生きるため

 赤いハイラックスが、荒れ果てた地の上に立っていた。ほんの小さな人の集まりだったのであろう複数の廃墟の壁には銃痕、血痕がそこらじゅうにこびりついていた。

「これはまた、派手にやったもんだなあ」

 自動小銃を構えたまま、むせ返るような血と硝煙の匂いに、私は思わず顔をしかめた。

地面に転がる死体はどれも丸腰。銃等の武器を持っているようには見えなかった。それから察するに、ここを襲った連中は丸腰の相手に銃を使って一方的に虐殺したということになる。もっとも、このような情景は見慣れたもので、今では吐き気を催すこともなくなった。しかし、悲痛な叫びを上げて死んだであろうことが分かる、口と目を大きく開いた表情と、その肉に集る蝿の姿は、何度見ても決して気分の良いものではない。

本当であれば、彼らを埋葬してやりたいと思うが、そのようなことをしているうちに再度この場所を襲った連中が来てしまえば、不意を突かれてしまうかもしれない。そう考えると、死体に対して情けなどかけては居られない。

もっとも、この凄惨な現場から何か役に立つ物を持ち去ろうと考える私も、決して褒められたものではない。やっていることはハイエナや、それこそ死体に集る蝿と何ら変わりはない。

「ああもう、嫌だなあ」

 こんな場所にずっと居ると辛気臭いことばかり考えてしまう。

さっさと物を漁ってこの場を離れようと考え、私は警戒しながら血みどろの廃墟の中を歩き回った。

「!」

 何者かの足音が聞こえ、私は銃を持つ手に力を入れた。ここを襲った連中が、まだ居座り続けているという可能性も決して否定は出来ない。そうなれば、久々に真正面から銃撃戦をするはめになるかもしれない。

足音は徐々にこちらへ近付いて来る。一歩ずつ、音が近くなる。

「……」

 現れたのは、引きつった笑みを浮かべた男。その手には小さめの拳銃が握られている。

私はその男に向け、無言で銃を構えた。

「君は……」

 私の方を見据え、男は言葉を発する。

「武器を、持っているんだな」

「当然です」

「ああ、そうだな。当然だと思うよ。我々は武器を持っていないからこうなったんだ……」

 直後、男は大声を出す。

「黒いピックアップトラック二台に八人組の男だ! ナンバーは、1195、8362だ!」

「は……?」

「ここは、そいつらにやられたんだ! ここにあるものは自由にしていい。だから、だから仇をとってくれ!」

 男は叫んだ後に、外へ駈け出した。その後に、一発の乾いた銃声が響いた。

「全く……」

 銃は人間に残された最後の武器だという話がある。それはつまり、どうしようもないところまで追い詰められた時に、自らの頭を撃ち抜くために必要だという一種のブラックジョーク。彼はそのジョークを大真面目に遂行してしまった。

「まあ、仇討ちする義理はないから、貰えるものだけ貰ってくよ」

 私が廃墟の中の物色を始め、三十分ほど経った時、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。手持ちの双眼鏡でその方向を見ると、先程の男が話していた特徴と合致するナンバー1195、8362の黒いピックアップトラックがこちらへ向かってきていた。

私はすぐさま作業を中断し、ハイラックスを置いた場所まで戻り、戦闘のための武器を身につけた。

相手は八人。銃火器で武装していることを考えれば正面から立ち向かうのは愚行。即座に蜂の巣にされてしまうだろう。直接身を晒さぬように戦う他ない。私は道中に罠を仕掛けた後に、遠く離れた二階建ての廃墟から狙撃銃のスコープ越しに彼らの様子を観察する。

男たちはその手に銃を持ち、車から降りてくる。全員が降りたところで私は、身体が大きく狙いのつけやすい一人に目をつけ、その男の脚を撃った。男は脚から血を流しながらその場に倒れ、それ以外は皆車の影に身を隠した。わざと消音器を外しているので、私の位置に気付いてもおかしくはないはずなのだが、戦闘慣れしていないのか、彼らはその場から動こうとしない。撃たれた男は倒れたまま、その場で何か叫んでいる。恐らく仲間に助けを求めているのだろう。その言葉に応えるように身を乗り出した男に狙いをつけ、私は銃を撃った。弾丸は胴体に当たり、血飛沫を散らす。当たった位置からして、二人目はそう長く保たないだろう。残りの六人全員が、憤怒の表情を浮かべ、私の方へ向かってくる。

私は狙撃銃をその場に放置し、階段を降り自動小銃を構え外を見た。

「そろそろかな……」

 六人のうち、先頭を走る男が三〇〇メートルほどこちらへ近付いた瞬間、予め私が仕掛けておいた爆弾が作動した。爆発音と共に、赤色混じりの煙がわっと吹き出し、廃墟は崩れ、その断片が男たちに襲いかかる。私は、物陰に隠れながら少しずつ爆発の起きた場所へと近付く。瓦礫の周りには赤黒い血溜まりと、弾け飛んだ手足や内臓が飛び散っている。

一人の男が瓦礫の下から這いずりで出たので、その男の頭を撃った。どうやら、彼以外は全てこの爆発で片付けることが出来たようだ。

「TNT爆薬に信管に貴重な狙撃銃の弾丸に……ああ」

 強盗と鉢合わせになると、逃げれば追いかけられ、先制攻撃しても今のように物資を消費するはめになる。どちらに転んでも面倒で実に気分が悪い。

「こいつらの物資で元が取れればいいんだけど……」

 勿論、銃の口径が合わないことやロクなものが手に入らないことは日常茶飯事だ。彼らを攻撃するのは自己防衛という点を除くと半ば慈善事業のようになる。

早速彼らの物資を頂戴するため、私は銃を構えながら黒いピックアップトラックへと近付く。狙撃した者のうち、二人目は息絶えたようだが、一人目はまだ生きていた。一番初めに撃たれたのが最後まで生き残っているとは実に皮肉だ。もっとも、わざと死なないように撃ったのだけれど。

「……俺達をやったのはお前か」

 額に脂汗を流しながら、男は声を吐き出す。

「あんまり喋ると、痛みますよ」

 私が言うと、男の眉がぴくりと動き、眉間に皺が寄った。

「大切な、大切な仲間達だったんだよ……」

「みんなで楽しく丸腰の相手を撃ったんでしょう。撃たれることも考えなくちゃ、駄目でしょう」

「生きるため、生きるためだ……」

「勝手ですね」

 私は言って、男の頭を撃った。彼は、何も言葉を発さなくなった。

「ああ、胸糞悪い」

 結果だけを見るならば、自分を守るために人を殺すのも、自分が生きるために人を殺すのも、自分が楽しむために人を殺すのも、どれも大差はない。問題なのは自分が撃たれた時、そのことに納得が行くかどうかだ。

「今度から、世界平和でも祈りながら撃とうかな」

 世界平和。今の世界では、あまりにも虚しすぎる言葉。けれど、その無意味さが今の私の心にぴったり合っているような気がした。

車の中には、結構な量の食料と口径の合わない弾薬。規格の違う銃火器、それに煙草とライターがあった。私は試しに煙草を一本取り出し、その先に火をつけ、煙を吸った。

「けほっ」

私は、そっと煙草を投げ捨てた。

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