case2 賢者の石を追え!

第6話 case2 導入編

「まったくもー、いい加減にしてくださいね永犬丸(えいのまる)さん」

「ふふふ、毎度毎度感謝しているよ。倫太郎(りんたろう)君」

「ふふふじゃありませんよ、これで今年3回目の家出ですよ。お宅のティンの助くん」

「いやぁ、契約(しつけ)は完全だから、人を襲うなんてことは無いんだがね」

「お宅の子の場合、見た目が凶悪すぎて、それ以前の話です」

「結界(リード)はきちんと結んでいるんだがね、どうもあの子は解くのが上手な個体のようだ」

「まぁ、俺としちゃ、ちゃんと報酬を頂ければ問題は無いんですが、そのうち保健所に捕まりますよ」

「ふふふ、それもまた、だね。あの子を捕まえられる人間が君以外に居ると言うのならそれはそれで面白い。

 あぁ、それと報酬はいつもの様に現金で払おう」


 そう言い、中折帽を深くかぶった色黒の男は、現金が入った封筒を置き、退室していった。


「……あのー若様? なんだか、今の会話、所々おかしな所があったような気がするんですが。唯の犬探しだったんですよね?」

「ああそうだ、あんまり気にしすぎると禿るぞ。あと若様はやめろ鈴子(すずこ)」


 緑川鈴子(みどりかわ すずこ)の疑問の声を右から左へと受け流し、河童倫太郎(かわどう りんたろう)は、さっそく封筒の中身をチェックする。

 報酬はいつも通りの10万円であった。犬探しとしては破格だが、かかったコストと比べれば微妙な所ではある、何しろ今回の犬探しもまた、倫太郎が死ぬほど使いたくない河童忍法を持ち出すまで追い詰められてしまっていた。


「まぁ、初回の依頼の時に、どんな犬か詳しく聞かなかった俺にも落ち度はあったんだが」


 倫太郎はそう、愚痴を言いながら、報酬を金庫に仕舞う。

 最近は以前の依頼で縁が出来た本城由紀子(おじょうさま)のおかげで、河童忍法を使うようなめんどうな依頼が定期的に舞い込むおしつけられる様になったので、以前の様に困窮してるわけではないが、相変わらず貧乏なのには変わりがない。

 だが、貧乏暇なしと言う格言の通り、依頼が増えた分やる事はあるので、比較的時間に融通が利く、フリージャーナリストと言う職に就いている鈴子に、日雇い仕事を頼むようになっていた。


「はーい、書類のチェック終わりましたよー、訂正箇所に付箋を付けてるんで後はお願いしますねー」


 そう言って、鈴子は、受験生でもここまで頑張らないだろうと思えるような、付箋まみれのファイルを倫太郎に手渡した。


「まったくもー、若さ……倫太郎さんは、昔から書類仕事は駄目ですねぇ」

「五月蠅い、事務仕事なんか滅べばいいのに」

「はいはい、そう言って年度末に地獄を見るのは自分なんだから、ある程度はちゃんとしとかなきゃ駄目ですよー」

「へいへい、分かりましたよ」


 倫太郎はそう言い、受け取ったファイルを机の片隅に置いて、背伸びをしつつあくびを一つ。これと言ったことのない、いつも通りの退屈な午後だった。


「大変じゃ! 大変なことが起こったぞ小僧!」


 事務所のドアを蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたのは、パッと見小学校低学年程度に見える、白衣を着て丸メガネを付けた怪しげな眼鏡少女だった。





「えーっと、今度は一体何をやらかしたんですか博士」

「ええい! 何故ワシが原因だと決めつけるのじゃ小僧!」


 倫太郎の気だるげな挨拶に憤慨し、手を振り上げて講義をするが、見た目が見た目なので、幼女が駄々をこねているようにしか見えなかった。


「えっと、倫太郎さん、この子は?」

「誰がこの子じゃこの小娘! 儂は弥生ケ丘阿賀(やよいがおか あがさ)! 1000年に1度の天才科学者じゃ!」

「あー、そういう事だ。因みに御年40歳(自称)なので、年長者に対する礼節はわきまえた方が身のためだ」

「はっ……、はぁ……」


 倫太郎の解説に、鈴子は困惑半分、諦め半分の返事を返す。倫太郎にとっては以前からの慣れ親しんだ非常識な出来事だが、鈴子にとってもあかなめの一件からこっち、世の非常識に触れる機会が不思議と多くなり、彼女の常識がサラサラと崩れ始めていた。


「そんじゃ、今回は何なんですか?」

「そうじゃ! 何とも恐ろしい事にワシが開発した賢者の石が何者かに盗まれてしまったのじゃ!」

「「賢者の石?」」





賢者の石とは、卑金属を金などの貴金属に変えたり、人間を不老不死にすることができるという霊薬である。バイ ウィキベジア


「と言う事ですけど」


 鈴子は、ネットで検索を掛けて出た文章を読み上げる。それに対し、博士は深くうなずき、倫太郎は耳垢をほじってどうでも良さそうに聞き流す。


「まぁ、アレだろ。要はゲームやら映画やらで出てくる、マジックアイテム(べんりなこどうぐ)」

「くっ、倫太郎さんやめてくださいよ茶化すのは。わたしだって馬鹿馬鹿しいのを堪えながら話してるのに」

「貴様ら、儂に対してちょっと辛辣過ぎじゃないか!?」

「いやいや、辛辣にもなりますって。賢者の石ってアレでしょ。錬金術の最終奥義みたいなもんでしょ、なんでそんなものを博士が開発出来るってんです?

