第10話 ヴィシュ王太子の懸念
ヴィシュ王太子マウリッツは、自室のソファーに座ってそっとため息を吐いた。
「陛下に言ってあの女に刺客でも送りますか? 殺す目的ではなく警告として」
自分の従者が恐ろしいことを言っている。マウリッツはそれをやんわりと断った。
どうせ、そんな者を送っても、キアント伯爵令息の二の舞になるだけだ。
去年、魔王妃の来訪の時に、彼女の側付きの中にキアント伯爵令息がいたらしいという話は聞いた。
マウリッツにはそんなものは何かのトラップだとしか思えない。相手は魔族なのだ。何だって出来る。幻影を見せる事も、姿を変えることも、それに『彼がそこにいた』と相手に思い込ませる事だって簡単なはずだ。
一番の証言者になりそうなベルマン侯爵夫妻――夫人が伯爵家の出身――も曖昧な返事をするだけで確信が持てないというのも、その話が本当なのか疑ってしまう理由だ。
だからそんなものを信じて『魔族は刺客を殺さないから大丈夫』と安心しているわけにはいかないのだ。それに、前の刺客は生かしていたが、次の刺客は殺されるという可能性だってある。
とはいえ、魔王妃対策は必要だ。それには彼女がどんな目的を持っているのか考える必要がある。
昼間、母に言った『自分達を呼び出したのは魔王妃かもしれない』というのは間違っていないと思う。母は全く信じていないようだったが。
確かに自分は時々取り越し苦労をする事もある。でも、その事で悪い結果になった事はない。違う理由だったが、問題はきちんと解決したと自分の従者達が報告してくれた事は何度もある。
だから大丈夫だ。
それより問題は魔王妃である。それとも、そのバックにいる魔王の方が問題だろうか。
魔王は間違いなくヴィシュを滅ぼすことを考えている。
だが、代々のヴィシュの国王が広めている理由ではない。迷惑な召喚を止めるためだ。それにはヴィシュを滅ぼした方が手っ取り早い。今は勇者に親切にして味方につけているようだが、それで終わるはずがない。
一番簡単なのは国を滅ぼして自分達が治める事なのだ。
それでもヴィシュ人は誇り高い者達のはずだ。魔族の支配など受けようとは思わない。魔族の王が自分達を支配するなど許さないだろう。
そうなれば、魔王が次に考えることは分かりきっている。表向きとして人間の王を、飾りの王を立てるのだ。そして魔王はその人間を裏から操る。
きっと彼はこういう計画を立てているはずなのだ。
そこで魔王妃がヴィシュの王族を招くことを提案したのだろう。ヴィシュの政治はどういうものか知りたい。次代が何を考えているのか知りたいと言えば魔王もうなずくはずだ。
魔王妃に会わなければいけない。ヴィシュ王国の未来を握っているあの女に。
「とにかく、元勇者の娘とは一度話し合いの場を持たなければ」
マウリッツは言葉を口に乗せながらそっと決意を固めた。
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