第12話 最初の茶会

「ヴィシュ王国王妃エルシー殿下、王太子マウリッツ殿下。ようこそ、ヴェーアル王国へ」


 オイヴァが麗佳の肩を抱きながら口だけの歓迎の挨拶をする。危害を加える気はないが、歓迎もしていない。


「ありがとうございます、魔王陛下」


 エルシー王妃も、内心ではどう思っているのかは知らないが、丁寧に挨拶をしてくれる。


 印象としては全く悪くはない。とはいえ、内心で何を考えているのかは分からないのだが。


 ただ、エルシー王妃が『魔王陛下』と言った瞬間に、彼女の側付きが厳しい視線を彼女に送っていたのを麗佳は見た。


 彼らがエルシー王妃に何を言いたいのかは分かるが、正直『あれだけで咎めるわけ!?』と言いたくなる。

 まったく。礼儀のなっていない人達だ。


 王族を他国の王族が敬称なしで呼ぶなんて許されるはずがないのだ。その事をこの者たちは知らないのだろう。いや、知ろうともしないのだ。

 本当に失礼な人達だ。


 全員が席に着き、ヨヴァンカが丁寧にお茶をサーブしてくれる。

 お茶を淹れる侍女をヨヴァンカにしたのは、本人の希望と、元ヴィシュ出身である者が淹れたお茶の方が二人が安心できるだろうと配慮したためだ。


「暑いのでさっぱりとしたお茶をご用意いたしました。気に入っていただけると嬉しいのですけれど」


 そう言ってすすめる。これは言い訳だ。実際にはつわり中の麗佳でも飲みやすいように柑橘の入ったお茶を用意してもらっただけだ。ただ、冬だと言い訳が出来ないので、暑い今でよかった。


 お茶を口にしたエルシー王妃が微笑を浮かべている。何だか微笑ましいと思われている感じの笑みだ。いろいろと見透かされているようで心配になる。きっと気にしすぎだろう。


 とりあえず表面だけは和やかにお茶会は始まった。


 話題は割と当たり障りのないものを選んでいる感じがする。確かに、いきなり『なんで私たちを呼んだんですか? 答えろ、魔王め!』と怒鳴られるとは思っていなかったが、それに近いことはあると思っていた。


「それにしても、お二人は仲がとてもよろしいのですね」


 マウリッツ王太子が戸惑った様子でそんな事を言った。

 前に、アーッレ王に似たようなことは言われた。でも、この言い方は嫌味ではなく純粋な疑問のように聞こえる。


「彼女は素晴らしい女性ですからね」


 オイヴァが穏やかな笑みを浮かべながらそんな事を言っている。そこで軽くでも惚気ないで欲しい。正直恥ずかしい。


「婚儀の時から仲睦まじかったですものね」


 エルシー王妃が微笑ましそうな様子で言った。


「『彼女の心の清らかさに惹かれた』とおっしゃっておりましたね」


 その言葉に魔王夫妻は苦笑した。


 その時の事はよく覚えている。婚儀の時にアーッレ王に絡まれた時にオイヴァが言った言葉だ。


 あの時は演技だと思っていたが、後で聞いたところ、本気だったらしい。

 『悪く言えば「お人よし」になるんだけどな』と笑いながら付け加えられたのには複雑な気持ちになったが、でも、それが麗佳の命を救ったのならそれでいいと思っている。


「言いましたね、確かに」


 オイヴァの口元がこの時だけ素直にほころんだ。だから惚気ないで欲しい。

 少しだけ抗議を込めて彼の方を向くと、穏やかに微笑む事で誤魔化される。

 もうっ! と膨れたいが、他国の王族の前でそんな事は出来ないので堪える。


 それを見ているエルシー王妃の表情が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。きっと同情してしまっているのだろう。それは失礼な行為だ。


 だから何も気づかないふりをしてオレンジゼリーを楽しむ。今はクリームたっぷりのケーキよりこういうものの方が食べやすい。


 その間にオイヴァはマウリッツ王太子に馴れ初めを聞かれている。


 さすがに本当の事は言えない。オイヴァがヴィシュに来ていた事は絶対にバレるわけにはいかないのだ。不法入国なので、発覚したら国際問題だ。

 なので、真実と作り話をうまく混ぜて作った『馴れ初め』の方を話している。ヴィシュの貴族にも何度か聞かせた話だ。のろけも入っているので、聞いてて多少こそばゆいが、それは仕方がない。


 この話をヴィシュ側にするのは初めてだ。この馴れ初めはつまりは『いかに勇者麗佳召喚国ヴィシュを裏切ったか』という話でもある。向こうにとってはほっこりと聞ける話ではないのだ。


 その証拠に、話題を出した当のマウリッツ王太子が複雑そうな顔をしている。

 エルシー王妃の表情は変わらないが、内心で何を思っているのかは分からない。

 二人の側付きは分かりやすいくらいピリピリしている。中には幸せそうに惚気ているオイヴァをこっそりと睨んでいる者までいる。


 それだけオイヴァの話し方がとても上手いのだ。


 おまけに、言葉の端々で間違えなくヴィシュ人達に喧嘩を売っている。麗佳達の結婚式や、アーサーの帰還の時のようなあからさまなものではない。でも鈍感な者には気づかない程度ではあるが、厳しい言葉を選んで話している気がする。


