第18話 報告

「大変だったね」


 オイヴァの話を聞いた麗佳はそれだけを言った。そうとしか言いようがない。


「本当にな。どうしてあんなに突拍子もない考え方が出来るのか」


 オイヴァはぐったりと椅子に座り込んでいる。よほど気疲れしたのだろう。お疲れ様の意味を込めて昨日オイヴァがしてくれたように背中をさする。


 変な誤解をされた挙句、ストレートに放った大事な言葉まで曲解されれば、ぐったりするのも無理はない。


 目の前のテーブルには最近よく飲んでいるフルーツティーがある。体調を考慮して、お茶会では一口くらいしか飲まなかったので仕切り直しというわけだ。

 オイヴァも警戒をしてあまり出されたものを口にしなかったらしいので一緒にお茶をしている。


「それにしても、前例もないだろうに、よく私がそんな事をすると思ったな」

「だよね」


 確かにそれはそうだ。世界史でもそんな話は聞かなかった。


「でも、どうせあっちもエルシー王妃殿下に報告してるだろうし、今頃、めっちゃ叱られてるんじゃない?」


 麗佳の言葉にオイヴァがなんとも言えない表情になった。


「今日のお茶会の目的もただの謝罪だったし、エルシー王妃殿下も苦労してるんじゃないかな」


 オイヴァがため息をついた。甘い、と思われているのだろう。


 ただ、今回の話を全部本当だと信じた場合、雰囲気としては、問題を起こしてしまった高校生の扱いに苦労している保護者的な感じだったのだ。そういえば、マウリッツ王太子は年齢的にもそれくらいだ。


 『子供は親の思い通りにはならないものなのですよ』とため息をついていたのにはつい同情したくなってしまった。あれが演技だったらものすごい策士だし、警戒しなくてはならない相手になるだろう。


 そして、エルシー王妃の謝罪が人払いをした上でされたのがかなり気になる。

 そうでもしなければ謝罪すら出来ないのだろうか。一体、ヴィシュという国はどうなっているのだろう。そこまでおかしいのだろうか。


 とはいえ、一国の王妃既婚者に異性である他国の王太子が茶会の招待状を送るという、下手すれば国際問題になりそうな事をやらかしたのを隠蔽したいというのもあるのかもしれないが。


「表面的にはそちらは問題はなかったんだな?」

「うん」


 一応、と付け加えてしまった。先ほど呆れられてしまったのが気になってしまったのだ。


 オイヴァが麗佳の身を本気で案じてくれているのはよくわかる。茶会の終わり頃にわざわざ迎えに来てくれたのだ。その時はものすごく驚いたが、それだけ心配だったのだろう。ありがたい。

 夫と不仲のエルシー王妃に形になってしまったのは申し訳ないが、彼女の息子のせいなので諦めてもらうしかない。


 とりあえず、オイヴァが気にしているので、お茶会で何を話したのか、かいつまんで説明する。


 オイヴァは興味深く聞いている。おまけに『子供は——』の発言の事を聞くと、目を見開いた。


がそんな事を言ってたのか?」

「え? うん」


 何でこんなに大きな反応をするのか麗佳にはよく分からない。どういう事なのだろうか。


「マウリッツ王太子の『親』はエルシー王妃だけではないだろう?」


 首を傾げているとそれだけを言われる。


 つまり、マウリッツ王太子はアーッレ王の思い通りには育たないかもしれないという事だろうか。そう尋ねると、『多分そうだろう』と言われる。

 そのためにエルシー王妃も動いているのかもしれない。でも難しい。そういう事も言っているのかもしれないそうだ。


 オイヴァの考えでは、この会話が魔王オイヴァに伝わる前提で話したのだろうという事だ。そうすれば麗佳も意味を知る事が出来る。それで魔王夫妻にヴィシュ王国王妃の真意を伝えようとしてたのかもしれないと教えてくれた。


 裏の意味を読んだただの憶測だが、わざわざ『魔王妃』にそんな事を言ったのだから、可能性は高い。オイヴァはそう考えているようだ。


「だったらエルシー王妃殿下も、息子に色々聞くんじゃない?」

「それはどうだろうな。本人が口をつぐむかもしれないし……」


 確かにそうかもしれない。ただ、魔王を警戒しているからこそ、あえて報告する可能性もある。オイヴァの話では、彼は『魔王に脅された』と思っているのだから。


 麗佳達はそれに賭けるしかない。


「ところで、レイカ、話は変わるが……」


 オイヴァがそう言いながら防音を強くする。と、いうことはかなり重要な話に違いない。


「はい」


 なので気を引き締める。オイヴァは予想と違い、苦笑いをして麗佳の頭を撫でて来た。どうやらくつろいだ状態でもいいらしい。でも魔族語で話そうと決める。


「この間の勇者から手紙が来た」

「この間の、というと……あのせっかちな方?」


 そう確認すると、オイヴァが吹き出した。


「そう。そのせっかちな勇者だ」

「本当に連絡してくれたのね」

「ああ、半信半疑だったが」


 ほっとする。始末書を書いた甲斐があった、と心の中だけでつぶやく。


「それで、なんて?」

「私もまだ見ていない。怪しい行動もとっていたし、レイカにも言葉が通じていないようだったから手紙を検問と翻訳にかけてる」


 それが終わったら、原文と翻訳を渡してくれるそうだ。それがなくとも麗佳の魔術を使えば翻訳は可能だが、念のためという事だろう。


「とりあえず、ヴィシュの使節団には知られないようにしなくてはいけませんね」

「そうだな。そこは徹底させている」


 それなら安心だ。きっと、ヴィシュに分からないような奥の方の部屋で仕事をしてもらっているに違いない。心当たりのある部屋はいくつかあるが、まさかあそこまでヴィシュの隠密が入ってくる事はないはずだ。

 明日あたりには終わるらしい。読むのがとても楽しみだ。


「いったいどんな言い訳をしているのだか」

「オイヴァ……」


 オイヴァが意地悪な事を言っている。麗佳はたしなめながらもつい笑ってしまったのだった。

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