第7話 裏非公式会議
「絶対妃殿下をサボらせようとしてたよな、あの時」
黒ファラゴア酒のグラスを傾けながら笑いまじりにアンドレアスがそんな事を言っている。
隣のゴスタとウティレもその言葉に頷きながら笑っている。ハンニはそれを見ながらそっと苦笑した。
確かに相手が大魔導師とはいえ、魔王が叱られるのは珍しい。とはいえ、それをネタにして笑うのはいい事ではない。
「アンドレアスさん、ここは王城の一角ですよ」
とりあえず注意しておく。この部屋の中に魔王が入ってくる事はないと思うが、一応だ。
ここは王城で働く者の寮のウティレの部屋だ。今日の二つの予言の事で情報共有をしておいた方がいいと、事情を知っている男達で集まった。クルトも参加したがっていたが、魔王夫妻の警備があったので泣く泣く断念していた。表向きは『友人同士の集まり』なので
「大丈夫だよ、ハンニ。こんな所に陛下はいらっしゃらないだろ」
アンドレアスが笑いながらそんな事を言って来る。
「……ここは俺の部屋なんですが」
自分の部屋を『こんな所』と言われてしまったウティレがムッとしている。
「アンドレアスさんが言ったのはこの寮全体の事だと思いますよ」
とりあえずフォローしておく。確かにシンプルなワンルームであるが、それは寮の単身者用の部屋としては普通なのである。
「じゃあアンドレアスさんの部屋に移動しますか? 寮ならどこでも大丈夫ですよね?」
「アンドレアスの所は散らかってるから駄目だって」
ゴスタが笑いながらそんな事を言っている。ウティレが納得のいったような表情をした。という事は二人ともアンドレアスの部屋に入った事があるのだろう。当のアンドレアスも笑っているので開き直っているのかもしれない。
「ところでティーレさっきさ……」
アンドレアスがそう言いかけた時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。部屋の主であるウティレが応対に出る。
「え? クル……え…………?」
そして何故か絶句して固まる。どうしたんだろうと思って扉の方を見たハンニ達も息を飲んだ。
まさに『話をすればその人が横から現れる』である。ドアの前にはクルトと魔王が立っていた。
「へ、陛下! こんな所に!」
アンドレアスが慌てた調子でそんな事を言っている。その横でウティレが『いや、だからここは俺の部屋……』とつぶやいているのがおかしい。
「妃殿下は?」
「書斎で今日の魔術の授業で出された課題をやっている」
さらりとそんな事を言う。つまり、こんな大事な時にレイカを一人にしたという事だろうか。
昼間はレイカを大事に思っているような事を言っていたのに、それはただの演技だったのだろうか。
「今、王妃殿下から離れて大丈夫なのでしょうか?」
ウティレが目線で『押さえろ』と訴えてから、魔王に尋ねる。助かった。ハンニだと、間違いなくケンカ腰になってしまう。
「王妃の間には通常の倍の護衛がいるし、強い結界魔法も私自ら張って来た。あの部屋で何かがあれば、まず私に分かるようになっている」
魔王がそこまで自信満々に言うのならレイカの周りは安全なのだろう。ほっとする。
「きちんと考えているよ。でなければ離れられるわけがないだろう」
苦笑いしながらハンニに向かってそんな事を言って来る。それなら安心だ。
「それに、私がいると勉強の手助けをしてしまうから困るのだそうだ」
「……陛下、それは駄目でしょう」
「答えを知っているとつい口出しをしたくなってしまうんだよ」
魔王が冗談めかして言った言葉で部屋の空気が和らぐのが分かる。
「ところで、今日の予言で出た内容について事情を知っている者で話し合うとクルトに聞いたのだが」
「そ、そんな大層なものではありませんよ。お酒も入っていますし」
ウティレが困ったような顔で言う。
「それに、もちろんここで話し合った内容は後でまとめて陛下にご報告いたします」
アンドレアスも加勢している。でもそれで引くなら、魔王は今、ここにはいない。
