第35話 時期

「冬にして正解でしたね」

「本当にな」


 アーッレ王がクリストファー王子に、はやく勇者を送り込む時期を決めろと急かしている映像を見ながら、オイヴァと麗佳はそう言いあった。


 おまけにアーッレ王は、魔王達にダメージの行きやすい日を、などと言っていた。


 と、なると、直近で一番危ないのはパレードの日なのだ。もちろん、麗佳達が乗る馬車には、魔法、魔術で何重にも結界が張られる予定だ。外部からの攻撃は絶対に通さないようにする。それは当然の事だ。


 普通、妊娠発表のパレードは妊娠中期に入ったばかりの頃にするというが、少しずれても何も問題はない。なので、初冬の月十二月の半ばあたりにする事にした。


 麗佳の体調を見て、少し遅い方がいいのではないかと判断して決めた日時だったが、こういう意味でも良かったようだ。冬ならば勇者を送り込むのは不自然である。それならアーッレ王はその日にぶつけられない。


「ヴィシュとの国境間の海に、今以上にきつい結界を張っておこう。害意があるものは誰も入れぬように」

「わかりました。魔術師長にはわたくしから伝えておきますわ。魔法使いの方にも話を通さなくては。……絶対に守らなければなりませんものね」

「守るのはお前の身だぞ」

「あ、うん……」


 それはそうだ。突っ込まれると、そうだね、と返すしかない。


 麗佳は子を守るつもりで話してしまった。確かに母体が危険では、お腹の子の安全も何もない。


 それにしても、今でもかなりきつい結界が張られているのに、それ以上となると、誰も破れないのではないかと思ってしまう。まあ、破れたら結界の意味がないのでいい事なのだが。


 盗み聞きしていたアーッレ王の話も終わったようなので、映像を消した。とは言っても、何か重要なキーワードを拾ったらオイヴァに分かるようになっている。


 それからはしばらく二人で無言で書類とにらめっこをする。まだ妊娠初期ではあるが、薬のおかげで今は体調が落ち着いているので執務も出来るのだ。


「ダメージのいく時期か……」

「え? 何かおっしゃいましたか?」


 オイヴァが小声で呟いた言葉が麗佳には分からなかった。だが、何でもないとごまかされたので、とりあえずそのままにしておく。何か重要な話なら後でも話してくれるだろう。



***


 執務を終わらせ、魔術の方の仕事があるレイカを王宮魔術師の仕事場に送り届けてからオイヴァは自室で深いため息をついた。


「私にダメージのいく時期か……」


 それがいつなのか、本人であるオイヴァには分かっていた。


 今年の秋ではない。来年の秋。レイカの妊娠後期の終わりごろ。そんな時に勇者を送られてしまってはたまったものではない。それも、洗脳教育などされた勇者を。


 妊娠中期の終わりごろには諸外国のほとんどが魔王妃の妊娠を知るだろう。そうすればいくらヴィシュでも情報を掴むに違いない。


 母は妊娠後期に息子を失ったショックで体を弱らせた。その影響で死んでしまったのだ。


 あの時の事をよく知っているであろうヴィシュなら、レイカになんらかの精神ダメージを受けさせる事を画策してもおかしくはない。


「母上……」


 幼い頃の最悪な思い出を思い出しながら、オイヴァは下を向き唇を噛んだ。

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