第26話 王子の作戦
召喚の様子を見ながら、オイヴァがいつもの冷酷な笑みを浮かべている。
「陛下」
小声で声をかける。聞こえないなら聞こえないでいい、くらいの気持ちだ。
「見られてるとも知らず、能天気なものだ」
オイヴァからは返事は返って来なかった。その代わりに、そんな言葉が嘲るような声と共に出てきた。それに関してはごもっとも、としか言いようがない。
麗佳が戸惑っていると、オイヴァはおかしそうに笑って、いつも通りに頭を撫でてくる。それで、先ほどの呼びかけはきちんと聞いていたよ、と言われているのだ。
指揮をとる王子が子供だからなのか、召喚は朝に行われた。それを麗佳達は見ている。相変わらずヴィシュの魔術セキュリティはガバガバである。ただ、魔王の魔法が強すぎるとも言えるかもしれない。
「それにしても、人数がやけに少なくありません?」
リアナがそんな事を言っている。
それは麗佳も少し気になっていた。麗佳の時は少なくとも何十人もの人間が召喚の間を埋め尽くしていた。おまけにアーッレ王は豪華な椅子に座り、何人もの女性を侍らせていたのだ。
それなのに、今、召喚の間にいるのはクリストファー王子とアーッレ王、宰相、そして、トムという魔術師だけだ。
これなら、国王、王妃、王妹、宰相、王宮魔法使いの長、王宮魔術師長が揃っているこのヴェーアル国王の執務室の方が人数が多いくらいだ。
これだけ人数を絞るという意味がよく分からない。
クリストファー王子の話では、勇者はこれから魔王討伐のための修行をするそうなので、勇者パーティはまだいらないだろう。それでもおかしい気がする。
「多分、時間差で私たちを欺くつもりなのだろう」
オイヴァが不思議な事を言った。宰相が、『おそらくそうでしょうな』などと難しい顔で同意している。彼には意味が分かるらしい。
「時間差?」
よく分からなくて、復唱する事しかできない。その麗佳の様子にオイヴァは笑った。余裕綽々といった感じだ。
「こっそりと召喚して、こっそりと修行させた上で、秋か春に『見せかけの召喚』でもするつもりなのだろう。あえて、その時はかなりの人数を置いて」
それで勇者は『ただの弱者』だと事態を甘く見た魔王側を慌てさせるつもりらしい。
「まあ、相手が弱者だと油断して、かなり慌ててしまった事は何度かあったからな。……負けかけた事もある。そういう意味で、作戦としては悪くないのだろうな」
確かに上手くいけばいい作戦なのだろう。
「……でも、もう既にこちら側に知られてしまっているではありませんか」
「そうだな」
だから馬鹿にされているという事だ。オイヴァが薄く、そして冷たく嗤う。
「どうしてそんな事がわかるの? 兄上」
リアナが不思議そうに尋ねている。
「私がどれだけこの件に関わってきたと思ってる?」
オイヴァはそれだけを答えた。
「つまり、過去にも似たような事が起こったのですね?」
王宮魔法使いの長のエマがそう呟いた。オイヴァと宰相が肯定の返事をする。彼らによると、昔に数回あったという。
今回は、それと似たようなシチュエーションだったようだ。
「そういえば、最後にこういう事があった時はエマはまだヒラの魔法使いでしたか」
宰相はしみじみとそんな事を言っている。そんなに昔なら、麗佳はもちろん、ヒューゴすら生まれていなかった頃かもしれない。
ならば、まだ十代前半の王子が『誰もやっていない事』として思いついてもおかしくはないという事だ。
こういう経験の差も魔族とヴィシュ人の実力差の一つなのだろう。すごいな、と素直に思う。
「それより、あちらがそんな作戦で行くのなら、今日の晩餐であの二人を責められないじゃない」
リアナが不満そうにそんな事を言っている。
「私は元から直接彼らを責めるつもりはないからな」
オイヴァが苦笑いした。リアナは納得がいかないというように膨れてしまった。
「それじゃ甘いじゃない! 兄上は本当にいつも……」
文句を言う妹をオイヴァがまあまあとなだめている。
場が少し和んだ。
だが、麗佳はオイヴァがどこを強調したのかをきちんと聞き取ってしまった。
ここ数日のヴィシュ王族絡みの騒ぎは貴族達にはしっかりと伝わっているだろう。そして、他国の王族を招く晩餐会なので少なくない貴族達が参加する。
オイヴァが直接『手をくだす』まででもないのだ。
少なくとも多少は荒れるのだろう。その晩餐会を主催する者としては何事もなく終わってくれた方がいいのだが。
「大丈夫だ。お前に悪いようにはしない」
そう言ってくれるならまだ多少は安心だろうか。
「ま、予想が外れる事もあるだろうから、いろんな策を考えておかねばな」
まだ続いているリアナの文句をBGMにしながらオイヴァが誰にでもなくそう呟いた。多分、返答は求められていない。
でも、麗佳は、あえて小声で『はい、陛下」と答えた。
すぐに穏やかな微笑みが返ってくる。麗佳もそれに微笑みで返した。
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