そういえば、この魔王は自分で動かないと気が済まない性格をしているのだ。王太子時代に身分と種族を隠して、単身
「私がいてはいけないのか?」
「いえ、そんな事は……」
それに、この国の国王に逆らえるわけがないのだ。結局、魔王もこの小さな話し合いの場に同席する事になってしまった。
魔王によるとレイカも了承しているらしいが、今日はこれから大事な夜なのに、お酒を飲ませて大丈夫なのだろうか。レイカが怒るのではないのだろうか。
『信用して送り出したのに、これはどういう事!?』などと言われたら自分たちにはどうすることもできない。
とりあえず『そんなに飲まなければ大丈夫だ』という言葉を信じてお酒を渡した。
「それで? 今は何の話をしていたんだ?」
魔王が尋ねる。もう完全に彼が話の中心にいる。
でも、そう言われても困る。まだ話は始まってもいなかったのだ。
「そういえばアンドレアスさん、俺に何か言いたい事があるみたいでしたけど……」
ウティレが自然に話を戻した。この緊張に満ちた空気の中、口を開くのはかなり勇気がいる。
「ヴィシュの王族が来るっていう話をした時、何か考え込んでいたように見えたから気になって」
魔王が「……ああ」と納得したような声を出したので、彼もそれには気づいていたのだろう。
ハンニは気がつかなかった。報告の事で頭がいっぱいだったのだ。
ウティレは難しそうな顔をしている。
「ウティレ?」
「大した話ではないですよ」
「それでもいい。話せるのであれば教えてくれるとありがたい」
魔王は優しい口調で促している。少しでも話しやすくするためだろうか。
「誰がマウリッツ王太子殿下をここに送るのだろうと考えていただけです」
その言葉でハンニも分かった。ヴェーアルに送られて来るヴィシュ人は十中八九『捨て駒』なのである。
「さすがに王族を捨て駒にする事はないでしょう」
「ヴィシュの国王夫妻が不仲だって事はハンニも知ってるだろ」
それにはハンニだけではないこの部屋の全員が頷いた。皆、魔王の婚儀で招かれていたヴィシュの国王夫妻を見ているのだ。
「いくらあの男でも自分の子供を、それも世継ぎを『捨て駒』にするとは思えないが」
魔王が厳しい声でそう言う。
「そうだよ。きっとエルシー王妃の監視役なんじゃないのか?」
ゴスタも加勢した。
「監視役なら臣下を送ればいいわけですし。少なくともマウリッツ王太子殿下が母親の死に関与するという事はないと思っています」
「私は今回のヴィシュ王族の訪問では誰も死なす気はない」
魔王が心底心外だという様子でそんな事を言うが、それはみんな知っている。大体、この国で他国の王族が死んだら大問題である。
とはいえ、ヴィシュはそんな事を理解していないのは去年の事でここにいる全員が分かっている。あの国は、この国の王妃を呼び寄せて殺そうとしたのだ。絶対に許さない。
「私はあの者共とは違うからな」
魔王が不機嫌そうにそう吐き捨てた事で、彼も去年の事を思い出しているのが分かる。
「しかし……」
「分かっている。『誰も死なす気はない』」
魔王とウティレが謎の会話をしている。どうしてわざわざ念を押したのだろう。
「つまり、ティーレは、他の誰かがヴィシュの王太子の死を望んでいると思っているって事か?」
ゴスタの質問にウティレが遠慮がちに頷く。
誰だろう。単純に考えれば、彼の死で一番得するのが誰なのかは分かる。それでも、そんなわけないとも思う
「さすがに考えすぎだと思いますよ」
だからそう言った。
「そうだといいけど……」
それでもウティレの表情は晴れない。
「もしかして、第二王子を疑っているのか?」
魔王も信じられないらしく眉を潜めている。
「仲が悪いのか?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、クリストファー殿下は何を考えているのかわからないというか……時々、つめた……冷静な目でマウリッツ殿下の事を見ていらっしゃいますし……」
