第24話 歓迎会

「では、ウティレが正式な王宮魔術師になった事を記念して、乾杯!」

「乾杯!!」


 王宮魔術師長であるヒューゴの乾杯の音頭に合わせて、みんなはカップやグラスを掲げた。


 思ったより大人数になってしまった。何しろ、マリエッタを助けに行っていたメンバーがみんな揃っているのだ。これはみんなが今日はご褒美の一環である休暇の最中だから出来たことだ。

 おまけに勇者カップルにベルマン侯爵夫妻までいる。


 おかしいなあ、と麗佳は苦笑する。確か今回は王宮魔術師の職場でやるささやかなお祝いの席だったはずだ。だからそんなに堅苦しくないものにしたのだ。

 なのに、蓋を開けてみたらこれだ。オイヴァも執務が片付いたら行く、と言っていた。国王が参加する内輪の歓迎会なんて聞いた事がない。これでは公式行事である。


 ウティレが、自分を褒めちぎったアンドレアスとイリーネの言葉を、『茶番』だと言った事があった。でも、これだけ魔族が集まるという事は、二人の言葉にはかなりの本音が混じっていたのだろう。


 いい事だ。ウティレは麗佳の臣下だし、魔術師としての部下でもある。臣下同士の仲がいいのはいい事だ。ここが心地よければ心地よいほど、裏切られる可能性が低くなる。


「ウティレ、君はもう『見習い』ではない。これからは、いや、これからも正式な魔王陛下付きの魔術師として責任ある行動をとってほしい」

「ありがとうございます、魔術師長様。ヴェーアル王国の王宮魔術師の名に恥じないよう務めたいと思います」


 定型的なやり取りが終わるとみんなはそろって拍手をした。


 あとはフリータイムだ。いわゆるお菓子だけの立食パーティーである。それ以上の余興など用意していない。


 元々は六人だけのささやかなお祝いの予定だったのだ。本当にどうしてこんなに集まってしまったのだろう。


 この大人数になったから、急遽会場を王宮魔術師の会議室から、王妃の大サロンにうつしたのだ。もちろん、用意するお茶やお菓子の数も種類も増やした。そのおかげで麗佳は思わぬ幸運な体験をする事になったのだが、忙しかったのには変わりない。


 フリーの立食タイムが始まると、早速みんなはウティレの元に行き、お祝いの言葉を告げている。それはウティレが彼らに仲間として受け入れられたのだという事を意味している。旅に側付きとして連れて行ったのは正解だったのだと改めて思った。


 ただ、本日の主役の周りがにぎやかすぎて麗佳が近づけないのが少々問題なのだが。


「ティーレ! あっちになんか珍しい食べ物があるぞ。食べてみよう!」


 アンドレアスがはしゃぎながらそんな事を言っている。


「ティ、ティーレって俺の事ですか?」

「お前以外に誰がいるんだ?」


 早速あだ名までつけられてるし、と麗佳は心の中でつぶやく。


 それでも彼らの言っている『珍しい食べ物』は麗佳のいる場所の近くにあるのでありがたい。


 でもそれを静かに待ち構えるのも、あちらが緊張しそうなので、素知らぬ素振りでその『見知らぬ食べ物』である柏餅を手に取る。


「妃殿下、私共が一度味見をしますから!」


 クルトが慌てて飛んできた。


「大丈夫よ。ここにあるお料理は全部安全だもの」

「毒の事は何も心配しておりません。問題は味でございます。妃殿下のお口に合うかどうか心配ではありませんか。イリーネから妃殿下は何でも気軽に口にしてしまうと聞いておりますので」


 どういう意味だ、と突っ込みたくなる。その時、後ろでさもおかしくてたまらないというような笑い声が聞こえてきた。


 誰の声なのかは見なくても分かる。でも振り向かないのは不敬なので、きちんと礼儀は守る。


「オイヴァ」


 名前を呼ぶと、麗佳の夫である魔王はいたずらっぽい笑みを見せる。そうして麗佳の手から柏餅を取り上げ、代わりに口に押し込んだ。


「うぐっ!」


 そうなると食べないわけにはいかない。麗佳はゆっくり一口を噛み切り、残りをオイヴァの手から取り返した。


「何をするのですか!」


 しっかり飲み込んでから文句を言う。


「クルト、この通り、大丈夫だから」


 なのに、オイヴァは平然とした顔で麗佳ではなくクルトに話しかけている。


 それで麗佳にもオイヴァの意図が分かった。あのままなら、心配性なこの騎士によって、麗佳はずっと柏餅をお預けにされていただろう。

 それでも荒療治過ぎると思う。


 二人の様子を周りの者の一部は、はらはらと、残りは呆れて見ていたのだが、とりあえず解決したので、ほっとした表情を浮かべている。


 この柏餅をはじめとする和菓子は、今朝、麗佳とオイヴァが手に入れてきた。場所は当然日本だ。


 久しぶりに行った故郷はほとんど何も変わっていなかった。近所の焼き肉屋がチェーン店のファミレスになっていたり、ケーキ屋がラーメン屋になっていたり、近くに二軒あったはずのコンビニが一軒になっていたりした、という変化はあったが。


