第16話 誤解と説明

 姉が亡霊でも見たような顔をしている。ウティレは不愉快な気持ちを隠さなければならなかった。


 大体、エミールといい、この次姉といい、何でみんなウティレが死んだと思い込んでいるのだろう。


「マリエッタ・ストローブ様と、ベルマン侯爵夫人、カイスリ様ですね。魔王陛下の命であなた方を助けにまいりました」


 保護班代表であるイリーネが口を開いた。


「魔王の命令……?」


 先ほどまで恋人との再会を喜んでいたマリエッタが呆然としたように勇者から手を離す。


「マリエッタ?」

「ジャン。あんた魔王に何かされたの?」

「え?」

「だって変だよ。何で魔王の配下と行動してるの?」

「変!?」

「魔王に苦しめられてるっていう可哀想な女の子を助けに行くって話だったじゃん。何やってるの? 女の子はどうなったの?」


 マリエッタの素直な疑問にみんなは呆然とする。さすがにここで『おい! 俺たちはお前を助けに来たんだぞ! 何だその態度は!』と責める事は出来ない。


 ついでに『その「可哀想な女の子」は、逆にあなたを助ける為に指揮を取っていますよ』とも言える雰囲気ではない。


 そのかわりに男性陣がしたのはウティレをうながす事だった。ぐいぐいとウティレの背中を押して来る。


「いや、ちょっと何してるんですか!」

「頼むよ、ウティレ。多分俺たちじゃ怖がられて話にならないと思うんだ」


 騎士のクルトが情けないことを言っている。隣で侍僕のアンドレアスもうんうんとうなずいている。


「何言ってるんですか? クルトさんは陛下の直属の騎士でしょう!」

「お前だって陛下の直属の魔術師だろ?」

「アンドレアスさんまで! 俺はただの『見習い』ですよ!」

「見習いでも手習いでも、妃殿下の旅に同行させる為の腕は持ってるって陛下に認められてるだろ」

「いやいや、それはクルトさんも同じでしょう!」


 これは半分くらい演技だろう。言い返しながらも、ウティレはそれにきちんと気づいていた。


 本来なら説明をするのはジャンのはずだ。だが、その『勇者様』は、最愛の恋人に責められてたじたじしている。そうなると、次に説明するのに相応しい者は人間であるウティレなのだ。


 だが、怖がられるのも困る。なのでふざけ合って、『こいつは俺たちの仲間ですよ』と教えているのだ。かなりわざとらしいが。


 心の中でため息をつきながら、でも、しっかりとした足取りで人質二人の前に立つ。


「ウティレ……」


 姉がつぶやく。なんだかウティレを心から大事にしている姉のような態度だ。

 ムカつく。とてもムカつくが、我慢しなければならない。今は仕事中だ、と自分に言い聞かせる。


「久しぶりですね、カイスリ姉さま」


 ウティレの言葉に、カイスリが固まり、マリエッタと、何故かクルトが息を飲んだ。そういえば、昨日、王妃がウティレの義兄である侯爵と会う時、クルトはジャンと一緒に別行動していた。それで知らなかったのだろう。


