第9話 息子の考え
「一体陛下はどういうおつもりなのかしら」
エルシーはつい息子、マウリッツにそうこぼしてしまった。つい愚痴っぽくなってしまうが、これはどうしようもない。
国王、アーッレによると、魔王がエルシーとマウリッツを呼び寄せるようにアーッレを脅したのだそうだ。
絶対に嘘である。
おまけに、これを言われたのは公式の謁見の場で、もう断ることの出来ない状態になっていた。
本当にどういうつもりなのだろう。
「マウル、あなたは何か知っている?」
息子に問いかける。王から嫌われているエルシーは、臣下や使用人ともそこまで信頼関係を築けているわけではない。王の寵愛を受けている愛妾たちにすり寄った方が何かと得なのだ。それはエルシーにも分かる。
それでも、そのせいで得られる情報が少ないというのは王族として良くない。
でも、今、情報を得るには息子に聞くしか方法がないのだ。
「少し前に、勇者がパーティから逃げ出して行方不明になった事件がありましたよね。お母様は知っていますか?」
「もちろん。それは城中で噂になっていたもの」
「それでお父様は、その原因があの元勇者の少女なのではないかと、……正確には、去年彼女がこの国の貴族に何か吹き込んだのではないかと疑っていたのです」
もし、そんな事があったのだとしたら、それはただの自業自得なのではないか、と思ったが、言わないでおいた。一応『二人きり』状態とはいえ、使用人はきちんと側に控えている。王に告げ口をされてしまったらおしまいだ。
ついでにその『元勇者の少女』はヴィシュ以外の国からはきちんと一国の王妃だと認められているのだという注意も出来ない。そう指摘できない空気がこの国には流れている。
「それで? その魔王の妃がこの国の貴族に何を吹き込んだというの?」
「それは分かりませんが、『あることないことを』と言えばいいのでしょうか」
言葉を濁しているような気がする。
「そんな馬鹿な事が……」
それだけを言う。
本当に馬鹿なことだと思う。アーッレは本当にそうだと信じているのだろうか。それともわざと信じさせているのだろうか。
少し、使用人の空気が張り詰めた。今のエルシーの言葉は、どうとでも取る事ができるからだ。
「そんな『馬鹿げたあることないこと』を貴族が信じるとは思えないわ」
そう言っておく。それも先ほどの言葉に込めた意味の一つだからだ。
「そうでしょうか。魔王の協力を持ってすれば何か出来るかもしれません」
息子はそれでも納得しないようだ。でも、確かにそういうことはあるかもしれない。
「それに、彼女が狡猾だというのは俺も分かる気がします」
「何故?」
これは本当に分からない。婚儀で見た少女は、そんなに害のある存在には見えなかった。芯が強そうな子だなというのは感じたが、それだけだ。
「今までの彼女の行動が全てを表していると思うのですが」
「それは、彼女が勇者でありながら魔王側についた事? 何かしらの方法で他の勇者様方の邪魔をしているという事?」
思いつくことはこれくらいしかない。それとも他にも理由があるのかもしれないが、エルシーには分からない。なにせ情報が少ないのだ。
「いえ、それだけではなく……」
息子は少しだけ言葉を切った。そして思い切ったように顔を上げる。
「もしかしたら、今回、俺たちを呼び出したのは彼女なのかもしれないと思っています」
「……何を言っているの?」
突拍子もない言葉についぽかんとしてしまう。
そんな事があるだろうか。隣国の、それも『敵国』の王妃と王太子を呼び出して何の得があるというのだろう。
時々、この息子はとんでもない事を言い出す。それは、ほとんどが取り越し苦労でしかない考えばかりだ。
きっと、今回も同じだ。
とはいえ、息子は一国の王太子だ。彼が何かを懸念すれば誰かが動いてしまう。本当に厄介なのだ。
「何を考えているの? マウル」
今のうちに聞いておかなければならない。でなければ魔王を怒らせるという結果になってしまうかもしれない。それだけは阻止しなければならないのだ。
「……何も」
どうやら少し責めるような言い方になってしまったようで、マウリッツが口を閉ざしてしまった。
今まで散々忠実な臣下たちに『取り越し苦労ですよ』とか『考えすぎです』と言われてきたのだ。実際その通りなのだが、『言っても信じてもらえない』と思ってしまったのかもしれない。
これは良くない。息子の『考えすぎ』をあえて利用する者もいるのだ。幸い、ものすごく大きな騒ぎになったことはないので今まではそっとしていたが、今回は絶対に放置してはいけない。
なにせ、相手は魔王妃なのだ。もし息子のせいで彼女に何かがあったら、魔王はこの国を二度と許さないだろう。
出発までに息子が何を考えているのかは聞いておかなければならない。
エルシーはそっとため息をついた。
***
「クリス、あなたにも苦労をかけてしまうわね」
夕食の席でエルシーは次男のクリストファーに詫びた。
「しばらく一人になってしまうけど、大丈夫か?」
マウリッツも弟が心配なようだ。不安そうな顔で話しかけている。
「心配いりませんよ」
なのに当の本人は平気そうに笑っている。
「大変なのはお母様たちの方でしょう?」
「それは確かにそうだけど……」
クリストファーにまで心配をかけているのが申し訳ない気がする。確かにこれから大変なのは自分たちだ。明らかに自分達を嫌っている魔族達の所へ行くのだ。
「お兄様もあまり気楽に構えていては駄目ですよ。魔族は何をしてくるか分からないんだから」
それは脅しすぎである。実際、魔王の婚儀では何もされなかったのだ。
王が挑発をした時に、魔王が『決闘』という言葉を使いはしたが、実際にそういう事は起きなかったし、その後にこっそりと始末されるという事もなかった。あの時の魔王にはそうする権利があった。そして、そんな事があったとしても、きっとどの国も咎めなかっただろう。
「何かあったら国際問題になるという事くらい魔王だって理解しているでしょう」
とりあえずそれだけを言う。
「でも『魔王』ですよ!」
エルシーは心の中だけで頭を抱えた。
「お母様もお兄様も今回の訪問できっと分かるでしょう。呼び出したのは魔王だという事ですし。くれぐれも気をつけて下さい」
クリストファーは警戒を緩める気はないようだ。とりあえず分かったと言っておけばいいだろう。それで安心するのならそれでいい。
「僕はこちらで出来る事を頑張りますから」
クリストファーが自信満々に言う。
その言葉にエルシーは引っかかりを覚えた。
この国で今回の訪問について対策出来ることなど限られている。せいぜいが、滞在中に書簡を送り合う事くらいだ。とは言っても向こう側に検問をされてしまう前提で考えなければいけない。
なのに、こんなに自信満々なのはどういう事だろう。
「何を頑張るの?」
「いろいろと」
言葉を濁される。わざと曖昧な表現にしているのはエルシーにも分かった。
「クリス、あなた、何を考えているの?」
昼間にマウリッツにした質問をクリストファーにも尋ねる。
なのにクリストファーは曖昧に笑うだけで答えてくれない。
「大丈夫ですよ。お母様やお兄様の不利益になる事はしませんから」
そう笑顔で言っているが、何も安心出来ない。
変な事にならなければいい。エルシーはそれを願う事しか出来ないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます