第5話 怪物(モンスター)レイカの決意

 イシアル王国がそこまで罪悪感を持つ必要はない。でも、責任がないとも言えない。


 こういう時、どういう反応を取ればいいのか、麗佳にはまだ分からなかった。

 いつもは隣にいる魔王が何とかフォローしてくれるのだが、彼の一番の傷をえぐられて落ち込んでいるので何も出来ない。


「でもミレイア王太后殿下は100%好意でやってくださった事なのでしょう?」

「まあ、そうですけどね」


 ウィリアムが苦笑している。甘いと思っているのだろう。


「責めるならヴィシュの方でしょう? しっかりお叱りを受けているのに、その叱った人間が亡くなった途端にもとに戻るなんて。わたくしにはヴィシュ王国がイシアル王国を侮辱したとしか思えませんでしたわ。イシアルはもっと怒ってもいいはずです」

「勝手な事をして、と腹立たないんですか?」

「それはミレイア王太后殿下の大月さん……大月閣下への好意を全否定する事になりますわ。わたくしにはそんな事出来ませんもの」


 それに、彼女の好意も、麗佳が今生きている原因の一つだ。彼女が喜助を保護しなければ、麗佳は今こうしていなかった。


 ただ、オイヴァの気持ちは分からない。それに関しては麗佳が代弁するわけにはいかないのだ。

 とりあえずちらっとオイヴァを見てみる。そうしてため息をつきたくなった。


「陛下、『考える魔族』になっている場合ではないでしょう」


 ついそう突っ込んでしまう。故郷の世界で有名な銅像っぽい格好で座り込んでいるのはとても滑稽だった。

 オイヴァは静かに麗佳を睨む。なのに銅像ポーズは戻さない。


「私が考え事をするのはいけない事か?」

「いいえ」


 澄まし顔で返事してみるが、つい口元がひくひくするのを抑えられなかった。


「……レイカ」


 何が何やら分からないオイヴァに軽く説明する。オイヴァは苦笑して姿勢を正した。


「何を考えていましたの?」


 麗佳の質問にウィリアムが吹き出した。確かに今のタイミングでそのセリフを言っては笑われるのかもしれない。麗佳は別に受け狙いで尋ねたわけではないのだが。


「いや、イシアルの援助を素直に受けていいのかと悩んでいたんだ」


 オイヴァも気づいたようで微妙な顔をしていたが、すぐに話を戻す。

 きっと弟の事を思い出してもいたのだろう。でも、オイヴァはその事は言わないし、麗佳も聞くつもりはなかった。


「ウィル、これは罠ではないんだな?」

「大丈夫です。罠ならば僕を巻き込む事はないでしょうから。ヴェーアル王国の王妃が僕の一番新しい弟子だという事はイシアル王家も間違いなく知っていますし」


 それなら安心かもしれない。


「悔しいのは僕を関わらずを得ない状況に勝手に追い込んだ事ですね」

「すみません、先生」

「いいんですよ。イシアル王家が許可した以上、無視するわけにはいかないでしょう」

「助かるよ、ウィル。それで、レイカを行かせない方法なんだが……」


 オイヴァはまだそんな事を言っている。麗佳とウィリアムは同時に呆れた目を向けた。


「……そういう協力を求めてるんですか?」

「ちょっとオイヴァ! まだそんな寝ぼけた事を言っているのですか!?」


 二人は同時にオイヴァを責める。オイヴァは不機嫌そうに眉をひそめた。


「寝ぼけた事だと?」

「そうですわ。ここまで来て引き下がるのはどうかと思うのです」

「引き下がりはしない。お前の代わりに他の者を遣わせばいい」

「その考えが今回の事に繋がったのではありませんか!」


 また喧嘩になってしまった。ウィリアムがため息をついているのが見える。


「もし、お前に何かあったらどうするんだ。無責任だろう。お前が殺られたら、この城に滞在している人間達に差別の感情が向くのではないか?」


 何で負ける前提なのだろう。呆れて言い返そうとした時、目の前からひときわ大きなため息が聞こえた。


「オイヴァ陛下。それは妃殿下の教育係である僕たちの事も馬鹿にしている発言だとみてもいいのですね」

「え……」

「……先生?」


 ウィリアムは静かにオイヴァを見つめている。その空気はとても冷たい。


「妃殿下がそんなにあっさりと負けるわけがないでしょう。正直に言えば、僕がここに来た時点で、彼女の魔術の実力は陛下とほぼ同等。というか多少勝っていましたよ。いろいろ飛ばして覚えていたので、基礎はそんなにしっかりはしていませんでしたけど」


