第21話 相談相手

 部屋に入ってきた魔術師達同僚が戸惑い、緊張しているのが分かる。


 無理もない。ここはいつもの王宮魔術師の仕事部屋ではなく、国王夫妻の寝室なのだ。


 今日はここで小さな話し合いをする。


 ヴィシュの隠密が魔王城内を予想以上にこそこそ嗅ぎ回っているのはもう知っている。だったら一番安全な部屋で話し合った方がいい。もうあんな事はまっぴら御免なのである。


 主な理由はそれだが、もう一つの理由がこの集まりの名目を『王妃の見舞い』にしているからである。


 このヴィシュ王族の訪問で、ある程度ストレスが溜まってしまったらしく、少しだけ体調を崩してしまったのだ。昨日、夜中に起こされたというのも大きな理由なのかもしれない。なので、今もベッドに横になっている。


 つわりの薬は部屋にあるが、それは定期的に飲むものなので夕食後まで飲む事は出来ない。


 とはいえ、今日の話し合いを麗佳が欠席するわけにもいかない。議題が『勇者の手紙に出てきた謎の異世界語』なのだ。異世界人である麗佳が参加しないのはおかしい。話し合いが終わったら昼寝をしていいと、いや、ゆっくりと昼寝をするように言われている。


「王妃殿下、本当に大丈夫なのですか?」

「ええ。横になっているからだいぶ楽なの」


 魔術師長が心配してくれる。名目ではなく、やっぱりお見舞いも兼ねているのだろう。それともベッドにほぼ寝そべっている状態なので心配になってしまったのだろうか。

 大事な話なので、麗佳も最初は椅子に座っていようと思ってた。だが、オイヴァに止められてしまったのだ。本当に心配性になってしまった気がする。今も側で優しくいる。


 手紙の翻訳がみんなに回される。ハンニが『こんな大切なものを読んで大丈夫なんですか?』と確認してきたが、大丈夫に決まっている。これを読まないと何も始まらないのだ。


 大体、大丈夫でなかったらこの部屋に入室する事がまず許されない。ただし、当然口外は禁止だ。


 何人かは手紙を見て今回の集まりの意図を察したようで、困ったような表情をしている。


 大体、何を言いたいのかは分かる。確かにあの言葉は、麗佳に分からなければみんなにも分からないのだろう。それでも、オイヴァ以外で麗佳異世界人に一番関わっているのは彼らなので、何か異世界の事を知っているのではないかと考えて一応聞いてみたのだ。

 予想通り、みんなは『お役に立てなくて』と詫びている。仕方のないことだ。


「しかし、要点しか書いていませんね」


 ユリウスが少しだけ困ったように言った。その通りだ。だからこそ困っている。


「そうね。もっと詳しく書いてくれたらもしかしたら分かったかもしれないのに……」


 また愚痴ってしまう。ヨヴァンかが『まあまあ』と麗佳をなだめる。


「まさか彼も、自分の手紙が消えてしまうなんて思ってもいなかったのでしょうね」


 それは分かっている。分かっているが愚痴らずにはいられないのだ。オイヴァが苦笑して麗佳の頭を撫でる。


「この件について詳しそうな者を知ってたり、思い浮かんだりするなら何でもいいから教えて欲しいのだが」


 そうは言っても難しいはずだ。この国で誰が異世界に詳しいかと言えば、当然麗佳なのだ。

 でも、麗佳は何の役にも立てそうにない。申し訳ない気持ちになる。


 他国に、日本以外の国からの記憶持ち転生者でもいれば何かきっかけにもなるのだろうが、麗佳の知る限り今はいないはずだ。少なくとも王侯貴族には。


 ミュコスにはあちらの世界とのハーフの人間がいるのだが、日本人とミュコスの民とのハーフなのできっと知らない。


 と、なると、もうどうしようもないのだ。


 でも、その話だけは共有しておく。とはいえ、オイヴァはもう知っている情報だ。


「ニホン語話者には分からないのだったら、元ニホン人の記憶持ちと知り合いだったウィルでも知らないだろうな」


 確かにそれはそうだ。いくら博識の大魔導師とはいえ、そこまでは知らないはずだ。

 そうなると、さらに弱ってしまう。


「あの……今までの勇者様方は何言語話せるのでしょうか」


 ヨヴァンかがおずおずと尋ねる。


 『今までの勇者様方』というと、アーサーとジャンの事だろう。麗佳より前の勇者はみんなオイヴァが倒してしまった。

 もしかしたらジャンの恋人のマリエッタも含んでいるかもしれない。


「それは聞いていないけれど」


 それだけ答える。本当に麗佳は知らないのだ。


「最終手段としては、本人に『こういうアクシデントがありました。ごめんなさい。改めて手紙を送っていただけないでしょうか』って言うしかないんでしょうね」


 それはかなり恥を偲ばなくてはいけない。本当にそれは最終手段にしておいたほうがいい。


 とりあえずアーサーとジャンにコンタクトを取ってみようということになる。とはいえ、今はヴィシュの者が城にたくさんいるので、彼らが帰ってからという事に決まる。そこまで急ぐことはない。


 話し合いが終わり、みんなが退出すると、オイヴァが安心したように息をついた。そして改めて麗佳の掛け布団をかけ直す。おまけに今日の執務の書類をこの部屋に運ぶように侍僕に言いつけている。

 ずっとここにいるつもりらしい。本当に過保護だ。


「大丈夫だよ。まだ時間はある」


 そう言って宥めてくれる。そんなに麗佳は不安そうな顔をしていたのだろうか。


 今はオイヴァの優しい手に従って寝かしつけられるしかないのかもしれない。麗佳は小さく笑った。

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