第15話 幼馴染包囲網

「それで、オイヴァはリアナをプロテルス公爵令息に嫁がせようとしてるの?」


 イリーネが淹れてくれたハーブティーを飲みながら麗佳はオイヴァに単刀直入に尋ねた。


 今は内緒話をしているので、事情をよく知っているイリーネ以外は部屋に立ち入り禁止にした上で、オイヴァが何重にも防音の結界をかけている。そのイリーネは部屋の隅に控えてくれている。表向きには魔王夫妻だけのお茶の時間なのだ。


 執務室でも同様の結界が張ってあった上に、信用できる者しかいなかったので、何の事なのか詳しく話してもよかったらしいが、プロテルス公爵令息が気を使ってぼやかしてくれていたので合わせたのだそうだ。


「いや」


 なのにオイヴァの返事は否定から始まった。何故か唇がおかしそうに歪んでいる。


「コンラドがリアナに婿入りするんだよ」


 そしてわけのわからない言葉が出てきた。


「え? 婿入り?」


 つい聞き返してしまった。予想通りの反応だったらしくオイヴァは楽しそうに笑っている。


「どういうこと?」


 改めて尋ねると、オイヴァは真剣な表情になる。そして、『王妃』と呼びかける。麗佳も姿勢を正した。


「敵国と通じ、先代陛下と私、そしてリアナの命を脅かしたプロテルス家が無事でいられると思うか?」

「思いませんわ。最悪の場合処刑されますね。少なくとも公爵本人には重い罰が課せられるのでしょう?」

「公爵だけでなく令嬢もだ」


 きっぱりと言われる。


 令嬢というのはリアナを率先していじめた女性の事だ。

 おまけにオイヴァがヴィシュに潜入している時に送った危険を知らせる書簡を握りつぶした上に、それを利用してリアナを危険に晒そうとしたという罪がある。その危機勇者が麗佳だったから良かったものの、そうでなければ命も危なかった。

 そのプロテルス公爵令嬢は、今は王宮への出入りを禁じられている上に、社交界から追放されている。実質上、屋敷に軟禁状態なのだ。


「プロテルス公爵家は間違いなく爵位を返上になるだろう」


 それに関しては『でしょうね』としか言いようがない。


「コンラドにも言ったが、そうなると権力バランスがおかしくなるだろう?」

「公爵家が一つになってしまうから?」

「そうだ」


 残った公爵家——スオメラ家——は、今は国王に忠実な家なので問題はないが、これからどうなるかは分からない。そうでなくても一つの家に権力を集中させるのは良くない。


「だから返上された爵位をリアナに渡して新しいプロテルス公爵家を作るというのですか?」


 オイヴァは頷く。


「そこにコンラドが婿に行けば、血筋的にも問題はなくなる。あいつには何の罪もないからな。まさか本人があんなにごねるとは思わなかったが」


 オイヴァはそう言ってため息を吐いた。


「リアナと相性が合わないとかそういう事は……?」

「そうだったらそもそもこんな事は考えない」


 きっぱりと言われる。それはそうだ。オイヴァが大切な妹を不幸にするような縁談を組むわけがない。 

 リアナの気持ちも密かにホウルラでも使って確認したのだろう。どちらも相手の事を悪く思っていないからこそ進めているのだ。


 納得しているとオイヴァが小さく笑った。そして『レイカ』と呼びかける。それでここからの話は個人的な理由だと分かる。


「あいつとは幼馴染なんだよ」

「そうなの?」


 それは知らなかった。と、いうより麗佳はあまりプロテルス公爵令息と関わっていない。あの強烈な公爵父親令嬢に挟まれれば、よほどキャラが濃くない限り埋もれてしまうだろう。


「ホウルラ達とはそうだって聞いたけど、プロテルス公爵令息もなの?」


 二代公爵家の魔族は大体が王家に仕えることになる。なので幼い頃から王子や王女と仲良くするように親が引き合すのだとホウルラからは聞いている。

 そのせいでホウルラはオイヴァの事を弟のようにしか見られなくなったというが、友人としては仲はいいらしい。妬かなくても済むから麗佳にはありがたい。


「あれ? だったらご令嬢も……」


「追いかけっこを『野蛮な遊び』と言って加わらない上に、私に『抜け出しましょう』なんて言いながら色目を使ってくるやつと仲良くなんか出来るか」


 オイヴァが不機嫌そうに吐き捨てる。ちらりとイリーネを見ると、一つ頷いた。


 それが本当なら『ごもっとも』としか言いようがない。鬼ごっこがダメなら、かくれんぼも、だるまさんが転んだも、彼女にとっては『野蛮な遊び』だろう。麗佳が子供の頃に遊んだ公園の遊具を見たら速攻で目をそらすのだろうかなどと変な事を考える。


 なんとも言えない表情になっているのが自分でも分かる。オイヴァはその麗佳の顔を見て声を立てて笑った。


「コンラドはスオメラ家のみんながものすごく可愛がっていたから令嬢のようにはならなかったんだ。男だったから姉君は興味を示さなかったしな」

「そこでリアナとも仲良くなったの?」

「そう。コンラドとリアナはそんなに歳が変わらないから一緒に可愛がられてたな」


 そうだろう? とイリーネに話しかける。


「ええ、そうですね。そして、陛下……当時の王太子殿下がヤキモチを焼くまでが定番でしたね」

「ヤキモチ?」

「『僕がリアナの兄上なんだぞ! 妹を返せよぉー!』といつもおっしゃっておられました。拗ねるような口調で」


 楽しそうに言うイリーネにオイヴァがあさっての方向を向く。


 その様子を想像してつい吹き出してしまった。オイヴァは不満そうな顔をする。


「笑うな、レイカ」

「だって……」


 これは笑うしかないだろう。想像の中のオイヴァが可愛らしすぎるのが悪い。


 『こら』と言いながらほっぺをつままれる。麗佳は笑顔だけで返事を返した。


 ただ、麗佳にはなんとなくその背景が分かる気がした。イリーネ達はオイヴァを遊びの場に連れ出したかったのだ。あの勇者の事件の後、オイヴァが勇者を倒すために魔術を習い始め、前よりずっと勉強熱心になったのだと聞いた事がある。

