第4話 case1 決着編 1
「貴女は! 由紀子ちゃん!」
その人物をみて鈴子は声を上げる。その女性は正しく依頼にあった行方不明者、本城由紀子その者であった。
由紀子はそれに対し、少し困ったように微笑みながらも、ゆっくりと階段を降り続け、踊り場に達したところで足を止めた。
「そうです、私が由紀子。そして貴方たちは、お母様がよこした追手であり、最後の生贄と言う訳ですね」
「生贄ですって!?」
何てことだ、自分が適当に言った予想が当たってしまった、その事実と生贄と言う単語に鈴子は動揺が隠せなかった。だっが、倫太郎は落ち着いた声でこう問いかける。
「だが、君のお母さんが君を探していたのは紛れもない事実だ。その理由はなんだ?」
倫太郎はさも当然のようにそう言ったが、勿論裏付けなど取っていない。それがカマ掛けの発言であるならばまだましだが、彼の中では、そのことが既に事実となっていることが、探偵として多少問題であったが。
倫太郎の発言に一瞬驚いた鈴子だったが、何時もの事だと呆れ返し、そのことがショック療法となり、動揺は収まった。そして由紀子が答えを明かす。
「私は母と賭けをしていたのです、1週間の間母が私を見つけられなければ、私の好きにしてもよいと」
「好きにってどういうこと?」
由紀子の力ない発言に、鈴子は更なる疑問を問う。
「決まっています! こんな事私はもう続けたくない!」
それは悲痛な少女の叫びとなって解き放たれた。
「あんな神様に私はこれ以上関わりたくなどないの!生贄!生贄ですって!私がどんな、どんな思いで今まで生贄を差し出してきたとお思いですか!」
「ちょっちょと待ってよ! そこまで嫌なら何とか断れ――」
「出来るとお思いですか!」
鈴子の言葉に由紀子は激しく反応した。そして、その反応に同調する言葉が、鈴子の隣から上がる。
「そうだぜ鈴子、親子の問題ってのは時にはやたらと複雑になっちまう、そうなっちまったら他人には入って来れない領域だ」
「……若様」
非常にくだらない理由と言うか情けないと理由と言うか、ともかく色々な事情で、倫太郎は河童忍法を継ぐのは嫌だと家から飛び出していたのだった。そんな彼には由紀子の訴えに共感する思いもあるのだろう。
「だがなお嬢ちゃん。どんな理由があるのかは知らないが、俺たちがそう易々と生贄の祭壇で眠っている事とは思わない事だ」
ジワリと、倫太郎から発せられる圧力が高まる。倫太郎は探偵としていや人間として、どうしようもないほどの駄目な紐野郎であるのだが、それでも忍者としては超一流の腕前を持っていた。
その彼の発揮する圧力を前にか細い女子高生が立ち向かえるはずはない、そうなるはずだったが。
「なる程、凄まじいプレッシャーです。どなたかは存じませんが、流石は母の送り出した追手と言う訳ですね。
ですが、ああですが、神様の召喚はほぼ終わってしまっているのです、この状態の神様でも神は神。いかに貴方が優れた存在であっても、所詮人には抗えっこないのです」
由紀子の悲痛な優越感に、鈴子は背中に汗を流すが、そこである事に気が付いた。
「……、あのー。そもそも生贄とは何を意味するの? あなたの行動は調べさせてもらったけど友達をここに誘った以外特におかしな事はしていなかったみたいだけど」
もしかしたら、倫太郎がであった由紀子の友達はその神様とやらが生贄の代わりに用意した偽物だったのではないかと、鈴子が想像すると。
「……………」
由紀子は、悲痛で、悲哀で、憂鬱で、悲嘆で、傷心で、愁傷な非常に味のある苦悶の表情を浮かべ、押し黙った。
「あのー、由紀子ちゃん?」
そのあまりにもな暗黒七面相に、自らの置かれた状況を忘れ、由紀子の事を心配して声を掛ける。今の表情は、どう考えても女子高生がしていい表情ではなかったからだ。
「ふっ、ふふふふふふふふふふふふふ」
何かに、吹っ切れた由紀子が地獄の底より湧き出る様なコクの深い笑い声を上げる。鈴子はその声に「ひっ」と詰まる様な悲鳴を上げ、倫太郎の腕にすがった。
「わが神は、少女、の…………を、供物として所望します」
「えっ? 何? なんて言ったの?」
「……………………少女の体液を供物として所望します!」
由紀子は頬を赤らめつつも、開き直ってそう叫んだ。ああ何たる悲劇、多感な少女にとってその様な事を叫ばなければならないとは、一体少女がどのような罪を犯したのであろうか。だが、開き直った由紀子は、今までのうっぷんを晴らすかのように後を続ける。
「ええそうです! 体液です少女の体液! それも15歳から25歳までの少女の体液! それ以外は1日たりとて上回っても、毒物混入として、今まで捧げた供物ポイントがリセットされるそうです! ああ、因みに上回るのは絶対禁止ですが、下回る分にはある程度大丈夫なそうです! 死ねばいいのにーーーーー!」
「くっ、供物ポイントって」
「ええ、ポイント制です、汗や涙は3ポイント、血液は0.1ポイント…………後は言いたくありません」
「きっと尿とか、「あ゛-」液だな」
「「禁止! セクハラ駄目絶対!!」」
デリカシー皆無の倫太郎の発言に、少女たちの心が一瞬一つになった。
「コホン、ともかくそう言う事です。そちらの女性は残念ながら神様の守備範囲内のご様子。これまでの行動で多少は汗をおかきになったはず、その汗頂きます」
「あーもしもし、由紀子さん」
「なんです?」
「ちなみに、男性の体液が混じった場合は?」
「殺されます」
「え?」
「その男性は神様に殺されて、巫女である私も折檻を受けることになります。呪いで三日三晩高熱が出ます」
「うわーおぅ」
あらゆる意味でドン引きする鈴子の隣で、倫太郎は冷静なままだった。
「お嬢ちゃん、そいつは『あかなめ』だよ」
ぽつりと倫太郎のつぶやきがホールに広がった。
「え? なんですって?」
「妖怪あかなめ、そいつが神様の正体だ。この屋敷からは妖怪の匂いがプンプンする。本来あかなめに人を直接害する力はないはずだ風呂垢嘗めるだけの妖怪だしな、だがまぁ中には変わり種もいるって事だろうよ、人に忍術教える河童みたいにな」
ぞわりと、別荘の雰囲気が歪んでくる、湿度が上昇し不快感が増してくる。
「そもそも風呂場ってのは、人間がもっともリラックスできる場所の一つ。ってことは心の隙間が大きくなるとこだ、即ち精神的な術が通りやすくなる場所でもある。そこにちょいとばかり力が強い妖怪が、心の弱っている人間に術を掛ければある程度は思い通りに捜査する事なんか容易い事だろうよ」
湿度と温度はますます上昇し、室内はまるでサウナの中の様になってくる。
「では、お母様は騙されていたって――」
にゅるりと、天井から生えて来た大きな舌が、由紀子の体に巻き付いて動きを封じる。
「はっ、出やがったな、変態妖怪。鈴子、依頼の変更だ、人探しから妖怪退治だ!」
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