 『このまま妃と穏やかに過ごせたら幸せ』と言っているが、これはかなりあからさまな嫌味だ。麗佳でもそれは分かる。


 だが、表情は笑顔だ。それが逆に恐ろしい。味方の麗佳でもそう思うのだから、ヴィシュ側の緊張はどれほどのものだろうと思ってしまう。


 ちらっとオイヴァを見ると、また穏やかに微笑まれる。それだけで安心してしまうのはどうしてだろう。


「夫婦が仲がいいのはとても良いことですね」


 エルシー王妃が無難なコメントを残す。


「うちの子もそろそろ結婚適齢期ですから、こういう話はとてもためになります」


 穏やかにそんな事を言う。


 彼女の臣下たちが馬鹿にしたような表情をしている。確かに表面だけを聞けば何も考えていない愚かな発言に聞こえるのだろう。


 それでも、麗佳はその奥にある意味に気付いてしまった。


 これは、つまり息子マウリッツに『貴方の父親のようになってはいけませんよ』と言っているのだ。


「そうですか。ためになったのなら話したかいがありました」


 オイヴァがにこやかに返事をした。


 彼らの言葉にはいろいろと裏の意味がある。こういう事がするっと言えるのはさすが生粋の王族だと思う。


 それでも、意味が大体分かると不安になってくる。ここにはアーッレ王の息のかかった者がたくさんいるのだ。こんなやり取りをして大丈夫なのだろうか。


 でも、麗佳が心配する事ではない。本人が何とかするだろう。


 麗佳はただ、『夫ののろけに恥ずかしがる王妃』という仕草を見せていればいい。恥ずかしいのは本当なので問題はない。

 なのでうつむきついでにお茶に口をつける。

 オイヴァが先ほど麗佳を『穏やかで慈悲深い女性』と説明したので、少なくとも今はそのように演じる必要があるのだ。


 それに大体、言いたい事は先ほどオイヴァが言ってくれた。


 表面上だけでも思ったより穏やかに茶会が進んでいるから、それでいいのかもしれない。麗佳は心の中でそう呟く。


 話題は麗佳の魔術の実力の話になっている。


 別にこれは話しても大丈夫な話題だ。と、いうより、ヴィシュ以外のほとんどの王族が魔術師会議で知った事実だ。それに、この話をする事は事前に話し合って決めていた。


 あえて、ウィリアムの名前は言わずに、『高名な魔導師様』と言っておいた。今、そこまでの事を話す必要はないし、後日、知る機会は設ける予定だ。


 その代わり、魔術師会議に出席した話はした。二人が驚いていたので、初耳なのだ。


 やはり、ヴィシュはあまり他国の情報を調べていない。調べていたとしたら、あんなに騒ぎになった『が大魔導師デイヴィスに弟子入りした』という情報を逃すはずがない


「その歳で一から学ぶのは大変だったでしょう。それも短期間で『会議』に出席できるほどになるなんて素晴らしいですね」


 エルシー達は表面では頑張っている麗佳を賞賛してくれる。でも、内心ではどうだろう。魔術が使えるという事で厄介だと思われたのではないだろうか。


 ただ、それで麗佳を排除しに来るのなら、こちらも全力で迎え撃つ予定はある。


 彼らはどう出るのか気になる。変な事がないといいけどと願っているがどうだろう。


「でも、そんなに急くのは良くないとは思いますよ」


 エルシー王妃のこの発言は警告だろうか。


「いえ、もちろん、魔王妃殿下の師匠殿が全て管理していらっしゃるから安心でしょうが……」


 麗佳の動揺が伝わったらしい。慌てたようにそう言い添える。


「でも、あまり魔力回復薬も使えないでしょう?」


 そう言って静かに麗佳に微笑みかける。


 『今は』という続きの言葉が聞こえた気がした。もちろん、エルシー王妃はそんなことは言っていない。でも伝わってしまった。


 動揺するな、と自分に言い聞かせる。


「ご心配には及びません。ヴェーアルにも回復薬はありますから」


 対して、オイヴァは言葉の通りに受け取ったようだ。いや、わざとそう受け取った上で答えたのだろうか。


 エルシーもそれで納得したようなそぶりを見せた。でも、これはあえて言葉を引っ込めただけだと分かる。


 麗佳は黙って微笑んでおくしかない。何かを言ったらボロが出そうだ。


 こちらで魔力回復薬と呼ばれている薬は、日本でも『菓子』として口にした事はあった。向こうではチョコレートと呼ばれるものだ。


 それを麗佳が今は摂取できないと指摘された。チョコレートを、いや、をである。


 それだけで何を言われたか麗佳には大体、分かってしまった。


 直接言われなかっただけマシなのかもしれない。そう思うより他はないのだ


 麗佳は出そうになったため息をしっかりと飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る