第21話 心配性な国民達
麗佳は久しぶりの自宅を満喫していた。
帰宅した晩は大好きな夫と義妹と共に、腹芸のいらないリラックスした夕食をとることが出来たし、夜はオイヴァの腕の中で落ち着いた睡眠をとることが出来た。
そしてその次の日である今日は、一日中ゆっくりしていていいと言われているので、のんびりと私室のテラスで日本語で書かれた図録を読みながらくつろいでいる。
明日はマリエッタとカイスリを招待して小さな茶会を開く予定だし、明後日は王宮魔術師の間で小さなパーティーをやる。そしてその次の日からは日常に戻るのだ。
なので一日中のんびり出来るのは今日だけだ。なので思い切り満喫する事にしている。
「妃殿下、お茶のおかわりはいかがですか?」
ヨヴァンカが声をかけてくる。
「そうね。いただくわ。たまには別の種類のお茶を飲んでみようかしら。ヨヴァンカ、何かおすすめのお茶っ葉はあって?」
「そうですね、今の季節だと……。ああ、そうそう。茶葉といえば、先ほどヴィシュ王国から新しい茶葉が届けられていましたよ。それにいたしますか? 届いたばかりなので季節にもあっていると思いますが」
「ヴィシュ王国から?」
それ大丈夫なの? という気持ちを込めながら言う。大丈夫だと思ってはいる。でも一応確認をするのだ。でなければ警戒心のない王妃として舐められてしまう。
王妃の間には信頼できる侍女しかいないが、普段からこれが出来るようになっておかなければならないと、オイヴァからもヨヴァンカからも言われている。
「魔術師と魔法使いによる毒見は済ましてあります。魔術師としての毒見は王宮魔術師長がしましたのでご安心ください。何でも妃殿下を不愉快にさせてしまったお詫びの品だとか。妃殿下が気に入ったものだとお聞きしましたのでおすすめしたのですが、いかがなさいますか?」
それでピンときた。麗佳を不愉快にした者はたくさんいた。でも、茶葉が絡んでくるのはあの貴族しかない。
「送り主はリーモラ子爵?」
「はい」
「緑茶ね?」
食い気味で言うとヨヴァンカが少し引いた。
「ひ、妃殿下?」
「ああ、ごめんなさい。説明しないと分からないわね」
ウティレにもう聞いていると思ったが、そうではないようだ。きっとユリウスには報告されているのだろう。そしてそのユリウスは妹ではなく直接
なので事のあらましを簡潔に教える。
「そんな事があったんですね」
「ヨヴァンカの指導のおかげで恥をかかなかったのよ。でなければ細かいマナーをあげつらわれてチクチク攻撃されていたでしょうね」
「それはようございました」
ヨヴァンカと目を見合わせて笑い合う。懐かしい雰囲気だ。まるで勇者時代に戻ったようだ。
「ねえ、ヨヴァンカ。ヨヴァンカも一緒にお茶しない?」
だからつい日本語で話しかけてしまう。ヨヴァンカは驚いた顔をした後、ため息をつく。
「妃殿下。褒めた途端にそれですか?」
「だって……」
唇を尖らせる。麗佳は昨日までずっと緊張の中で過ごしてきたのだ。少し我がままを言うくらいいいだろう。
大体、今、ヨヴァンカだけを残して他の侍女達が控えの間にいるのはそういう事だ。暗黙の了解だ。
そう思う事にする。
ヨヴァンカが苦笑した。折れたのだ。
「仕方がありませんね。では支度してまいります」
ただ、テラスでは目立つのでお部屋にして下さいと言われる。なのでサロンに移動する事にした。
「あら?」
さて移動しようと立ち上がった時、麗佳は中庭に見るはずのないものを見た。
変な組み合わせの男達が騎士に先導されて城に向かって進んでいる。おまけにその中の四人ほどが縛り上げられているのだ。そうして街にいるはずの護衛騎士に引っ立てられている。
縛り上げられていない魔族のほとんどには見覚えがあった。公務の視察の時に会っている者ばかりだ。
でも組み合わせは変だ。大きな街の神官が二人ほど、小さな町や村の町長と村長が合計五人、それぞれの場所にいるはずの護衛騎士が三人、そしてヴィシュとの国境沿いの領地を収めているカーカナ領の領主までいる。
「どういう事?」
思わず麗佳がつぶやいてしまったのも無理はないだろう。
「あ、妃殿下だ!」
キルカス村の村長がめざとくテラスにいる麗佳を見つけた。そしてほっとした顔をする。彼は人懐こいのだ。
「王妃殿下ー!」
町長達も口々に麗佳に声をかけてくる。麗佳は手を振ってそれに答えた。テラスには攻撃を弾く結界が張られているので出来る事だ。
縛られている男達が憎々しげに麗佳を睨んでくる。それには気がつかないふりをした。
