第17話 可哀想な魔王妃様?
マドモワゼル・ストローブ。
目の前の女性は確かにそう言った。
通訳の魔術かなにかで言葉は通じるようになっている。それでもそれは綺麗な発音で聞こえて来ていた。
でも、今のは少しだけどこかの訛りがあるように聞こえる。別に発音が悪いわけではないのだが、通訳で聞こえる模範の発音とは違うものだった。
「あの……」
マリエッタはつい口をパクパクさせてしまう。隣のカイスリも、ぽかーんとした顔で女性を見ている。
そうして、それはウティレを始めとする、魔王の配下も同じようだった。いや、あちらは明らかに内心パニックになっているようだった。
「妃殿下、今の話を聞いていらっしゃったのですか?」
その一人が恐る恐る尋ねる。女性はにっこりと笑って頷いた。まるで『大丈夫』と言っているようだ。
上品さを損なわない程度にフリルがついているダークブルーのドレス。上の方で丁寧に結われている黒髪。そして彼女の頭上には、ドレスに似た色の宝石が贅沢に散りばめられたティアラが乗っている。
そのどれもが彼女にとても似合っていた。
マリエッタにはこの女性が誰なのか検討はついている。でも、心のどこかが『そんなはずはない』と否定をするのだ。彼女がこんなつやつやの肌や髪をしているはずがない。こんなに健康そうなはずがない、と。
「魔王って金色の目をした男だって聞いたけど……? 私、
つい、ジャンに確認してしまう。ジャンは苦笑して首を振った。
後から考えれば『何を馬鹿な事を!』と思う質問だ。だが、この時はそんな馬鹿な言葉しか出て来なかった。
大体、魔王がマリエッタの母語であるフランス語の敬称で話しかけて来るはずがない。なのに、つい確認してしまったのは、彼女から出ている威厳が原因だった。
麗佳の側近や、魔王から見れば『いや、別に大した事ないだろう』という程度のものだったが、マリエッタには彼女の服装と相まってとても神々しく見えたのだ。
「それは私の夫です」
またフランス語が聞こえた。それは、マリエッタが内心で否定していた彼女の正体を証明するものとなってしまった。
「初めまして、ストローブ様、ベルマン侯爵夫人。わたくしはヴェーアル王国王妃、レイカ・ヴェーアルと申します。貴女達から見れば魔王の妻ですね」
そうしてだめ押しが来た。
今度は彼女がフランス語で喋っていない事が分かる。カイスリにも向けているからだろう。
「わ、私はマリエッタ・ストローブです。はじめまして」
「は、初めまして、魔王妃殿下。ベルマン侯爵の妻のカイスリでございます」
マリエッタとカイスリが緊張しながらも自己紹介をすると、王妃レイカは安心したように微笑んだ。
だが、それも一瞬だ。すぐに真剣な表情に戻る。
「ストローブ様、ベルマン侯爵夫人。反逆者の暴走を心よりお詫び申し上げます。それと、ヴィシュ王国との争いに巻き込んでしまった事も」
そう言って頭を下げる。正直、こんな高貴な装いをした人に頭を下げられるのは落ち着かない。
それでも今回の事はよほどの事なのだろう。王妃自らが助けに来て、こうして謝罪をしているのだから。
「謝らないでください。わ、私は大丈夫ですから」
必死に言うと、王妃レイカはゆっくりと顔をあげた。
マリエッタは改めて王妃の顔をじっくり見る。
少し幼さの残ったアジア人っぽい顔の少女。だが、マリエッタはアジア人にはそんなに詳しくない。だから彼女がどこの国の人なのかは分からない。
言葉遣いがある程度たどたどしかったという事はアジア系フランス人ではないのだろう。
「事情はここにいる臣下達からある程度聞いていると思いますが、何か気になる事でもありますか? 答えられる事であればわたくしが答えますわ」
じろじろ見すぎたのだろう。王妃が苦笑をしながらそうマリエッタに問いかける。
「いえ、大丈夫です」
まだ分からない事はいっぱいあるが、そういう事にしておく。
「ジャン、この人達、信じて大丈夫だよね?」
「大丈夫じゃなかったら僕はとっくに消されてオバケか何かがマリエッタの所に遣わされていると思うよ。王妃殿下や魔族達はそれくらいの力は持っているはずだから」
ジャンとこそこそ確認する。どうやら王妃レイカには聞こえたようで『そんな物騒な事を……』と笑っている。
「ベルマン侯爵夫人、今から貴女のお屋敷に転移します。そうして侯爵閣下の保護もさせていただきます」
王妃レイカはカイスリに向き合いとんでもない事を言った。
カイスリは唖然としている。無理もない。マリエッタも意味が分からないのだ。
「どういう事ですか?」
「向こうはウティレを動揺させるため、彼の姉である貴女を攫いました。その貴女が保護されたのです。今度は誰を人質にするかは分かりますわね」
「そんな……まさか……」
「可能性は潰さなければなりません。たとえ、相手が何も考えていなくても、です」
とてもしっかりしている少女だ。一国の王妃をやっているのだから当たり前なのだろうか。世の中の『王妃』というのはこういう感じなのだろうか。
マリエッタとカイスリは頷くより他はなかった。
「では、急ぎましょう。ウティ……」
「妃殿下!」
王妃がウティレに指示を出そうとした時、ウティレから警告が飛んで来た。同時に王妃が表情を引き締める。そうしてすぐに臣下に指示を出した。
部屋の空気が緊迫感のあるものになる。何があったのかマリエッタには分からなかった。
王妃の臣下がそっとマリエッタ達を奥の方に誘導する。安全な所へ避難させようとしているのだろう。
敵襲だろうか。言葉が通じる魔術も切っているようで、何を言っているのか分からない。
一瞬、麗佳の顔が般若のようになったのにはマリエッタは気づかなかった。それくらい混乱していたのだ。
その瞬間、王妃に何か怪しげな光が向かって来た。
王妃の侍女であろう女性が悲痛な声を上げた。
王妃は、恐怖のためか、それとも眩しいのか分からないが、丸めた手で顔を塞いでいる。
光が王妃を襲った。
「きゃああああーーーーーーーーーっ!」
王妃の耳をつんざくような悲鳴が部屋中に響く。
部屋はあっという間にいろいろな色の光で覆われていった。
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