第22話 王子達の不満

「お父様はまだ怒っているんですか?」


 息子のクリストファーが尋ねて来る。


「そのようね」


 エルシーは何の感情もこもってない声でそれに答えた。


 どうやら、魔王を裏切り、この国に協力してくれている魔族が魔王に捕らえられたらしい。


 エルシーは詳しくは知らない。長男で王太子のマウリッツも詳しい事は聞かされていないという。


 ただ、王とその協力者が馬鹿げた事をしたのだという事は想像がついた。彼らはいつもそういう事ばかり考えているのだ。


 エルシーにはどうでもいい事だ。あの王と運命を共にしなければいけないのは分かっている。それはどうしようもない事なのだ。


 ヴィシュ王国の北の方にある小国から嫁いだエルシーにアーッレは最初から冷たかった。エルシーの事を『大した後ろ盾も持たないブス』と呼び、マウリッツ跡継ぎクリストファースペアが生まれるとすぐ相手にしなくなった。当時の王である義父も跡取りがいるから何も言わなかった。

 最初はそんな自分の境遇を嘆いていたが、もう諦めた。大体、そんな男を大事に出来るはずがないのだ。


 そういう意味では魔王の方がずっとまともだ。魔王妃は元勇者なのだというが、婚儀で見た彼らは、自分たちよりずっと信頼し合っているようだった。そうして魔王は魔王妃をたいそうかわいがっているようだ。今でもそれは続いているのだろうか。


 うらやましい、と心の中でつぶやく。


 勇者召還の場に同席させてもらえるマウリッツの話によると、王は『魔王は元勇者を甘い言葉で口説き押したにも関わらず、冷遇し、もてあそび、飽きたから捨てた。そして元勇者は城の奥で毎日泣き暮らしている』などと言っているらしい。

 最初に聞いた時は『それは自分の事だろう』と言いたくなった。それで何人もの彼の愛妾が泣いているのだ。きっと、自分がそうだから相手も同じだと考えるのだろう。少なくとも王の場合は間違いなくそうだ。


「お待たせしました、お母様、クリス」


 そんな事を思い返しているとマウリッツがやっと食事の席にやってきた。


「遅いわよ、マウル。どうしたの?」


 何をしているのか分かっていた上でそう尋ねる。


「お仕事ですよ。する事がたくさんあるんです」


 マウリッツも形式的な答えを返す。


「やっぱり勇者関連ですか?」


 クリストファーが尋ねる。こうやって会話が始まっていくのだ。


 そうしている間に前菜の皿が運ばれて来る。王は待たない。彼は愛妾達と食事をとるのだ。本当に自分たちは馬鹿にされている。

 他の国なら、王宮神殿長あたりに苦言を申されているだろう。でも神殿長は黙殺している。でなければ地位が危うい事は分かっているのだ。


 息子達は勇者の事について話している。彼らは仲がいい。愛妾の子供達に地位を奪われたくないとの思いが息子達を結束させているのだ。


「お父様はもっと異世界人を活用すればいいのに、使い方が下手だからああなるんですよ」

「そうだな。召還して操って『はい、魔王を倒しに行けー!』では、上手く行くはずがないんだよな」

「そうですよ。記録でもある程度は修行させていたっていうのに。まったく。お父様は本当にせっかちなんだから」


 話はだんだん愚痴になっていく。


「僕だったらもっとうまくやるのに……」

「それは俺も同感」


 メインディッシュに移ってもまだ愚痴は続いている。


 結局召還を止める気はないのね、と言わないようにするのが大変だ。


 エルシーから見れば、勇者召還は結局は自分たちの首を絞めているだけにしか見えない。魔族はここ数十年攻撃などしていないはずだ。

 でも、そんな事を言えば自分の身が危ないので黙っておく。


 だから、結局は自分も同時に首を絞められているのだ。それがヴィシュ王国王妃の定めだ。それこそが自分の身分を正当化するものでもある。自分はあの愛妾とは違うのだと。その思考自体が恥ずかしくもあった。


「次の召還は僕たちがやりたいですね」

「それは無理だよ。召還を命じられるのは王だけっていう暗黙の了解があるんだから」


 無茶苦茶な事を言うクリストファーをマウリッツが止めている。


「でも、僕も異世界人を召還してみたいです。召還自体はトムがやるんだし、いいではないですか」

「子供みたいな駄々をこねるんじゃないよ」


 怖いもの知らずな弟をなだめる兄も大変だ。


 二人はしばらく召還に関わるの関わらないのと言い合いをしていた。

 しばらくしてマウリッツがため息をつく。


「わかった。じゃあお父様に相談してみたら? 『僕も勇者を召還してみたい』って。どうせ怒られて終わりだから。今、お父様は機嫌悪いから無理だね」


 マウリッツは冷たい声でそんな事を言った。


 だが、クリストファーはその非難を了承ととったようだ。満足そうな笑みを浮かべている。


「ありがとう。お兄様! 僕頑張ってみるよ!」


 無邪気に喜ぶその声とは裏腹に、クリストファーの目の奥は冷たく光っていた。何かよからぬ事を企んでいる目だ。そういう所は父親である王に似てしまった。

 単純馬鹿だというだけ王の方がまだマシだ。


 いつのまに息子まで危険な事を考えるようになったのだろう。


 昨日来た祖国の王である伯父の手紙に秘密裏に返事を書いた方がいいだろうか。エルシーはそんな事を考えながら心の中でため息をついた。

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