第15話 敵地で

 離宮に入った途端に、あちこちから殺気が飛んで来る。


 普通はここまで分かりやすい殺気など出さないものだ。かなり舐められている。そうでなければ間抜けな連中なのだろう。


 殺気の感知なら麗佳も護身術の一つとして習った。ある程度は分かるようになったが、オイヴァからは『まだ甘い』と言われる。


 それほど王族というのは暗殺される可能性が高いのだ。おまけに麗佳は『元勇者』だ。今でも王宮にいる一部の魔族は麗佳に敵対感情を持っている。


「よくも図々しくのこのこと……」


 見張りらしい男の一人がつぶやいた。


 麗佳は静かに一歩足を踏み出す。もちろん後ろには側付きと護衛が控えている。


 今の麗佳は、ゴージャスだが上品に見えるダークブルーのドレスを身にまとい、高めに結い上げた髪に、王妃である事を示す小さなティアラをつけている。これである程度威厳が見せられたら嬉しい。

 このドレスにはオイヴァが施した防御と形状維持の魔法がかかっている。そのおかげでどれだけ動いても形が崩れないので、魔術解除の時は本当にありがたいと思った。おまけにクリノリンなども入っていないのでとても動きやすい。

 ティアラは侍女と物陰で合流した時に急いでつけてもらった。


「一体全体、あなた方は他国で何をしているのです?」


 練習しておいた冷たい声を出す。だが、怒りのあまりさらに声が低くなってしまった。


 ヴェーアル王国の王妃である麗佳は『茶番の演技』で見せたような、味方に対しての冷酷な物言いは絶対にしない。でも、敵に対しては冷たい対応が出来るのだ。そうしなければ相手はこちらを舐めてかかるのだ。


 だが、男達は怯まない。


「ふん。お前だってその『他国』に侵入しているじゃないか」


 麗佳も怯まない。こんな答えをされる事は想定内だからだ。


「わたくしは魔王陛下の命を受け、この国の王に許可をいただいてここにいるのです。あなた方がいる理由はただの犯罪ではありませんか」

「何だと?」

「『誘拐』は、まぎれもない『犯罪』ですわね」

「黙れ! 『子供王妃』が偉そうに!」


 後ろの方にいた男が怒鳴った。


 麗佳は、自分がヴェーアル王国内で『子供王妃』と呼ばれているのは知っている。好意的な魔族は愛嬌のある愛称として、敵対する者は馬鹿にする為の呼び名として使っているらしい。


 麗佳の今の年齢である『二十一歳』というのが、魔族では『四歳』にあたる事はよく知っているし、自分がこの地域で童顔と呼ばれるような顔立ちだという事も自覚している。


 だが、面と向かって、それも罵り言葉として呼ばれたのは初めてだ。


「王妃殿下に何て口を……」


 ドリスが憤っている。麗佳はそれを静かに手で制した。そうして敵に向かって笑みをむける。


「『子供王妃』という事は、わたくしをヴェーアル王国の王妃だと認めて下さっているということですわね」


 笑顔のまま揚げ足取りをしてくる『王妃殿下』に男達は何も言えないようだ。ぱくぱくと金魚のように口を動かしている。言い返されるとは思わなかったらしい。


 こんな事で動揺しているようでは『王妃』など務まらないという事を、きっと彼らは知らないのだろう。魔王との婚約期間に何度も浴びせられた罵声のおかげで、悪口に対してかなり耐性がついている事も。


「では、王妃として命じます。いい加減にこんな愚かな真似はやめ、人質を解放なさい。今、降伏すれば悪いようにはいたしません」


 そこで言葉を切って敵のいる所を見回す。

 麗佳が見たかぎりでは主犯である公爵はいない。卑怯にもどこかに隠れているのだろう。


「ただし、この後、わたくし達に攻撃を加えた場合、こちらも容赦はしないのでそのつもりで」


 高飛車に言い放つ。これは嘘でもはったりでもない。捕らえる為の魔術や魔法の準備を、麗佳達は密かに始めている。


「小娘が。ちょっと魔王陛下に気に入られたからって調子に乗りやがって……」


 男の一人がつぶやいたのが聞こえる。麗佳はすぐにそちらの方に厳しい目を向けておく。男は舌打ちをして大人しくなった。


 一番前にいた男が進み出た。麗佳に敬意を払うような仕草はしているが、目はこちらを馬鹿にしているのが見え見えだ。きっとこの男も影では麗佳の事を『子供王妃』と嘲笑っているのだろう。


