ですよ」


 由紀子は、冷酷な経営者の笑みで、倫太郎をそう見下す。古臭いビルの一室に居を構え、日々の生活にカツカツな今よりも、よっぽど人並みな生活を送れるはず、その目は雄弁にそう物語っていた。


「あのー若様」


 鈴子は、そう不安げに倫太郎に尋ねる。


「なる程、そいつは魅力的な提案だ、だがな、だが断る。そいつあ断じてハードボイルドじゃあない。俺はハードボイルドを座右の銘とする探偵、河童倫太郎だ」

「若様!」


 由紀子はその答えに微笑を浮かべると、こう答える。


「なる程、まぁ予想通りの回答です。では、その様にお母様にはお伝えしておきましょう」




「はー、結局何だったんでしょうか」


 由紀子が去って何時もの平穏を取り戻した事務所に、鈴子のため息が広がる。


「さぁてね、お礼参りのお約束じゃなきゃいいが」

「そんな、理不尽な。けど高校生の癖にやたらとオーラがありましたよねねあの子」

「まぁ、高校生の癖に妖怪を使役するような子だからな、是非もないだろ」

「もしかしたら、盗聴器ならぬ、盗聴妖怪とか仕掛けられていません」

「はっ俺の鼻を馬鹿にするな、そんなん一発でわかるわ。あのセクハラ妖怪はずっとあの嬢ちゃんの背後に控えてたぜ」

「ひっ! 気持ち悪! 塩まいとかなくて大丈夫ですか?」

「塩は幽霊だよ、ったくお前は一応うちのもんなんだからあかなめ位でおたついてんじゃねーよ」

「そんなこと言ったって、河童は見慣れてるけど他の妖怪なんてしりませんよ」

「まっ、そういやそうだし、そもそも俺が家を出た原因の一つがそれだ」

「へ? 若様、他の妖怪が怖くて家を出たんですか?」

「違うよ馬鹿野郎、おれは河童に変身をして、マンガみたいな連中と戦うのに嫌気がさしたんだよ」

「はー、あははは……、まっまあその境遇には同情しますけど、せめて大奥様ぐらいにはお顔をみせたらいかがですかね」

「………………まぁ万が一気が向いたらな」


 くるりと椅子を回転させ、鈴子から顔を反らした倫太郎に、律子は『素直じゃないんだから』と内心思いつつも、平和な事務所の空気に安堵していたが。


「探偵さん、依頼を持ってきてあげたわよ」


 先ほど事務所を後にしたばかりの、由紀子が舞い戻って来た。そして訝しげな顔をする二人の前に、律子は一人の少女を紹介する。


「何でも、この子の住むマンションに連続下着泥棒が出没しているそうなの、どれだけ注意していても今まで影も形もつかめなかったんだけど」


 話の雲行きが怪しくなってきたのを察知し、その先を言わせないようにするが時すでに遅し。


「先日この子が、独りでに飛んでいく下着の群れを見たって言うの、その形はそう、まるで漫画に出てくる一反木綿みたいだったそうよ」


 由紀子は心底楽しそうに、二人にそう告げた。鈴子は視線をそらし『私は縁も所縁もない部外者でございます』と言った顔をして、倫太郎は椅子からずり落ちそうになりつつも天井を見上げてこう叫んだ。


「こんなの全然ハードボイルドじゃねえんだよ!」




Case1:行方不明の社長令嬢  完

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