***
麗佳がオイヴァに呼び出されたのは、それから二時間くらい後の事だった。
女官長に案内された所は国王のメインサロンだ。
部屋にはジャンとマリエッタもいた。二人とも居心地悪そうに座っている。
縛られていた男達はいない。きっと罪のある事がオイヴァに認められ、牢に連行でもされたのだろう。
そしてオイヴァの目の前のテーブルには何枚かの便せんが並べられていた。
「陛下、何があったのですか?」
オイヴァの隣の席についてから思い切って尋ねる。すると指で便せんを指し示された。
よく見てみれば、それはすべての元凶であるプロテルス公爵からの手紙だった。この手紙をジャンが持たされた事から全てが始まったのだ。
読まなくても内容は思い出せる。要約すれば、『勇者の彼女は預かった。助けたければ王妃が来い。ただしその場合王妃が魔王より勇者を大事にしていると国中の魔族に言いふらす』というものだ。
そういえばそんな脅しをされていた。後者は手紙を見るまですっかり忘れていた。でも今回はその後者の問題が起きているのだ。
「噂を流す者を何人か阻止出来なかったのですね?」
なるべくオイヴァを攻めないように淡々と事実を言う。オイヴァはため息をついて認めた。
「ああ。それでこの者達が、噂を流している怪しい男を見つけて街の護衛騎士に連絡してとらえてくれたんだよ。そしてその証明の為にも着いてきたんだそうだ。ついでにお前がどうなっているかも確認したかったのだそうだ」
「そうなのですね。ありがとうございます。助かりましたわ」
「いえ。王妃殿下の無事を大変喜んでおります」
彼らは、流された噂を聞いた時、麗佳ではなく、おびき寄せたプロテルス公爵に対して憤ったと言った。
そして、魔王が国のために本当に王妃を行かせていないか心配していたという。
王はまず国の事を考える。だから国のためになるのなら、自分の気持ちを押し殺してでも辛い決断をする事もあるだろう。それを理解していたからこそ心配になったようだ。
何人かの国民達にも『王妃は大丈夫なのだろうか』と相談され、代表として彼らが確認に来たという。
当然彼らは護衛騎士に確認しに行く。そこでプロテルス公爵の悪行について知らされ、余計に不安になったようだ。
噂を流した者はその土地の外に出る事を許されないまま捕らえられた。彼らは間違いなくプロテルス公爵の手下だからだ。
それでやっと勇者とその彼女がいる理由が分かった。事情説明の為に当事者は必要だからだ。彼らからも話を聞けば分かってくれるだろうと考えての事だったのだ。
麗佳は『王妃は無事で元気にしていますよ』という証明をするために呼び出したという。会話をさせれば彼らが安心すると考えたようだ。
「だってこんなおさな……いえ、可愛らしい方を危険にさらすなんて聖職者として見過ごせないと思いまして」
「そうですよ。こんな小さな方を! ……あ、申し訳ございません」
神官達が口々に言った。『幼い』だの『小さい』だの言われて複雑な気持ちになる。
そういう形容は昨日も聞いた。つまりは『子供王妃』だと言っているのだ。その表現はやはりあまり好きではない。
でも、昨日言われたのは悪意があっての呼び名だったが、この魔族達からはそんな雰囲気は感じない。本当に麗佳を案じてくれていたのだ。それが『幼く見えるから』というのは不満に思うが、嬉しいとも思う。
「皆様、わたくしを心配してくださったのですね」
今回の事は立場が悪ければもっと責められてもおかしくはない事だった。
でもみんなは噂を信じなかった。
どうやらみんなは麗佳の事を相当なお人好しだと思っているようだ。違う、と反論してみたが、『その通りだろう』とオイヴァにきっぱりと言われてしまった。
「その通りではありませんわ」
「そうか? この国に留まる決意をした経緯がもう『お人好し』に集約されていたと思うのだが」
どうやら麗佳の否定は聞いてもらえないようだ。楽しそうに笑いながらそんな事を言われる。
みんなも『配偶者である陛下がそう言っているのだから間違いない』と思っているようだ。納得した顔をしている。
「でもそのおかげでみんなに信じてもらえたんだからいいじゃないか」
それはその通りだ。
でも、これは麗佳の力だけではない事は分かる。
王であるオイヴァを信頼しているから、彼が選んだ麗佳も信じてもらえているのだ。でなければ視察の時にしか会っていない者達が駆けつけて来る事はない。
改めて自分は彼に守られているのだと、麗佳は改めて実感した。
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