「我々は主の命令で動いているのです。主様の許可をいただかなければ何も出来ません」

「そのあなたの『主』はどなたかしら? わたくしより身分が高い方ならば考慮いたしますけれど?」


 男の嘲りの言葉に麗佳は堂々と言い返す。男は怯んだ。当たり前だ。ヴェーアル王国で麗佳より身分の高い者は一人しかいない。


「もう一つ聞くわ。そのあなたの『主』はどちらにいらっしゃるのかしら。先ほどからちっとも現れないけれど」


 言葉の中に『あなた方は捨て駒に過ぎないのかしら』という意味を込める。男達は悔しそうに唇を噛んだ。


「主様は、プロテルス公爵閣下は、ここにはいません。でも……」


 そう言って男は言葉を切った。そうして麗佳を厳しい目で見て来る。


「調子に乗らない事ですな、。公爵閣下は必ずあなた様を見るも無惨な死体にしてくださいます。その時になって後悔しても遅いのですよ」


 それは明らかな宣戦布告だった。麗佳の呼び方がヴィシュ風の『様付け』にされている事からも舐められている事がよく分かる。

 だから麗佳もためらう必要は無くなった。


「ここにいる逆賊どもを一人残らず捕らえなさい!」


 声を響かせる魔術を使い、臣下と隠密に指示を出す。


 男達が一斉に麗佳に襲いかかって来た。それを護衛騎士であるゴスタが気絶させていく。

 もちろん麗佳もその侍女達も見ているだけではない。魔術や魔法で応戦し、気絶させたり縛りあげたりする。


 逃げようとする者は隣の部屋あたりで『ぐあ!』と悲鳴を上げているので、隠密にでも倒されたのだろう。


 しばらく戦っていると、突然、その場に綺麗な空間がぽっかりと現れた。どう見てもこれは魔法で作った転移空間だ。


「公爵閣下の支援か! 助かった!」

「おい! 待て!」


 怖じけずいた敵達が何人か空間に向かって逃げて行く。指示を出している男が声をかけても無視だ。

 こんな分かりやすい『罠』にどうして引っかかるのだろうと麗佳は呆れる。きっと臣下達も同じ思いだろう。


『まさか何も確認しないまま自ら飛び込んで来る愚か者がいるとはな』

『っ! へ、へい……うわああああ!』


 空間の中からオイヴァの冷たい声と、愚かな男達の悲鳴が聞こえて来る。


 オイヴァがこうする事は、事前に打ち合わせしていたから麗佳達は知っていた。

 それにしてもタイミングが良すぎる。さすが魔王だ。きっと麗佳達の話し合いと戦いを映像で見ていたのだろう。


「魔王陛下?」


 だが、念のため通信の魔道具越しに話しかける。ほどなくして画面にきちんと国王の正装をしたオイヴァが現れた。その後に、縛り上げられうめいている敵の映像も見せてくれる。


『よくやっているようだな、王妃。捕らえたゴミ共はこちらに捨てておいてくれ』

「かしこまりました、陛下の仰せのままに」


 敵の目の前で通信越しの王に臣下の礼をする。麗佳の臣下達もそれに習う。その公式のやり取りに敵達が怯んだ。


 これは魔王が王妃に命じた立派な公務なのだと目の前で示されてしまったのだ。


 すぐにゴスタと侍女達が、気絶した男達を空間に捨て始める。麗佳もそれに加わった。

 空中からも気絶した男が飛んで来る。これは隠密の成果だと分かった。

 そして魔道具の映像ではその捨てられた男達を、騎士が次々に牢屋に連行するのが見える。


 その様子を見て、残った逆賊達は目に見えて怯え始めた。


『こちらに来れば、言い訳くらいは聞いてやるぞ』


 仕上げとばかりに、オイヴァが甘い『飴』を投げた。この提案に乗らなければみんな殺す、とも思えるような発言だ。


 おまけに言葉に魔力が宿っている。それで、催眠系の魔法を使っていると分かった。

 その言葉に導かれるように、まだ残っていたリーダー格の男を含む逆賊達がふらふらと空間に向かって歩いて行った。


 これは人数と居場所の把握をしなければ出来ない魔法だ。だから麗佳達に人数をぎりぎりまで絞らせ、残りを片付けたのだろう。さすがだ、としか言いようがない。


『これで全員か?』

「いいえ。肝心の公爵がここにはいないようで……」

『ああ、聞いていた。きっともっとな所にいるのだろう』


 オイヴァが『安全』の言葉を強調した。それで麗佳にも公爵の居場所が分かった。

 だから『そうですか』とだけ答える。

 きっと、アーッレ王とプロテルス公爵は麗佳に最上の『罠』を用意しているのだ。麗佳を王宮に呼び寄せ暗殺する為の罠を。


『それよりお前達は保護班に合流しろ。あちらの様子も先ほど見たが、保護対象の二人が混乱している』


 それは分かる気がする。『魔王の命令』で捕らえられたはずなのに、どうして『魔王の遣い』が助けに来るのか分からないのだろう。麗佳だって同じ状況に陥れば同じように混乱する。


『公爵の捕縛は戻ってから一緒にしよう。わざわざお前が「罠」にかかってやる必要はない』

「はい」


 昨日と話が百八十度変わっている。それだけ、オイヴァは麗佳を守ろうとしてくれているのだ。そうして王としてどういう指示が的確なのか、常に考えてくれているのだ。


『それよりお前の仕事はマリエッタ嬢の保護だ。分かるな?』

「はい、陛下」

『それからベルマン家を味方につけよ。すぐにだ!』


 それは重い命令だ。確かにベルマン侯爵家がアーッレ王の魔の手に落ちたら危ない。その前に魔王家の味方にするのだ。


「かしこまりました、魔王陛下」

『期待しているぞ、王妃』


 もう一度臣下の礼をとる麗佳に、オイヴァは優しい声をかけてくれた。


 こうやってさらりとねぎらってくれるからずっと彼に仕えられるのだ。麗佳は改めてそう思った。

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