語尾がごにょごにょしているのは確定していない情報だからなのだろうか。それとも王族の悪口を言う事に抵抗があるからだろうか。
「それからアーッレ陛下はどちらかというとクリストファー殿下の方を可愛がっておられます」
「……なるほど。一応、注意はしておこう」
杞憂だったらいいな、などと言っているのは兄弟の揉め事など見たくないからだろうか。
「それで、王太子の方はどういう性格をしているんだ? 厄介な奴だったら対策を考えなければいけないが」
どうやら第二王子の話で不安にさせてしまったらしい。
王太子に関しては別に悪い話も聞いたことはない。とはいえ、ハンニはヴィシュでも庶民だったので、王族と話す機会はなかった。顔を見たのもレイカの召喚の時くらいだ。
こういう質問は貴族でないと答えられないだろう。
そういう事を素直に伝える。
「元ヴィシュ貴族か」
魔王がそう言うと同時に『元ヴィシュ貴族』に視線が集まる。ただ、ハンニが言ったのは魔術師長の事だったのだが。
「夜会で見る限りではそういう感じの害があるようには思えませんでした」
『元ヴィシュ貴族』は素直に答えている。
「夜会に行ってたのか? 例の兄貴が止めたりは?」
「マナーの粗探しをするために社交への参加は必要だったんです」
アンドレアスの質問にも素直に答えている。それにしても理由が酷すぎる。
それでも今、この場所で王太子に直接会ったことがある人は貴重だ。魔王も同じ考えらしく続きを促す。
「噂程度ですが、時々変な思い込みをされると聞いた事があります。それで周りが振り回されるとか」
魔王がまた眉をひそめた。確かにそれは面倒くさい性格である。
「俺が聞いたのはただの噂ですので確証はありません。詳しい事は多分魔術師長様がご存知なのではないのでしょうか。デマであるか否かも含めて」
結局、魔術師長に聞くことになるのだ。彼は元侯爵なので、王太子とは何度も会ったことがあるはずだ。
もしかしたらヨヴァンカも知っているかもしれない。明日にでもで聞いてみようとそっと考える。
召喚の時にいたという事は、レイカとも面識があるはずだが、果たして印象に残っているのだろうか。残っていたとしても、魔王は、こんな大事な時に、配偶者から他の男の印象など聞きたくないはずだ。やはりヨヴァンカに聞いた方がいい。
これだけの話でも魔王にはありがたかったようでお礼を言われる。明日あたりレイカとも情報を共有するるそうだ。でも、レイカだったらこれくらいの事は自分で調べてしまいそうだ。
「それにしても、思い込みが激しいとなると、レイカにも何かとんでもない印象を持っているかもしれないな」
それはあるだろう。少なくとも、ヴィシュ王国の中でヴェーアル王国の評判はとても悪いのだ。あれは国ではないとまで思われている。
世界魔術師会議に参加したレイカ、そして彼女の側付きとして同行したヨヴァンカによると、王族の魔力が少なく会議に参加すらしていないヴィシュの方が一部の国から国扱いをされていないらしいが。
「レイカに負担をかけないようにしなければな」
魔王が真剣な表情で言った。それは本当にそうだ。人間であるレイカが魔族の、それも魔王の子供を産むのは身体にものすごく負担がかかる。いくら『魔力増幅の儀式』で魔族の魔力を取り入れていたとしても、だ。
そこに精神面での負担までかけたらどうなるか分からない。
それは魔王もきちんと分かっているはずだ。
「陛下、数日のうちに、王妃殿下がこれからの健康面で気をつけなければならない事をまとめておきます」
「そうか。助かる」
やけに落ち着いている。彼は国王なのだから『数日のうちではなく明日の朝までにやれ』と命じることもできたはずだ。
でも、これなら安心できる。明日にでもカッサンドラに相談しようと決めた。
きっと魔王もレイカもこれから忙しくなるのだろう。
自分が『まじない師』として出来ることはいろいろある。だから全力を尽くそう。ハンニはそう改めて決意をした。
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