 こんなふうに褒められたのは初めてだ。素直に嬉しい。最後に余計な言葉もあったが、真実なので腹も立たない。


「元々魔術的カンもいいのでしょう。僕が教えた事をすぐに飲み込んでいく。戦いにおいては完璧とはまだ言えませんが、それはある程度の補佐がいれば問題ありません」


 ウィリアムはオイヴァの心配をばっさりと切る。

 今のは麗佳の魔術教師からの意見だ。でも、ウィリアムは『教育係である僕たち』と言っていた。それは護身術や剣術の教師の事も含めているのだろう。

 頑張ってよかったと素直に思う。


「『魔導師デイヴィス』がそこまで言うのなら大丈夫なんだろうな」


 そうしてオイヴァがあっさりと引いた。それだけウィリアムは世界中で評価されているのだ。


「そこまでの実力があったからこそ、二年前に召喚されてしまったんだと思うけど、それは幸運だったのか不幸だったのか……」

「え? わたくしの召喚はあちらのミスだったのでは?」


 ウィリアムがぽつりとつぶやいた言葉に思わず反応してしまった。そんな魔王妃の反応にその魔術教師はため息をつく。


 大体何を考えているのかは分かる。召喚の魔術については座学でやったが、使われる魔法陣には召喚する対象の特徴をきちんと書かなければいけないようだ。


 ただ、ヴィシュの魔術師が『魔王を倒せる者』とだけ書いたせいで、適当に麗佳が召喚されてしまったと思っていた。


 瀕死の先代魔王を殺すには誰でも良かった。あの剣を無抵抗の魔王に突き刺せばよかったのだ。

 その真実を先代魔王を見た瞬間に分かったからこそ、麗佳はすぐに魔族側に寝返ったわけなのだが。


 そんな事を先代についてはオブラートに包んで話す。


「僕は妃殿下が召喚された理由はそれだけではないと思います」

「それが魔術の才能か」


 オイヴァの問いかけにウィリアムがうなずく。


「そう。多分『魔術を操る魔族』の噂でも聞いたのでしょう」


 魔術を操る魔族。それは、今、麗佳の隣に座っている男に他ならない。麗佳との戦いの時、オイヴァは確かに魔術を使っていた。きっと他の勇者にもやったのだろう。


「わたくしはオイヴァ対策だったのですね」


 さらっとその魔族と手を結んだあげく、くっついちゃいましたけど、と心の中で言い添える。


「でも、勇者は結局ヴィシュを裏切った。おまけに権力まで持ってしまった。『だからこれ以上力を持つ前にその存在を消し去りたい』というのがヴィシュの国王の今の気持ちでしょうね」


 それは分かっていた。でも言葉にして言われると結構きついものがある。


「マリエッタとかいう今の勇者の恋人は魔王妃を呼び出す格好の『餌』なのでしょうね」


 餌、と言われて苦笑する。それではレイカが猛獣か怪物モンスターのようだ。まあ、アーッレ王にとってはそうなのかもしれない。


 アーッレ王とプロテルス公爵は、間違いなく麗佳を殺す気なのだろう。

 そうすれば魔王オイヴァを動揺させられる。その弱った所をついて、オイヴァも亡き者にする計画なのだろう。


 ラスボスの弱点である怪物。それがヴィシュ王族にとっての『魔王妃、レイカ・ヴェーアル』なのだ。


 そう考えると改めて腹が立ってくる。


 もちろん、はいそうですか、と死んでやる気は麗佳にはさらさらない。


 麗佳のするべき事は、罠にかかったふりをして颯爽と目的を達成すべき事だ。

 怪物扱いされているのならむしろ暴れやすいかもしれない。必要以上に暴れるつもりはないが。


「ちゃんと生きて帰ってくる」


 誰にでもなくそうつぶやく。


 言霊というものがあるならば、今はそれを最大限に信じたかった。

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