第11話 ヴィシュ人が嫌いな魔族達

 目の前には臣下の不満げな顔がたくさんある。今日の議題が心底嫌なのだろう。最近、この議題になるといつも最初はこれで始まる。


 気持ちは分かる。麗佳達だってそんな顔がしたい。なだめる側なのがとても恨めしい。


「陛下! 何度も言っておりますが、私は反対です!」


 ついに声が上がった。それを合図に『私もです!』、『わしもです、陛下!』と次々不満が上がった。リアナまで『あたくしもです』と同意している。


「本心では私だって反対だと何度も言っているだろう」


 オイヴァが冷たい調子で言った。自分もだと示すために麗佳もうなずいておく。


「ならば、今からでも拒否されればいいではないですか! しかもこんな大切な時に!」


 リアナがそう言いながら、麗佳の座っている椅子に敷かれたたくさんの柔らかいクッションを指し示す。本当はお腹を指し示したかったのだろうが、人を指さすのは行儀が悪いと判断してやめたようだ。それでも何が言いたいのかは分かるので問題はない。


 予言通り、麗佳は妊娠した。あの日から毎日健康診断をした結果、普通より早めに判明したのだ。オイヴァからは改めて『でかした』と言われた。


 そして、慣例であるらしい魔力鑑定――故郷でのDNA鑑定的なもの――をして、お腹の子は国王オイヴァの子だときちんと証明された。王族というのは大変だ。


 麗佳の妊娠が判明してから周り――特にオイヴァ――が過保護になってしまった。

 体の調子を何度も確認されるし、椅子には必ず柔らかいクッションがたくさん添えられるようになった。柔らかすぎて完全に『人をダメにするソファー』状態になっているのはご愛敬だ。

 オイヴァは、移動も彼のお姫様抱っこにしたかったようだが、『適度な運動も大事なんですって』と言ってやめてもらった。正直恥ずかしいのだ。


「向こうの理由が謝罪なのだから断れないだろう。むしろ断った方が王妃の身が危険になる」


 確かに、と麗佳は心の中だけで言った。最近のヴィシュ上層部は何でも麗佳のせいにしたがるのだ。『あの小娘が○○したのではないか』はもう聞き飽きた。

 そして、さらに酷いことに、マウリッツ王太子までもが、プライベートな場で『自分達を呼び出したのは魔王妃だ』的な発言をしたらしい。これはオイヴァから聞いた。その時は『何で私が!?』と素で驚いてしまったし、オイヴァも『そうだよな』と同意していた。


 ヴィシュ側がそんな風だから、臣下が心配するのだ。物事はとても複雑だ。


「だからこそ、今回のヴィシュ王族の訪問は安全にしなければならない」

「魔王陛下と王妃殿下、そして王妹殿下の身をお守りするのですね」

「それならばお任せ下さい。ヴィシュの使節団を皆殺ししてでもお守りします」


 なんだかみんなが血気盛んになってしまっている。大丈夫だろうか。


「守るのはヴィシュの王族の身もだ」


 オイヴァは静かに諭した。臣下が揃って不満そうな顔をする。


「陛下、それは暗殺防止という意味ですか?」

「そうだ」

「あちらのも、ですか?」

「そうだ」


 多分そういう事だろうと思ったが、一応オイヴァに確認を取る。


 つまり、アーッレ王が邪魔な王妃をこちらで暗殺して、しれっと『可哀想な俺の王妃よ! 魔族に殺されたのだな!? 許さん! さあ! 憎っくき魔族を倒すのだ』とかやるのを防ぐということである。棒読みでそれを言うのが頭に浮かんで嫌な気持ちになる。


 絶対にあるとは言えないが、用心をしておいた方がいい。


 本当にあの国は面倒ごとを持ち込んでくれる。


「あんな奴らを守りたくなんかないですよ。その分、三人をお守りする方が大事です」


 そう言ってくれるのはとてもありがたいが、二人の暗殺を許してしまうと国際社会が乱れてしまうのだ。それはよくない。

 血を流す戦争は見たくない。甘いと言われようが、麗佳は嫌なのだ。


「それでもあの者達は表向きには賓客なのだ。何かがあったらこちらの責任になる」


 オイヴァは厳しい口調でそう言った。きっと、一番不本意なのはオイヴァだろう。

 王というのも大変だ。


 みんなはとりあえずはしぶしぶというように静かになる。


「それから王妃の妊娠の事だが……」


 暗い空気を少しでも収めるためか、オイヴァが話題を変える。

 その言葉だけでみんなには何の事なのだか分かったようだ。


「もちろんでございます。ヴィシュの人間には知られないようにするんですよね?」

「お任せ下さい、陛下」

「王妃殿下、安心して下さい。ヴィシュには絶対に漏らさないようにしますので」


 次々に誓ってくれる。本当にありがたい。


 麗佳はみんなに心からお礼を言った。


***


「あいつらの気持ちは正直分かりすぎるくらい分かるんだけどな」


 私室に戻り、麗佳のまだ全く膨らんでいないお腹を撫でながらオイヴァはため息交じりに言った。


「だったら断ればいいのに。兄上はほんっとうに甘いんだから!」


 リアナはまだ不平たらたらだ。そして、最後の言葉を言ったことでオイヴァに睨まれている。


「言っただろう。向こうの要件は『去年の謝罪』なんだ。ただのポーズだろうが、同盟も匂わせている」

「それを兄上は信じるの?」

「信じているわけがないだろう」


 不機嫌そうに吐き捨てる。


「百年単位で敵国なんだ。今更同盟と言われて信じるのは愚か者だけだろうよ」


 でしょうね、としか言いようがない。


「それに、あちらは呼び出したのがヴェーアル側だと思っていらっしゃるみたいですし」


 それが一番厄介なのだ。


 麗佳の言葉にオイヴァがさらに眉を潜めてしまっている。


「きっと理由を問われるだろうな」

「真実を言うしかないんでしょうね。あちらは信じないでしょうけど。最初のお茶会は少し荒れるかもしれません」

「ああ、覚悟はしている」


 来訪した時の事を思うと、とても不安になってくる。


 とはいえ、麗佳達も何も希望を持っていないわけではない。エルシー王妃は多少なりともまともに見えた。それはヴィシュの王族出身ではないからだろうか。それとも彼女の元来の性格からだろうか。でも、王族の一人が完全なる敵ではないかもしれないというのはありがたい話だ。


 去年の報復に、軽い爪痕くらい残せないかと思う。でも、それはきっと難しい仕事だ。彼らが滞在している十日あまりでそんな難しい事が出来るとは思えない。それに危険すぎる。


「お前は無茶をするなよ」


 考え込んでいる麗佳を見て不安になったのかオイヴァが注意してきた。


 確かに今の麗佳が無茶をしては命に関わる。なので素直に『分かりました』と答えた。

 一つため息を吐く。


 ヴィシュ王族の訪問は約一ヶ月後に迫っていた。

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