 大体この前だって、『タイムマシンの開発に成功した!』とか言って人を無理矢理実験に付き合わせて。そんでやった事と言えば、変な機械を満載にしたおんぼろアメ車に雷を直撃させるとか。あれ、運転してたのが俺じゃなきゃ死んでましたからね」

「いや、理論上は行けたはずなんじゃ1.21ジゴワットの電力――」

「あー、詳しい理論は学会とかで専門家にどうぞ。兎に角あんときゃ、ふらりと家出して来たティンの助と遭遇したり、町一帯が停電したり。何やかんやで、騒動を収めるのに一晩かかりましたっけ」

「えぇい! あの時はあの時じゃ! じゃが今度は違う! 賢者の石の生成は成功し! その後の動物実験では、不死性も確認された!」


 見よ! と言い。博士がスマートフォンで映像を再生する。


「うひゃgyふじおklp!」


 そこには、一心不乱に丸めた新聞紙でゴキブリを叩きつける博士と、叩かれても叩かれても、決してくじけないゴキブリの姿があった。


「なんてもん、見せるんですか博士。おい鈴子、戻ってこい」


 倫太郎は、いきなりグロ画像を見せつけられて、部屋の隅でカタカタ震えていた鈴子の正気を取り戻させ、博士(きょうじん?)との会話を再開する。


「まぁいいか、物探しなら命の危険はなさそうだ。俺としてはちゃんと報酬を頂けるんなら、やれるだけはやってみますよ」


 倫太郎はそう言って、優しい目で博士をみる。とち狂った依頼を持ってくる彼女だか、昔は確かに名の知れた発明家だったらしく、いくつもの特許を有しており金払いに問題は無かったのだ。倫太郎の心情としては、お婆ちゃんのわがままに付き合って、お小遣いを毟り取る孫のそれである。

 さて、今回はどんだけ搾り取ってやろうかと、皮算用を始める倫太郎の隣で、正気を取り戻した、鈴子が口を挟む。


「えっ、良いんですか倫太郎さん。そんな訳の分からないもの危なくないんですか?」

「大丈夫だろ、タカが石っころ。どうせどこかに置き忘れたのを取られたって言い張ってるだけだろ。痴呆の初期症状だ」

「貴様ら、人の影口を目の前で言うんじゃない! いいか! ならば特別に教えて進ぜよう! 儂が発見した賢者の石生成の方法を!」

「「えっ、いや別に」」

「はっはっは、遠慮せずとも好い! よいか先ず儂は生成に当り世にある『賢者』と言ったものを調べつくした!」


 二人のテンションと比例して、みるみる上昇していく博士のテンションを遮るものは、今の事務所には残念ながら存在せず、今や河童探偵社は博士の業績発表の会場と化した。


「その中で儂が注目したのは、『賢者タイム』じゃ!」

「「…………………」」


 博士の口から洩れた単語に、倫太郎はやはりボケたかと言う顔をし、鈴子は頭に浮かんだ疑問をつい口から漏らしてしまった。


「あのー、賢者タイムって何なんです?」

「ほぅ? なんじゃ小娘、かまととぶりよって、あれじゃよ。世の男がいたした後に欲から解放され、賢者の如き精神状態になるあの時じゃ」

「いたした?」

「なんじゃ? 本当に知らんのか? 射精した後、気分が冷める時間のことじゃ」

「…………セクシャルハラスメント!! 駄目です倫太郎さん! この人本当におかしいです!」

「そんなこた! こちとら体験済みだよ! お前が変な事聞くからこんな空気になってんだよ!」

「ほほほ、儂の天才的ひらめきに驚くにはまだ早い。賢者タイムにたどり着いた儂がやった事は、まずこの世で最も性欲の強い時期の中学二年生の男子をかき集め――」


 悪夢のような、独演会が繰り広げられるのを二人は死んだ目をして眺め続ける。


「――、そうして得た数式を、独自のルートで仕入れたオリハルコンに仕込んで完成したのが賢者の石じゃ!」


 倫太郎は、こんな馬鹿げた実験の犠牲となった、中学二年生達に哀悼の意を捧げ。

 鈴子は、考えるのをやめた。

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