第2話 疑いの矛先
この場所を映し出すのは何度目だろう。国王夫妻の執務室で映像を見ながら麗佳はそんな事を考えた。
『撒かれた、とはどういうことだ!』
ヴィシュ王国の国王アーッレの怒鳴り声が聞こえてくる。その様子が映し出された画面をオイヴァが憎しみを込めた目で見つめていた。
睨んでいるのは画面自体ではない。彼の憎悪の気持ちは画面越しのアーッレ王だけに向けられている。
去年の『魔王妃誘い出し事件』のせいで、オイヴァのアーッレ王への憎しみはさらに大きくなってしまった。
部屋にいる麗佳もリアナも何も言えない。そして人払いをした上で王妃特製の防音の結界が張られたこの部屋に入ってくる者はいない。リアナは、可哀想にも椅子に座る途中でこの空気にあたってしまったので腰を浮かした状態だ。
その様子を見たオイヴァは苦笑して魔法で彼女を無理矢理座らせる。その時だけ場の空気が元に戻った。
「これは……ヴィシュ王宮?」
こういう映像を初めて見るリアナが目をぱちくりさせている。麗佳に聞いてくるのは、それだけオイヴァの怒気が恐ろしいのだろう。麗佳は静かにうなずいて正解だと示す。
「……どうして見れるの?」
リアナは呆然としながらそんな事を言う。そう思うのは無理もない。ヴェーアル王宮の謁見室が、こんな風に敵国の王族の目に晒される事はない。わざと見せている場合は別だが。
「優秀な魔術師がいないのだろう」
オイヴァが馬鹿にしたような、それでいて冷たい態度で吐き捨てる。
それは麗佳も同感だ。普通はこんな事はありえない。
画面の向こうではアーッレ王が相変わらずみっともなく怒鳴り散らしている。
それを横目で見ながらオイヴァは静かに執務机に向かった。そうして何枚かの便せんと、お気に入りのペン、そしてインク壷を持って来る。
便せんは魔法紙が使われている。相手が読み終われば手紙ごと塵になって消える優れものだ。もちろんウィリアムから提供された最高品質である。
それを見た事で麗佳はオイヴァが何をするか分かった。そうして、オイヴァが朝食の時に放った『違和感』の意味も分かってしまった。
「オイヴァ、もしかして……?」
「ああ。まず疑いの目が向けられるだろう者が彼らだろうからな。私も一番最初に疑った。可能性は高いと思っている」
インク壷にペン先を浸しながらオイヴァが返事してくれる。
「大丈夫なんですの? 今、連絡をとって」
「むしろ、ヴィシュの王が臣下に八つ当たりをしている今しかない。もし、関わってなかったとしても、私たちのせいで罪のないものが罰せられるのはあまり気分のいいものではないからな。大丈夫だ。他の者には分からないよう細工はしておくから」
そんな事を言いながらもさらさらと手紙を書いている。同時にいろいろな事をするのに慣れているのだ。
「えっと……兄上? 義姉上? どういう事?」
リアナだけがよく分からないようだ。無理もない。今まで勇者の件に関して彼女はあまり関わっていない。
「リアナ、黙って見ているんだ。きっとアーッレ陛下がぺらぺら喋ってくれるはずだから」
その言葉に苦笑する。否定出来ない所が笑えるのだ。確かに先ほどもアーッレ王はパーティメンバーが勇者にあっさりと撒かれてしまった事を漏らしてしまっていた。とてもわかりやすい。
『何故探さなかった?』
『探しました。でもどこを探しても見当たらないし、ここに報告をあげなければいけないかと思って急いで戻ったのです』
『私では魔術探索も上手くいかないので、王宮魔術師様の助けが必要だと思いまして』
『役立たずが!』
アーッレ王の口癖が出て来た。オイヴァが盗聴する時は大体一回はそれを言うのだ。まただよ、と魔王夫妻は心の中で言い合った。
画面の向こうではパーティメンバーが必死に謝っている。イライラしているアーッレ王は側近がなだめていた。
『陛下、落ち着いてください』
『き、きっとあの小娘が何かしたのでしょう。人間でありながら魔族の味方をする者を許しておくべきではございません』
『そうだな。でも、あの女は狡猾だ』
『大丈夫ですよ、陛下。あの小娘は魔族ではございません。ただの弱っちい小物でございます。凄腕の暗殺者でも差し向ければさっさと消えてくれます』
『そ、そうです。それにあの小娘を排除すれば今度こそ魔王を打ち取る事が出来る事が出来るかもしれませんぞ。ほら、少しは落ち込むでしょうからな』
そうして理由を必死に探し出している。でも言っている事は最低だ。
『あの小娘』とは麗佳の事だろう。どうやら彼らはまだ麗佳を『駒』か何かとでも思っているようだ。言い方が他国の王妃に関する話をしているようには全く聞こえない。
おまけにアーッレ王の側近達が酷い事を言うせいで、麗佳の隣にいるオイヴァまで不機嫌になってしまった。
「レイカ、こっちにおいで」
