第17話 思い込み

 ウティレから『マウリッツ王太子は時々変な思い込みをするらしい』と聞いたことはあった。

 だからと言ってここまでの意味不明な思い込みをしていたとは思わなかった。


 彼が何を言いたいのかは大体分かる。だが、その内容がおかしい。先ほども彼に言った通り、ヴィシュを支配しようとなんて企んでいないし、そうだとしても、何故レイカを傀儡の玉座につけなければならないのだろう。


 おそらくはオイヴァが『ヴィシュを支配したいが、国民は魔族の王など受け付けないはずだ。だから適当に人間の王をあてがえば問題ない』などと考えていると思われたのだろう。そこでどうしてまずレイカが出てきてしまうのだろう。

 本当に意味が分からない。


 一つ深呼吸をして気分を落ち着かせる。


「マウリッツ王太子には私がそんなに非常識に見えますか?」


 そう問いかける。


「非常識、ですか?」

「レイカは王族の血を一滴も引いていません。それは分かりますね?」

「は、はい」

「そんな人間を王に据えたとして、誰が認めてくれるというのですか? もし私が本当にヴィシュ支配を企んでいたとしても、そんな無駄な事はしたくはありません」


 これだけ言えば分かってもらえるだろう。


 大体、条件をクリアしていたとしても、レイカを他国の女王になどしたら離れ離れになってしまう。

 それ以前に、レイカが素直に傀儡になるかと聞かれれば、オイヴァは否と答える。かといって、彼女が一人で国を治められるとも思わない。


 それら全ての事を考えても、オイヴァがマウリッツ王太子の考えている『魔王の企み』を実行する事は絶対にない。


「私も一国の国王なのですから、それくらいの常識は持っています」


 ただ、彼らには、魔族というだけで人間が持っている普通の常識を持っていないと思ってしまうのだろう。正直心外だ。


「それで? レイカを問い詰めて、彼女が認めたとしたら、王位につくことの大変さでも説いて、自分から諦めてもらおうとでも考えていたのですか?」


 心底呆れた口調でそう問いかける。マウリッツ王太子は図星を衝かれたようで、恥ずかしそうにうつむいている。とても分かりやすい。


 でも、もし、オイヴァがそんな事を企んでいるとしたら、レイカがどんなに嫌がろうが強制しただろうし、そんな余計な助言をした相手はさっさと始末するだろう。オイヴァがそんな最低な男だったら、まずレイカが味方につかないだろうが。


 それにしても、マウリッツ王太子はレイカに声などかけずに、最初からオイヴァを招待すればよかったのだ。そうすれば、余計な怒りを買わなくてもよかった。


「こちらは勇者を送り込まれなければ、それでいいんですよ」


 苦笑まじりに本音を言う。マウリッツ王太子が目を見開いた。


「それは……」

いいのですよ」


 彼の目をじっと見つめながら静かにそれだけを言う。大事な事だ。オイヴァ自身、ヴィシュの王族とこういう話をするとは思わなかった。

 それでも、今、言う機会に恵まれたのなら、活用すべきなのだ。


「あの……」


 マウリッツ王太子はまだ戸惑っている。


「とはいえ、難しいんでしょうね、


 あえて挑発してみる。ついでに引っ込めていた威圧感も戻した。


 マウリッツ王太子にヴィシュでの権力があまりない事くらい見ていれば分かる。きっとヴィシュの、というより召喚のすべては国王アーッレが握っているのだ。


 冷酷な笑みを浮かべてマウリッツ王太子を見つめる。


 その視線を受けて彼は息を飲んだ。


「ま、まさか……俺を……」


 そして、そう呟く。


 その続きは言わなくても分かる。『傀儡にするつもりか!』である。


 オイヴァにはもちろんそんなつもりはない。大体、マウリッツ王太子ほど操りにくい人間もいないだろう。すぐこんな変な考えをする奴を身近になど置きたくない。魔法を使えば可能だが、そこまでするメリットがない。


 呆れて溜息を吐いてしまった。だが、逆にそれがまた彼を怯えさせる事になったようだ。完全に警戒モードに入っている。


 オイヴァの真意がきちんと伝われば楽なのだろうが、そんなに簡単にはいかないようだ。


 ヴィシュの人間は大体こうなのだろうかと頭を抱えたくなる。


 エルシー王妃とお茶をしているレイカも苦労しているのだろうか。出来れば今すぐ駆けつけて連れ帰ってあげたい。


 こちらは、一応誤解されたとはいえ、真意は伝えられたから良しとするしかないのかもしれない。


 わざと音を立てて椅子から立ち上がる。もうここにはいたくない。頭が痛くなってしまいそうだ。


「言いたい事は言ったし、私は帰ります」


 礼儀としては最悪だが、それだけを言う。


 自分の侍僕にテレパシーを送り、扉を開けてもらう。

 扉の向こうに控えていたマウリッツ王太子の従者が睨んでくるが無視した。いちいち反応してやる必要はないのだ。


 そして、後ろから困惑と怒りの表情を受けたまま、オイヴァは部屋から出て行った。


 幸いな事に、少しだけ予想していた攻撃魔術は来なかった。

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