第19話 勇者からの手紙

 魔王城の奥では勇者の手紙の翻訳と安全確認が行われていた。


 これは、国王からの直々の依頼だ。だからこそ、任された文官達はとても張り切っていた。


 本来なら、勇者関連の書簡の翻訳は王妃に任すのが良いことは知っている。しかし、彼女は今身重で危険から遠ざけられている。

 だからこそ余計に安全確認が必要なのだ。手紙に何かが仕掛けられていて、王妃のお腹にいる王子か王女に何かがあれば『申し訳ございません』では済まされない。


 それで自分達にこの仕事が回ってきたのはとても名誉な事だ。安全確認のついでだろうが、それでも大事なものだ。


 自分達は今、奥の部屋で仕事をしている。隠し部屋とまではいかないが、他の者には見つかりにくい場所だ。


 でも、ヴィシュ王国の者はみんな人間だ。人間が使う『魔術』というものは、魔族の『魔法』ほどは優れていないはずだ。なのに、そこまで対策をする必要があるのだろうかと思う。王族の方々は心配のしすぎなのではないだろうか。


 でも、国王の命令は絶対だ。一応、話をする時もあえて筆談にしている。テレパシーも使えるが、今は余分な魔力を使うべきではない。


 それにしても、勇者はどうしてこんな敵がたくさん滞在している時にわざわざ手紙を送って来たのだろうか。嫌がらせとしか思えない。それはここにいる三人の共通の意見だった。いつかその勇者に会ったりしたら文句の一つでも言ってやりたいという意見の者もいた。


 とりあえず文句がありながらも、魔法で安全確認はしっかりとした。あとは文章を魔法で魔族語に訳して、それを紙に書き写すだけだ。

 簡単な事だと思ったが、あちらの専門用語らしき単語が時々出てくる。自分たちに理解できない言葉は元の言語のまま——文字だけは魔族文字だが——表示されるのだ。


 そこは一応文脈である程度判断して書いておく。ただ、補足として分からない単語だった事は記しておく。そこは王妃が魔術で確認してくれるだろう。


 それでもどうしてもさっぱり分からない単語があった。とりあえずそこは一旦飛ばして全文訳したが、戻ってみても見当がつかない。

 これは何だろうと話し合う——筆談だが——が、答えが出てこない。


『王妃殿下に聞けば分かるのでは?』

『最終的にはそうするべきだと思います。でも』

『ああ、任せっぱなしにしてしまうのは良くないですね。ペンで紙を叩くな』

「すみません」

『「さっぱり分かりませんでした、ごめんなさい」では格好がつかないのではないですか?』

『王妃殿下が、自分の手を煩わせるのかふざけんな的なことを言うわけはないけど、面倒なのは事実です。他の単語のチェックも頼むから』


 みんなで紙を回し合い殴り書きで会議をする。


「おい、ヤバい!」


 仲間の一人が小さく声を上げた。そうして天井裏を指差す。


 それだけで彼が何を言いたいか大体分かった。誰かが覗きに来たのだ。

 きっとヴィシュの者だ。


 どうしてここに来たのだと考えている場合ではない。とにかく手紙を隠さなければならない。


——とりあえずこちらは何とかして奴らを追い返す。そっちはメモの処理を! お前は扉からも誰か入ってこないか見張ってくれ。


 一人がテレパシーでそれを伝え、侵入者——多分隠密だ——を捕らえるべく攻撃を放つ。その間に、筆談のメモを処理するため、別の男が小さな火魔法を紙に放った。


 だが、それがまずかった。筆談用の紙は手紙の原本の側にあったのだ。必然的に原本にも魔法がかかってしまった。


「あっ!」


 誰かが声を上げる。だが、もう遅かった。

 真っ青な顔になっている男達の前で無情にも原本は消滅してしまった。

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