そのオイヴァが声をかけて来る。その手は、今、麗佳が座っているのとは逆側を示している。指示に従うと右手を恋人繋ぎされた。ペーパーウェイトがあるとしても片手で手紙を書くのは大変だ。なので左手で軽く押さえてあげることにする。ありがとう、という言葉とともに頬に口づけが落ちてきた。
「あの、兄上、義姉上、ここでいちゃつかないで。見てる方が恥ずかしいわ」
「画面に集中すれば大丈夫だ」
「無理よ!」
リアナが注意して来た。それにオイヴァが平然と言い返している。
それで人目がある事を思い出し、恥ずかしくなってしまう。でも手を外す事は出来ない。その証拠にオイヴァが繋いでいる手をさらに強く握りしめてくるのだ。
これは困る。愛が重いとかそういう事ではないのだが、とにかく困る。
「オイヴァ、わたくしは去年ヴィシュに行ったけれど、きちんと帰って来たでしょう?」
「だからってずっと無事とは限らないだろう?」
「オイヴァが守ってくださるから平気ですわ」
「義姉上」
大した事を言っていないはずなのに、リアナに注意されてしまった。
肩をすくめようとしたが、つい顔をしかめてしまう。そしてその原因に目がいってしまった。
それでリアナも状況が分かったようだ。
「兄上、義姉上は手が痛いのではないのかしら?」
「手?」
「今しっかり握りしめている手。義姉上は兄上とは違ってか弱くていらっしゃるから」
そう言われてはじめてオイヴァは麗佳の手をきつく握りしめている事に気づいたようだ。謝罪とともに手を離される。
それにしてもストレートに言ってくれる。やんわりと手を緩めてもらおうとしていた麗佳の努力は水の泡になってしまった。
手の痛みはすぐにオイヴァが魔法で治してくれる。握られすぎて赤くなった所も元通りになった。
そんな事をしている間も、三人はきちんとアーッレ王とその側近の話を聞いていた。ほとんどが麗佳の悪口だったのには閉口したが、それは仕方ない事なのだろう。
そして話題は旅の間の勇者の行動についての報告に移っている。これは予想通りだ。
どうやら勇者は旅の間にいろんな地域を回ったようだ。そうしてそこの領主や民達に話を聞いていたらしい。
「何でそんな無駄な事をするのかしら。さっさと来ればいいのに」
リアナがつぶやいている。
オイヴァもうなずいているという事は同じ考えなのだろう。そして画面の向こうのアーッレ王が似たような事を言っているのを聞いて眉をひそめている。きっと同じ意見なのが気に入らないのだ。
だが、似たような事をしていた麗佳は彼らに同意は出来ない。
「『勇者』は騙されていますからね……」
ひとりごちたのが聞こえたようで、オイヴァが麗佳の方を見た。手紙は全部書き終わったようで、もうテーブルにはなかった。仕事がはやい。
「どういう事だ?」
「わたくしもそうだったんですけれど、勇者は『魔族がヴィシュ侵略をしている』と思い込まされているんです」
「それは知っている」
「だから『ヴィシュ王国の土地のいくつかは占領されているはず』と考えるのですよ。それならまずそれを調べて、出来るなら奪還を、と考えるでしょう」
普通に考えれば三、四人で簡単に都市を奪還出来るはずがないのだが、それは言わないでおく。そんな事はオイヴァも分かっているはずだ。
「鍛える以外にもそんな事してたのか」
「ええ。だって必要だと思いましたか……」
『もしかしたら、去年にあの小娘が滞在先の者に何か吹き込んだのではありませんか? そしてそれを今度は彼らが勇者に話したのでは?』
アーッレ王の側近が重要な事を話し出したので口を閉じて話を聞く。もちろんオイヴァも厳しい表情で聞いている。
ただ、口元が冷たく歪んでいる。それに意味する事は明白だ。『もう遅いんだよ』である。
そう。もう遅い。なのに、アーッレ王は去年麗佳と接触した貴族達に話を聞くように命じている。そうして怪しかったら拷問でもしろなどと言っている。
オイヴァがため息をついた。こうも予想通りだとこういう反応しか出来ないのだろう。拷問などと言っているから予想より酷いのだろうか。
「これ、彼らが何も関係がなかったら、とんでもない事になりますわね」
麗佳の言葉にオイヴァもリアナもうなずく。
「大丈夫かしら?」
「私たちと書簡のやり取りをしている証拠は残っていないはずだし、危ないからしばらく連絡をしてくるなと書いておいたから大丈夫だとは思うが……この様子ではどうだろうな」
どうだろうな、と言われても、麗佳はアーッレ王ではないので分からない。
「とにかく、気をつけて見ていなければいけませんね」
「ああ」
彼らの様子はしばらく見張っておこう、と言ってくれる。そうする以外出来る事がないのだ。
何が起こっているのか。オイヴァも麗佳もまだよく分かっていないのだ。
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