第32話 パレードの準備

「神話をベースにしてみたらどうかしら」


 麗佳は同僚たちにそう提案してみる。


「なるほど。お手振りをする王妃殿下の姿を女神様の幻影に重ねるのですね」


 ウティレが感心したようにそんな事を言ってくる。でも、麗佳はそこまでは言っていない。

 いくらなんでもそれは恐れ多すぎる気がする。


 この場合の『女神様』というのはフレイ・イア教の夫婦神の片割れの女神イアの事だ。その女神様の姿を元々異世界人だった麗佳に重ねるなんてバチが当たりそうな気がする。

 そう言うと、頭を抱えられた。おまけにため息まで吐いている。失礼だ。


「貴女様はこの国の王妃なのですから、神々も文句はおっしゃらないでしょう。しっかりと神殿に認められているのですから」


 そう言ってから『そうですよね』というようにユリウス達をちらりと見る。間違いなく味方につけようとしている。

 みんながうんうんと頷いているのを見て『ほれみろ』という感じの目線を向けてくる。


「ウティレ、なんか厳しくない?」

「大切な事ですよ、殿

「……はい」


 麗佳の負けである。もう降参するしかない。自分が女神に重ねられるのはとても恥ずかしいが。


 今は妊娠発表の王都パレードで使う魔術について話し合いをしている。警備の魔術以外にもパレードの馬車に幻影魔術で演出をするのだ。


「これ以外にも馬車の中や外をお守りするための術式がいりますわね」

「そうですね。それも組み合わせて……。いや、もし崩されたら一気に危機に陥りません?」

「別々に術式を用意した方がいいかもしれないな」

「対策系を入れるとどうしても長くなってしまいますし……。いっそ分かりやすいところにフェイクの術式を入れて騙すという方法もありますが」

「色々試してみてもいいかもしれないな」

「時間はまだあるから後で作って実験してみようか」


 話は馬車の警備の事に移っている。守ってもらうのは麗佳なので、なんだかなんとも言えないくすぐったい感じがする。

 でも、そんな事を言ったら、ヨヴァンカやウティレから『いい加減に慣れてください』と叱られてしまいそうだ。


 とりあえず、『これは未来の王太子を守るため』と思っておく。間違ってはいないからいいはずだ。それに麗佳も自分の可愛い子供は守りたい。


 あと、馬車の警備に関しては魔法使いたちとも協力する事になっている。そこはもう話が通してあるので安心だ。

 だが、魔法と魔術の組み合わせとなると、反発する術式も出てくるので、向こうとも相談しつつ決めなくてはいけない。


 まずは演出の魔術式のサンプルを幾つか作ってみようという話になった。それからでないと魔法使いとの打ち合わせも出来ないのだ。


 とりあえず、麗佳の神話ベース案を採用するとして、どこに来た時にどの場面を入れるかを話し会う。そのイメージの絵を麗佳が紙に描いていく。

 とはいえ、まだ正式に決まってないから鉛筆で描いたラフ画だ。白黒だが、場面は伝わるから問題はないだろう。


 それを見て幻影魔術の得意なウティレが中心になって術式の最初の案を書いてくれる。


 発動した魔術を見るには麗佳の特殊能力を抑えなければならないので大変だ。でないと『何も見えないけど……』という事になってしまう。これは能力のコントロール訓練にもなっていい。師匠のウィリアムからもこういう時は積極的に訓練していいと許可が出ている。


 精神系の魔術、魔法が効きにくい体質というのは、洗脳も魅了もされないし、幻影系の罠も効かないので、防御という面では安全だが、こういう時はとても不便だ。


 ウティレは幻影が得意分野だと聞いているが、麗佳のラフ画だけを見て、ほぼイメージ通りの魔術式を作れるのがすごいと思う。

 それもただ見せるだけではない。王都の景色も合わせてリアルにそこにいるような気分にさせる。それは幻影の中でもかなり高度なものらしい。それはこの精密な術を見るだけでも分かる。


 それでもウティレは『うーん』と呟きながら改良案を考えてるのだからとんでもなさすぎる。いや、まだサンプルだからね、と言いたい。


 ウティレのこの得意分野を知ったのは、一年半くらい前の年末年始だったのを思い出す。うるう年の次の年の新年に王都で幻影のお祝いの演出を見せたのだ。その時の術式を考えるのに、ウティレが大活躍したのだ。


 あの時は、幻影のデザインを考えるのが楽しい麗佳と、それを術式化するのに夢中になったウティレが大暴走して、結果ヒューゴに叱られる事になった。

 王都の広場にちょこっと出すはずだったものが、規模が大きくなりすぎて王都中に幻影を映す事になったのだから苦言は当たり前だろう。


「何を考えていらっしゃるんですか?」


 ハンニが不思議そうに聞いてきたので素直に話す。ウティレのペンがピタリと止まった。


「こ、今回はそんなに大規模にはなりませんよ。馬車を囲むものですし」


 確かに馬車の外まで思い切り幻影を広げたらある意味問題だ。それは言われなくても麗佳にも分かっている。


「それに、今回は王妃殿下の体調が第一ですからね。無理をさせるわけにはまいりません。主役が体調を崩して欠席なんて事があってはなりませんから」


 そう言ってにっこりと笑いかけてくる。


 麗佳を案じているように聞こえるが、ウティレはそんなに優しい存在ではない。


 『王妃殿下も暴走して大規模にしないでくださいね』と釘を刺されているのだ。実際、あの時最初に暴走したのは麗佳なのである。


「そうですわね。レイカ殿下は大切な時なのですもの。辛い時はきちんとお体をお休めくださいね」


 ヨヴァンカがそれに加勢してきた。


「きちんとカッサンドラ様と一緒に診察もしますからね」


 ハンニまでそんな事を言ってくる。

 体調を案じてくれるのは分かるが、過保護すぎやしないだろうか。二人の真剣な目についたじろいでしまう。


「……パレードの時は安定期なのだから大丈夫でしょう?」


「それでも無理などしたらお体に障ります」

「それに『今』は安定期ではありませんから、安定期をしっかり『安定』にするために今は体調に気をつけなくては」


 二人は結構厳しい。でもそれは当たり前のことだ。それだけ麗佳の立場は大きいものなのだ。なにせ未来の王太子がお腹にいるのだから。


「ですからウティレの言う通り、無理をなさらないようにしましょうね」

「……はい」


 ヨヴァンカの笑顔とそれに頷くみんなの姿に麗佳はそう返すより他はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る