「ウティレの姉ちゃん!?」

「あ、はい。一応血縁上は姉に当たります。俺はこっちに寝返っちゃったので、もう実家とは関係ありませんが」

「え? でもカイスリの弟さんは死んだって聞いたけど……。カイスリ? あ……」


 カイスリに真実を問いただそうとしていたマリエッタは、姉の表情を見て察したようだ。


「姉さま、俺は死んでなんかいません。亡霊でもありません。生きた生身の人間です」

「ウティレ……」


 姉はそれしか言えなくなったようだ。これでは真面目に話せない。ウティレはマリエッタの方を向いた。


「初めまして、マリエッタ様。魔族の国であるヴェーアル王国の王宮魔術師見習いで、王妃殿下の今回の旅の専属魔術師のウティレと申します」

「え? は、初めまして」


 突然知ってしまったたくさんの情報にマリエッタも混乱しているようだ。


「カイスリの弟さんなんですよね? 失礼ですが、どうして生きていらっしゃるのですか? カイスリの話では魔王城にスパイに行ってそこで殺されたって聞いたんですけど」

「普通はそう思うでしょうね」


 ずいぶんストレートに聞いて来る女性だ。ウティレは苦笑する。


「俺は、『魔王からの攻撃対策に使う魔道具』の材料を集めるためにヴィシュの王の使いとして魔王城へ送られたんです。当然『魔王の配下』に捕らえられました」


 魔族達が複雑な表情をしてウティレを見ている。今、ウティレは昔のヴィシュの味方だった時の視点で話をしている。だから魔王の事も呼び捨てで話している。

 でも、それは魔族から見ればありえない事だ。これはウティレにだって分かる。ここからどんでん返しをするから許して欲しい。


「でも、捕われた俺に対して魔王は寛大でした。本来ならその場で殺されてもおかしくないんです。実際、俺が提供する材料は、『魔王暗殺用に特化した剣』に使われるそうなので。召喚時にジャン様に手渡されていた剣ですからマリエッタ様も見ていますよね?」

「あれは『聖剣』じゃないんですか? ジャンに剣が手渡される時、『勇者の為の剣』と言われてたのに……」

「話を聞く限り、あれは間違いなく『暗殺道具』だよ」


 悲しそうにジャンがつぶやいた。

 とんでもない真実にマリエッタは呆然とする。


「そんな重罪人なのに、俺がそんな真実を聞かされてなかったと知った魔王は、軽い罰だけを与えて、寝返るのなら許してやると言って下さったんです。だから俺は得意の魔術を使って陛下に貢献しているんです」


 ただ、元刺客なので、そこまで信用はされていないのはよく分かる。だからこそ今回は王妃の旅に同行させ、姉に会わせる事でウティレを試しているのだろう。


「だから陛下が悪というのは嘘です。どうか信じていただけませんか?」


 どうして自分がこんな説明をしているのだろうとため息をつきたくなる。本来ならこれは王妃の仕事のはずだ。


 姉が『嘘よ……』とか、『そんなはず……』とかつぶやいている。普通に話しかけてくれれば答えられるのに独り言しか言わないのだ。とてももどかしい。


「だったら私を攫った魔族はどうやって説明をするんですか? ウティレさん? が助かったのは分かりました。でも、まだ完全には信じられません。実際に私は魔王の配下にこうやって捕まっているんです」


 代わりにマリエッタがきっぱりと反論する。


「失礼ですが、ウティレさんが助かったのは『男』だからではありませんか? 私が知っている攫われた人間は私を含め、両方とも女です。数年前に攫われたという女性は、魔王に監禁され、もてあそばれていると聞きました」


 魔族達が絶句する。当たり前だ。魔王が好色家だと勘違いされているのだ。


 今までの話を聞いていれば、それも嘘だと分かると思うのだが、そこはあんまり信じられないらしい。


「それに、見張りの男が言っていました。『俺たちの主がお前を可愛がってくれる』と。その『主』って魔王ですよね?」


 おのれ馬鹿公爵! 陛下の印象悪くして救出の邪魔してんじゃねえよ!


 そうウティレは心の中で叫んだ。きっと他の魔族達も同じような事を思っただろう。


 でもいつまでも怒ってはいられない。ここにいる者は魔王の汚名を晴らさなければいけないのだ。


 大体ここに王妃が来たら非常に気分を害するだろう。王妃にだけはこんな誤解を聞かせたくはない。


 イリーネがそっと進み出るのが見える。こういう説明は女である彼女からされた方がいい、と判断したのだろう。

 それに、彼女は王妃の女官だ。だから普段の魔王夫妻を良く見ている。これほどの適任はいない。そう思ってウティレはその場からどき、イリーネに場所を譲ろうとした。


「その発言した者の『主』は魔王陛下ではございません、ストローブ様」


 次の瞬間に聞こえて来た声に、魔族とウティレは固まった。


 みんな一斉にゆっくりと振り返る。


 今、一番この話を聞いて欲しくはなかった女性が堂々とその扉の前に立っていた。

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