 ただ、そればかりでは体に毒だ。大体、当時のオイヴァは人間では七歳くらいだったのだ。普通なら遊び盛りだ。だから、スオメラ家のみんなが心配したのだろう。


「全く、お前達は。脱線するな。コンラドの話をしてたのだろう?」

「ああ、そうでしたね」


 これ以上笑われたくないらしいオイヴァが話を戻した。


「そうやって一緒にいたので、お二人はかなり仲がよろしかったのですよ」


 リアナとプロテルス公爵令息の事だ。


「少しお年頃になってくると、コンラドの視線がどんどん恋するものになって来て……本当に微笑ましいほど。リアナ殿下もコンラドに懐いておられましたし」


 イリーネが当時を思い出すように言う。オイヴァもほっこりしたような表情になっている。


、すぐにでも二人の婚約を結んでやりたいほどだった」


 でも、問題はあったのだ。『父親』という大きな問題が。


「と、いうことはプロテルス公爵はご令息の恋心を知らないのね?」

「知っていたらかなり面倒な事になっていただろうな」


 詳しく言われなくても分かる。もしそうなっていたらオイヴァの身がとても危なくなっていただろう事も。


「必死に隠しましたから問題はありませんよ」

「助かったよ。宰相達にも礼を伝えておいてくれ」

「はい」


 本当にスオメラ家には感謝しなければならない。麗佳がまだいない時の事なので、直接お礼は言えないが、心の中だけで言っておく。


「それにしても、こんなに素晴らしい提案はないだろうに、どうしてコンラドはあんなに拒否をし続けるんだ?」


 オイヴァがため息をついた。


「私が進めているのだから何の問題もないだろう。もう問題の公爵も投獄されているし」

「……投獄されているからでは?」


 ついそう言ってしまった。


「プロテルス家に入ることでリアナに悪い噂が立ってしまう、と?」

「わたくしにはプロテルス公爵令息の真意は分かりませんけど、理由があるとすれば、そういう事なのではないかしら」

「まあ、そんなような事は最初に話を持ちかけた時に言っていたが」


 だったら確定だ。


「だからこそイリーネ達に先に話を通したのに……」


 ブツブツ言っている。麗佳はイリーネと顔を見合わせて苦笑した。


「私たちも何とかしたいと思っておりましたから」


 イリーネはそう言って補足をしてくれる。


 つまり、これはなんだかんだ政治的な理由もつけていたが、ただ単に友人の初恋を応援してあげたい幼馴染が結託しただけである。オイヴァは少し職権乱用をしているような気がするが、悪い事をしているわけではないからいい。


「ま、スオメラ家が全員賛成しているのだから、断れんだろう」


 いたずらっ子の笑みを浮かべたオイヴァが満足そうに言う。確かにこの包囲網から逃げ出すのは大変そうだ。おまけに中心に『自分の恋心』があるのだからなおさら難しい。


「本当に『良い返事』しか待っていないのですね」

「当たり前だろう?」


 それは堂々と言う事ではない。


「あいつが一番リアナを幸せにしてくれる気がするし」


 穏やかな表情だ。それだけ信用しているのだ。


「それに、プロテルス家なら王都内から動かないだろうし」


 余計な一言が付いてきた。ついイリーネと一緒に呆れた目を向けてしまう。『冗談だよ』と返ってきたがかなり本気に違いない。まだアイハの縁談を根に持っているのだ。


 いつの間にか二人ともお茶を飲み干してしまっていたので、イリーネにおかわりを淹れてもらう。


 これからは穏やかなお茶の時間だ。警備も万全だし、防音もされている。


 麗佳の疲れを察したのか、オイヴァが背中を撫でてくれる。そしてお腹も撫でた。子供の事も気遣ってくれているのだ。麗佳はそっとオイヴァに寄り添った。


 イリーネは気を使って目をそらしてくれている。


 そうしてのんびりしていると、扉がノックされた。


 イリーネが応対してくれる。相手は女官長のパウリナだった。

 何か緊急の事態だろうか。ヴィシュの王族が何かしたのだろうか。どことなくパウリナがどうしたらいいのか分からないという表情をしているように見える。


「女官長、何があった?」


 オイヴァが厳しい声で尋ねている。


「実は……王妃殿下にヴィシュの王太子殿下から茶会の招待状が送られてきておりまして……」

「え……?」


 ぽかんとしてしまった。


 声の感じからして、オイヴァと二人で招待されているわけではないのだろう。


 常識はずれにも程がある。王族歴の短い麗佳でもそう思うのだから、間違いない。その証拠にオイヴァの表情が怒りどころではなくなってしまっている。


「一応、報告させていただきましたが、お断りしておきましょうか?」

「そうね。手紙を出すまでもないわ。招待状を破って突き返しておいて頂だ……」

「待て、レイカ」


 会話にオイヴァが割り込んできた。


「私が行くから」

「え!?」


 魔王の爆弾発言に、部屋にいる三人の視線が一気に彼に集まった。

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