第36話 ジャンとマリエッタ

「マリエッタ、久しぶり! 元気だった?」

「うん。元気、ありがとう。レイカは?」

「私も元気よ」


 最初にきちんとした挨拶を終えたあと、改めて無礼講モードのフランス語でマリエッタと挨拶する。フランス流に頬の隣でキスの音を立てる挨拶ビズもする。

 その様子をオイヴァとジャンが穏やかに笑いながら見ている。


 本当にこの二人と会うのは久しぶりだ。こんな客ばかりだったら嬉しいのに、と思ってしまう。

 そう思ってしまうくらい、数ヶ月前に来た人たちが強烈だったという事だろう。


「レイカ?」


 それを思い出して、つい苦笑を浮かべてしまったようだ。マリエッタが、どうしたの? と尋ねてくる。なので『会えて嬉しいから』と答えた。嘘は言ってない。会えて嬉しいのは本当だ。


***


 たっぷりと再会を堪能した後、王妃のサロンでお茶をする事にした。お互い話したい事はたくさんある。


 通訳魔法がかかっているので、麗佳も安心して日本語で話せる。ずっとフランス語でしゃべっているのは大変なのだ。


 二人に会う前に、臣下の家族や友人がたくさん謁見に訪れていたので結構疲れている。なので、麗佳の休憩の意味もある。いろいろと麗佳の体に気をつかってくれているのだ。ありがたい。


 最初は麗佳の妊娠について話す。これが今回の招待の目的なのだから当たり前だ。改めて二人に『おめでとう』と言われるのは嬉しい。先ほどの挨拶の時も公式でお祝いの言葉をもらったし、ここに来るという手紙の中にも祝福の言葉は含まれていたのに、だ。

 幸せな言葉なら、何度もらっても嬉しいのだ。


 妊娠期間が人間の倍くらいある、という話は驚かれた。麗佳も最初に聞いた時は目を丸くしたものだ。

 ただ、その分、魔族の子供は生まれてすぐにハイハイしたり、喋り始めるのが人より早かったりするらしい。


 それほどの違いがあるから、人間が魔族の子供を産むのはかなりのハイリスクなのだ。だからこそ、結婚式の時に『魔力増幅の儀式』で魔族の魔力を麗佳に入れたのだ。


「そういえばさっきはどうしたの?」


 話がひと段落した後で、マリエッタが尋ねてくる。どうやらごまかしきれなかったようだ。よく臣下にも、表情が顔に出ると言われている。気をつけないといけない。


 でも隠しておく事でもない。なので、オイヴァが簡単に説明する。でも、箝口令を敷いている勇者召喚については話していない。無礼講とは言ってもさすがにその事は喋れない。麗佳達は気づいていない事になっているのだ。

 話を聞くと、二人が揃って呆れた目になった。もちろん、麗佳たちにではなく、ヴィシュの王族に、特にアーッレ王に呆れているのだ。


「あの人達、まだそんな事してるの? 懲りないね」


 マリエッタがズバッと思った事を言ってくれる。こうハッキリ言ってくれると聞いている方も気持ちがいい。

 彼女は去年の事件の被害者なので思う事がたくさんあるのだ。


「いい加減にして欲しいよね」


 ため息を吐いてから吐き捨てるように言う。


「あの者達はそういう奴らだ、と思うしかないな」


 オイヴァの言葉に三人は苦笑で同意を示す。実際そうとしか表現出来ない。


「というか謝罪するならマリエッタにだと思うんだよね。そこほったらかしてるけどさ」


 麗佳の言葉にジャンも重々しく頷いている。


「私は平気だから」


 そうマリエッタは言うが、そういう問題ではないのである。


「それにしてもこんな大事な時に大変だったね」

「公表もしていなかったから向こうも知らなかったみたいだしね。まあ、速攻でエルシー王妃殿下には知られちゃったけど、あっちで騒ぎにはなってないみたい」


 あれはエルシー王妃の観察眼を軽視していた麗佳のミスだ。今でもそれはとても反省している。


 ただ、エルシー王妃がアーッレ王に伝えていないようなので、ホッとしている。それに、向こうにこっそりと何人か送り込んで監視してもらっているので、報告がない限り大丈夫だろう。


 向こうにはこちらの隠密を追い返す術はないし、魔法の監視も破る事は出来ない。破られたらそれはそれで色々と考えなくてはいけないが、実力差という面ではこちらの方が上だ。今のところ問題はない。


 勇者の方も動きがないようなのでホッとしている。


 とは言っても完全には油断するわけにはいかないが。


「ということはあっちは今は何もしてないの?」


 マリエッタの言葉に頷く。


「きつい結界張ってあるから、海はめっちゃ荒れてるし、転移は通じないしっていう状態にしてあるんだよね。あれをヴィシュ人が突破するのは無理だと思う」


 動きがあれば、こちらもいろいろ考えるが、今はそれでいいと思っている。大事なイベントを邪魔などされたくはないのだ。

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