第23話 鬼の居ぬ間に洗濯
湯浴みを終えて、寝室に来た麗佳はやっと安心して息をつく事が出来た。
それを見て、オイヴァは苦笑している。
「疲れたか?」
「はい」
素直に答える。日常生活——見せても構わないものだけ——を公開していたのでずっと緊張が抜けなかった。さすがに夜の生活は見せる必要はない。だから安心できる。
今日の事を思い返して、もう一度息をつく。オイヴァは小さく笑って麗佳を引き寄せた。素直に甘える。
「ここでは誰も見ていないからな」
念を押される。つまり、完全にプライベートな時間だと言って安心させてくれているのだ。それと同時に日本語で話していいとも言われていると分かる。だから素直に『うん』と答えた。
「オイヴァも大変だったでしょ」
「まあな。でも、執務は非公開だから割とこちらは楽だったけど」
「ちょっと! 私ほぼ公開だったのに!」
つい文句を言ってしまう。オイヴァは楽しそうに笑った。
「それにしても、仲間が捕まったっていうのに、懲りないね、ヴィシュの隠密」
「何か報告を上げないといけないんだろうな」
そういうものなのだろうか。確かにアーッレ王なら失敗したと知るや、『役立たずが!』と隠密を責めそうだ。
「それに向こうが見ていいのなら……」
そう言いながらオイヴァは冷たく唇を上げた。
「こちらも見てもいいのだろうしな」
そう言って手を動かす。すぐにヴィシュ王宮の一室の映像が目の前に現れた。
この部屋の事はよく知っている。麗佳も入った事があるし、何度も映像で見ている。勇者召喚のための部屋だ。
部屋の真ん中にはしっかりと魔法陣が描かれていた。
「数日のうちに……いや、多分明日あたりあるんだろうな」
オイヴァは口にしなかったが、その続きが『召喚が』だというのはよく分かった。
「なんで今? まだ夏だよ!」
ついそう言ってしまう。確か、夏や冬は召喚がやりにくいと聞いていた。なのに、こんな事になっているのはどういう事だろう。魔術師に無茶振りでもしたのだろうか。
でも、それはオイヴァに言っても仕方のない事だ。その証拠に困ったように苦笑された。
「エルシー王妃達を歓待している最中に召喚すれば、気づかれないとでも思ったのだろう」
だが、しっかりと答えが返ってきた。おまけに冷たい笑みを浮かべている。
甘いんだよ、という心の声が聞こえた気がした。実際、オイヴァは召喚準備時期からもう情報を得ている。
「もしかしたら今日の夜中という可能性もあるから見張らせておくか」
オイヴァが難しい顔でそう訂正した。確かにそういう可能性もある。
「それにしても、いつ気付いたの?」
「予言された頃から少し考えていた」
「え!? そうなの!?」
びっくりしてつい大きな声を出してしまった。
「王妃、落ち着け」
オイヴァは苦笑いをしながら麗佳の頭を撫でる。なんだか子供扱いされているみたいだ。あえて王妃呼びをする事で冷静にさせようと考えているのが分かる。
とりあえず、きちんと聞く体制になった。
「今回の召喚は第二王子クリストファーが指揮を取っている」
突然、びっくりする発言が飛んで来た。
「え? でも、クリストファー王子って確かまだ……」
「そうだな。十三歳だな。もうすぐ十四になるとか」
中学二年生じゃないか! と言いたくなる。と言っても、ヴィシュの王族は勉強を家庭教師に習うので学校には行かないが。
「でも、どうしてクリストファー王子が?」
召喚は代々のヴィシュの国王が指揮を取っている。まだ未成年のクリストファー王子が指揮を取るのはどう考えてもおかしい。アーッレ王は何を考えて許可を出したのだろう。
「ウティレが、前々からクリストファー王子は兄君の事を時々冷たい目で見ていたと言っていてな。そして、アーッレ陛下に可愛がられているそうだ」
それで気になって少し調べたらしい。
二人は仲悪いのだろうかと思ったが、そうでもないらしい。少なくとも表面では仲は良さそうだと魔術師長から聞いているそうだ。その視線は多分よく見ないと分からないものなのだろう。
ウティレは向こうでは主に隠密やら刺客みたいな事をやらされていたというから観察眼も鋭いのかもしれない。
明日、王宮魔術師の仕事の時に本人からも話を聞くべきだろう。
そんな事を考えていると、オイヴァが無言で画面を変えた。そこではエルシー王妃が息子達と食事を取っている。前に記録したものだろうか。
そこではクリストファー王子が母親と兄に魔族の危険性を説いていた。ただ、それは煽っているというより純粋に心配している感じだ。
この様子を見ていても『ヴィシュでのいつもの光景』としか思えない。
——僕はこちらで出来る事を頑張りますから。
だが、王子の口から変な言葉が出てきた。ちらりとオイヴァを見ると頷くので、それが気になった言葉なのだと分かる。
「その『こちらで出来る事』が召喚って事?」
「だろうな。この様子では。最初は王太子位を奪うのかもしれないとも考えたが、あの魔法陣を見てしまったら確定だろう」
「……そうだね」
画面内ではエルシー王妃も不審に思ったらしく問い詰めている。だが、クリストファー王子は答えていない。エルシー王妃やマウリッツ王太子の不利益になる事はしないと言っているが、どこまで本当なのか分からない。
おまけに、今、彼はとんでもない事をしようとしているのだ。この事でまず責められるのはエルシー王妃達なので十分に『不利益』なはずだ。
そう言うと、オイヴァは小さく笑った。そうしてから改めてため息を吐く。
「確かに滞在中にそんな事があったら、彼らは責められなければならないな」
そう言ってから、でも、と付け加える。
「それがヴィシュの王族としての責任だ」
確かにそうだ。でもめちゃくちゃ貧乏くじである事はよく分かる。
「……そういえば明日は晩餐会があるな」
可哀想すぎである。日時を決定したのは麗佳だが、なんというタイミングだと言いたくなる。とはいえ、今更変更する気はない。
「それにしてもどうしてわざわざ二人をこちらに送る必要があるの? 言い方悪いけど、エルシー王妃殿下ってあんまり権力はないんでしょ?」
ストレートに尋ねるとオイヴァが吹き出した。そして『お前と違ってな』と言われる。
「王妃としての権力はないかもしれないが、十三歳の王子からすれば充分に威厳のある母親なのだろう。兄君にも頭が上がらないのだろうな」
「だからここに送ったの?」
「そう。父親にねだってな」
そう言ってまた映像を変える。そこにはオイヴァの言う通り、アーッレ王に召喚がしたいとおねだりをしているクリストファー王子の姿が見える。彼によると、ずっと頼みたかったが、母や兄に止められていたのだそうだ。
自分も国の役に立ちたいのだと言っているが、どこまで本当だろう。ただの好奇心ではないのだろうか。
その好奇心で召喚などしないで欲しいと思う。心から思う。
近いうちにまた勇者が来るのだろう。色々と準備しておいた方がいいだろうか。
「お前は無理するな。何度も言っているが」
そう言ってくれるのは正直ありがたい。今の麗佳が無理するということはお腹にいる子にも無理をさせてしまうということだ。
「とにかく、しばらくこちらも監視しないとな」
オイヴァの言葉に麗佳はこくんと頷いた。
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