 失踪当時、家族が警察に捜索願を出していたと聞いたので、心配していたのだが、婚儀の後にそれは取り下げたそうなので安心して外に出る事が出来た。


 オイヴァにとっては初めての異世界デートである。久しぶりとはいえ、十九年間馴染んできた場所を歩くのに麗佳の方も緊張してしまった。


 街歩きの時のオイヴァが、姉の恋人である隼人から借りたTシャツとジーパン姿というこっちの世界では見ない格好だったのもとても新鮮だった。


 ただ、オイヴァと麗佳は、異世界のとはいえ王族なので、後ろから隠密の護衛はきちんとついていた。それは仕方のない事だ。


 この点はプロテルス公爵一味に感謝するべきだろう。この異世界間移動の為の魔力は彼らからいただいたものを使ったのだから。数だけは結構いたから出来たことだ。それ以外では彼らは魔法を使えないようになっている。


 魔王以外の魔力でもスムーズに行けるかを確認する為に今回魔王夫妻自らが移動してみたのだ。


 罪人相手に遠慮する必要はない、とオイヴァは笑っていた。こういう所はさすが生まれながらの王族、としか言いようがない。麗佳はまだそこまで厳しくはなれない。ただ、結果的にありがたい事だな、とは思う。


 プロテルス公爵は権力のある貴族だった。その手下も重要な情報を持っているかもしれない。なので、『あなたは罪人です! はい、処刑!』というわけにはいかないのだ。


 なので、権力バランスが安定するまではこうして『魔力供給機』でいてもらわなければならない。


 これから自分たちは忙しくなる。公爵の背後関係も洗っていかなければならないのだ。

 公爵は単純だ。だから、その背後に彼を操っている『取り巻き』という名前の黒幕がいるかもしれない。それを調べなくてはならない。


 そんな事を、柏餅をもぐもぐと食べながら回想する。


「葉っぱは食べないのか……」

「香り付けや乾燥防止らしい」

「そうなんですか。さすが陛下はお詳しいですね」


 周りのみんなは、王妃が食べている見た事のない食べ物に興味津々だ。そして母に教えてもらった話をオイヴァがドヤ顔で披露している。


 彼のプライドの為に『今朝知ったばかりの情報ですよー』とは言わないでおく。そのかわり、やれやれ、と肩をすくめた。


「あの……魔王妃殿下」


 その時不意に声をかけられる。


 カイスリだった。彼女の顔は明らかに戸惑っていると分かるものだった。


 確かに、この光景はヴィシュ王国の貴族にとっては、わけの分からないものだろう。あのアーッレ王が側近と仲良くおしゃべりするなんて天地がひっくり返ってもありえない。だからどこの国の王も同じだと考えていた。そういう事だ。


 なのに現実はこれである。『どういう事!?』と思うのも無理はない。


「楽しんでいますか? ベルマン侯爵夫人」


 麗佳は彼女の動揺に気づかないふりをする。


「はい。改めて、弟の事、ありがとうございました」


 丁寧にお礼を言う。侯爵夫人としてではなく、ウティレの姉として話している。

 虐待をしていた、とウティレ本人からは聞いている。だからこそ、その仕草はとても滑稽に見えた。


 それでも招待を許したのはウティレから言ってきたからだ。昨日の夜、きちんと話をして、和解とまではいかないが、気まずい関係は終わったと言っていた。ベルマン侯爵がこの国に寝返った以上、半分とはいえ実弟であるウティレが仲良くしないのは不思議な事に見えるからだ。


 まだウティレはカイスリのした事を許せない。でも、カイスリがウティレの身内として、こうやって被害に遭うのなら、ウティレの方も、きちんと身内として扱わなければいけない。それがこの国のためになるのなら私情で嫌がっている場合ではないと腹をくくったようだ。

 そう、本人が言っていた。


 それはある種の『あきらめ』だと分かる。


 ただ、『俺は嘘泣きが下手なんだそうです。ベルマン侯爵がそう言っていました』というのは麗佳には意味が分からなかった。確かにウティレの嘘泣きはわざとらしいとは思っている。でも、突然そんな事を言った意味は分からない。


「いいえ。わたくしは何もしておりませんわ。お礼なら陛下に」


 そんな事を思い返していたせいで、少し突き放した言い方になってしまった。だが、仕方がない。これは真実だ。


 その魔王妃の対応の冷たさに気づいているのかいないのか、カイスリは、素直に麗佳の隣にいるオイヴァにお礼を言っている。オイヴァも社交用の笑顔でそれに答えていた。


 こうやって人脈を作っていくのは大事な事だ。あちこちに敵だらけという状態では落ち着く事も出来ない。


「マリエッタの保護に関して、そなたの弟はとてもよい働きをしてくれた。そうだろう、レイカ」

「ええ。ウティレがいたから上手くいった事も何度もありましたわ。ですから魔術師長も正式な仲間として認めたのです」


 麗佳達の話が聞こえたのだろう。視界の端で、クルトとアンドレアス、そしてハンニが『良かったな』というようにウティレをつついたり、肩を軽く叩いたりしている。


 ウティレは照れたように頭をかいていた。もう片方の手に好物らしいみたらし団子がちゃっかりと握られているのが少しおかしかった。


 このウティレのみたらし団子好きも麗佳達が日本に行った理由の一つだ。パーティーに今日の主役の好物が並ぶのは当然の事なのだ。


「ずいぶんと年相応になったな」


 ウティレが友人たちとはしゃぐ様子を見ながらオイヴァがつぶやく。麗佳もうなずいた。


 カイスリが、そんな弟の様子を嬉しそうに、でも、どこか寂しそうに眺めているのが見えた。

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