第25話 召喚
同じ部屋、同じ魔術師、同じ魔法陣。なのに、違和感があるのは、召喚を指示する者が自分ではないからだ。
アーッレはそれをきちんと自覚していた。
本当は最初から最後まで自分で指揮をとりたかった。なのに、今回は次男のクリストファーが召喚を行いたいとわがままを言ってきた。
それでも次男が召喚に興味を持ったのはいい事だ。
長男はあの可愛げのない王妃の影響を受けたのか、あまり召喚に対して積極的には見えない。ただ、まだ十代半ばなので、これから興味を持つかもしれない。
そこはアーッレ達年長者が道を作ってあげるべきなのだ。
ただ、そのかわりにアーッレがある程度教育に口を出した次男はこうして積極的に動いてくれているからいいか、とも思う。
マウリッツがこのまま成長してしまった場合、次代にはこの可愛いクリストファーに召喚の全権を任すように指示しようかとも少し考え始めている。
ただ、不満もある。クリストファーは、召喚のおねだり以外にアーッレの今までのやり方に駄目出しをして来たのだ。これには腹が立って、召喚のなんたるも知らない子供は黙ってろと怒鳴り散らしてしまった。
それでも、ゆっくり考えて、違うやり方を試してみるのも時々はいいかもしれないと思い返した。それで上手くいけばいいのだ。
とはいえ、息子が提案したやり方は本当に面倒臭いのだが、彼が指示するのだから問題はない。だからアーッレは今回は召喚には立ち会うが、それ以外はノータッチにする事にした。
もし、失敗したら口出しはやめてもらう。その上で、召喚が何たるかを少しずつ教えていこうと思っている。
「では、はじめてください」
クリストファーが静かにトムに命じた。こういう肝の座っている所はいいな、とアーッレは素直に好感を持つ。
トムはいつものように妙に長ったらしい——アーッレにはさっぱり理解できない——呪文を唱える。徐々に魔法陣が光り始め、いつものように人が現れる。
まず、アーッレは勇者が女ではない事にホッとした。もちろん前回のような男女ペアでもない。あんな風に男と女が抱き合って現れるのは落ち着かないのでありがたい。
クリストファーが現れた勇者に色々説明したり、質問したりしている。一応、アーッレの時もしている定型的なやりとりなので問題はない。とは言ってもアーッレの時にそういう事をしているのはトムか宰相だが。
そのトムは、疲れてしまったのか、青い顔でゼイゼイと息を吐いている。召喚の間隔が短いとよくこうなるのだ。情けないと思う。おまけに今日は特に体調の悪そうな顔をしている。
クリストファーはそんなトムに気を使ったのだろうか。優しいことよ、と心の中でつぶやく。
ただ、クリストファーはあの裏切り者の女勇者の話は省いている。あれは、かなり脚色して話す必要があるが、その分、勇者の同情を誘えそうなので話すべきだと思うのだが、口は出さない事にする。
勇者の方はまだ現実が分かっていないのか、ぽかんとした顔で話を聞いている。
「それで、私は何をすればいいのでしょうか」
勇者が尋ねた。ここからいつもと違う事が始まるのだ。
「貴方には魔王を倒すために、これから色々と準備をしていただきます」
「え?」
「魔王を倒すために訓練を受けていただきたのです」
「あ……はい」
クリストファーの言葉に勇者が戸惑っている。無理もないとアーッレは思った。
勇者は『魔王を倒す異世界人』なのだから、わざわざ国で修行をさせる必要などないと思う。正直、手間がかかって面倒くさい。だが、クリストファーはそれではダメだと言う。だからこそ、今までの魔王討伐が失敗したのではないかと言われた。
まだ十代前半なのに本当に生意気な事を言う。
どうやら息子は他にも、魔王の余裕の笑みを崩す案を考えているらしい。魔王に知られるといけないからと、詳しい話は聞いていないが、どんな案なのか楽しみだ。
まだ幼いのできっと大したものではないだろう。
それでも、成功すればいい、そう親としては思ってしまうのだ。
生き生きと動いているクリストファーをアーッレは珍しく穏やかな表情で眺めたのだった。
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