第33話 遠くからの客人

 オイヴァからもたらされた話に麗佳は目をパチクリさせてしまった。


「……ど、どなたがおみえになるんですって?」


 寝る前のプライベートスペースなのに、つい王妃モードで尋ねてしまった。


「ハシント・アリッツ陛下がお忍びで訪問されるそうだ」


 確認しても変わらなかった。


「それは……つまり長老陛下が……」


 改めてもう一度確認をする。正直、麗佳自身にもしつこいのではないかという気持ちが浮かんでくるが、そうせずにはいられない。

 麗佳の言葉にオイヴァが肯定の頷きを見せた。


 『長老陛下』というのはヴェーアルの隣にある大陸、リスティアで一番権力を持っている人だ。アイハという大国の元国王でもある。人間としては最年長の三百四十歳なので『長老陛下』と呼ばれている。

 その人がヴェーアルに訪問するというのだ。驚かない方が無理である。


「って……お忍び!? 今、お忍びって言った!?」

「ああ、言った」

「そっちの方が警備大変じゃない! 大丈夫なの? いや、みんななら大丈夫だと思うけど……」


 妙にあわあわする麗佳にオイヴァが呆れたように小さく笑った。

 さすがに声が大きかったかな、と心配になるが、内緒話なので先に防音を張ってあったのを思い出す。


「そこはこちらでなんとかするから。お前は心配しなくていい。それに、向こうも護衛を連れてくるだろう」


 確かにそれはそうだ。


 でも、だからと言って『じゃあ適当なホテルに泊まってくださいね』などという無礼な事が出来るわけない。関係者に話を通して王城の客室にお泊りいただくのが当然である。


 それに、今回の事はヴェーアル王国にとって、とても名誉な事である。お忍びとはいえ長老陛下がヴェーアル王国王妃の妊娠発表のパレードを見学されるのだ。

 まず間違いなく準備が忙しくなるだろうが、文句を言う魔族は一人もいないだろう。いたら大問題である。


「ああ、あと、これはプライベート関係だが、ジャンとマリエッタが来ることになった」


 今日二度目の爆弾発言に、麗佳はまた目を見開いてしまった。


「あの二人が!?」

「連絡をしたら喜んで参加すると言ってたぞ」

「そっかぁ」


 どうやらアーサーや、せっかちな勇者は仕事の都合がつかないらしいのが残念だが、それは仕方ない。

 パレードは故郷の世界では師走にあるのだ。仕事で忙しくても無理はないと思う。


 それでもジャンとマリエッタが来てくれるのは嬉しい。

 自分のフランス語力が落ちていなければいいと思う。


 何を考えているのかと聞かれたので素直に答えた。オイヴァはそれを聞いて笑う。

 情けないと思われただろうか。でもコミュニケーションは大事な事だ。


「言語といえば、あれも聞けるかもしれないな、と思ってるんだが」


 オイヴァがポツリと呟く。それだけで麗佳にも何の事か分かった。


「『レド』よね。あ、『レッド』とかの可能性もあるんだっけ?」


 確認すると頷きが帰ってくる。


「フランス語じゃないから難しいんじゃない?」

「お前みたいに他言語学んでいたら分かる可能性もあるだろう」

「うーん。文字もスペルも分からないから結構詰んでる気がするけど……」


 言語名さえ分かれば物事は一気に解決に近づくのだが、難しいものだ。

 ジャンとアーサーには手紙で聞いたが、知らないと返事が返ってきたそうだ。ただ、直接話し合ったら答えのヒントも出てくるのではないかとオイヴァは思っているようだ。


「では、マリエッタにはわたくしからお茶の時間にでも聞いておきますわ」


 あえて魔族語で言う。オイヴァが『助かるよ、王妃』と返してきた。

 でも、大事なのはみんなにこのパレードを楽しんでもらう事だ。王都ではそれに合わせて前日から二日間お祭りがあるそうなので、それも含めて満喫してくれたらいいと思う。


「王都のお祭りはどんな事をするのかしら」


 そう呟く。


 できるならお忍びでお祭りも見たいな、とも思うが、間違いなくみんなに一斉に『いけません!』と言われそうだ。

 パレードの時に雰囲気だけでも見られるからいいかと思い直す。


「きっと、休憩時間に行った誰かが話してくれるだろう」


 どうやら何を考えているのかお見通しなようで、オイヴァがそんな事を言ってくる。それで我慢しろ、と言われているのだ。


 麗佳は『そうね』とだけ返しておいた。

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