第6話 籠の鳥の不満

 兄と義姉は何も分かっていない。


 自室で生クリーム入りの甘いお茶を口に運びながらリアナはため息をついた。


「どうなさいましたか? 姫様」


 自分付きの筆頭侍女であるスオメラ公爵令嬢ホウルラが不思議そうに尋ねてくる。


「兄上達に意見が言いたいのだけど、出来ないのよね。兄上ってば頭が固くていらっしゃるから。カチカチなのよ!」


 これ幸いとぶつくさ言う。どうせ兄は聞いていないはずだ。きっと今頃は新しい勇者の監視に徹しているだろう。


「陛下にですか? 謁見の許可をいただいてまいりましょうか? 陛下なら喜んで許可を出されると思いますよ」

「でも用件を言ったら不機嫌になりそう。『お前は何も知らないんだから黙ってろ』とか言いそうだわ」


 昨日の会議室で目線だけで同じ事を言われたので、もう何も言えない。でも腹は立つ。


 一応今のところは次期王なので参加させたが、意見を言うのは許さないと言われているようだ。でもリアナは自分の考えが間違っているとは思えない。


「では王妃殿下を通されてはいかがでしょう」

義姉上あねうえに?」

「ええ。妃殿下なら姫様の話も聞いて下さるのではないでしょうか。たまに姫様がお勉強をおサボりになる時にもその時の状況を把握した上で見逃していただく事もあるでしょう?」


 最後のは嫌みだと分かる。リアナが授業を抜け出す時に迷惑をかけているのは、間違いなく目の前の侍女筆頭だからだ。


「義姉上ねえ……」


 リアナの義姉であるレイカはかなり兄から信用されているのはリアナも知っている。


 義姉を通せば、もしかしたらあの堅物の兄も話を聞いてくれるかもしれない。なにせ、外から見てすぐ分かるほどあの二人はラブラブなのである。


 魔王である兄と勇者である義姉が結婚したのは一年と少し前の話だ。

 婚約した頃は、とりあえず義務感で交際します、という雰囲気を醸し出していた。

 それが何故か婚儀の二ヶ月前頃から妙に仲良くなり、兄が義姉に甘い表情を見せる事が多くなった。

 そして最近はさらに親密度が上がっている気がする。周りの魔族達は、そろそろ王太子の姿が見れるのではないかと噂している。会議の後、宰相が義姉に必ずヴィシュに行く前には健康診断を受けてくださいと熱心に言ったのもそれ関係だろう。


 そんな義姉なのだ。『ねえ、オイヴァ』と甘えながら言ってもらえば兄も話を聞くかもしれない。


 そうと決まったら急がなくてはいけない。リアナはすぐに侍女に義姉への面会をお願いしに行かせた。この時間、義姉が休憩しているという事は知っている。


 だが、物事はそう簡単にはいかない。戻って来た侍女は申し訳なさそうな顔をしている。


「いなかったの? 義姉上」

「申し訳ございません。妃殿下は魔王陛下に呼び出されておりまして、陛下の執務室に……。話があるなら聞くと申しておりましたが、どうやら魔王陛下も同席するとかで……」

「えぇーーー!」


 つい、不満の声が出てしまった。兄はとことんリアナの邪魔をするようだ。


 ここで思い切り悪口を言ってやりたいが、きっと盗み聞きでもしているだろう。なので小声での『兄上のバーカ!』に留めておく。


 すぐにホウルラから『姫様!』と叱られてしまったが肩をすくめて終わらせる。


 とりあえずこれから行くと伝言を伝えてもらった。身内とはいえ、会うのが王妃でなく王なら、いつもよりきちんとした格好で行った方がいい。なのでメイクを直してもらう。


 そんな事をしているうちに兄から許可が下りた。『兄から』というところが気に食わないと思ったが、仕方がないだろう。


 リアナの私室から王の執務室は遠い。おまけに王に会うから転移魔法を使う事も許されない。


 昔、兄の部屋に突撃していた頃が懐かしい。

 あの頃は兄もリアナに優しかった。即位した途端厳しくなったのを寂しく思う。


 そんな事を考えながら廊下を進んでいると見知った男がこちらに歩いて来た。どこか悩んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。


 良かったと思う。これで彼がヘタレだったらどうしようもない。いや、そうだった場合、リアナが何もしなくても解決するのだからそちらの方が楽なのだろうか。


 男についている使用人がリアナを認めるとすぐに彼に耳打ちする。それを聞くと男はそっと壁際に寄り、リアナに道をあけた。


 普通ならリアナはそこを素通りする。だが、今は違う。城を案内でもしてもらっていたのだろうが、今、ここに彼がいるのはとても都合がいい。


「勇者ジャン様ね」

「は、はい、王女様」


 まさかリアナに話しかけられるとは思ってはいなかったのだろう。ジャンが焦っている。彼についている使用人も困ったような表情をしていた。


「あなた、今のままでいいの?」

「え?」


 いきなり本題に入ったのでジャンが戸惑っている。でもごちゃごちゃ説明している暇はない。そうしたら目立った上で兄に報告が行ってしまうだろう。


「マリエッタ嬢はあなたの彼女なんでしょう? いいの?」


 リアナがそう言った瞬間、ジャンの目が揺れた。


「やっぱり不満に思っていたのね!」

「王妹殿下、いけません、勇者様を挑発しては!」


 追求しようとするとジャン付きの使用人に文句を言われる。酷い言い草だ。別にリアナはジャンを挑発などしていない。


「どう言う意味かしら?」

「勇者様は昨日、『魔王陛下にこれ以上迷惑はかけられない!』と単身城を抜け出してヴィシュに向かおうとしていたんですよ」

「あら、いい事じゃない」

「とんでもございません! 止めるのが大変だったのですから!」


 ぷんぷんと怒る。


「今もどこかそわそわしているので、体を動かせば気晴らしになるのではないかと、お散歩にお連れしているのです。王妹殿下も余計な事を言わないで下さいませ」


 どうやらこの使用人は過保護のようだ。いや、過保護なのはこの国のトップである兄夫妻だろうか。


「あなたは当事者でありながら大人しく保護される事しか許されていない彼に何とも思わないの?」

「王妹殿下、いい加減にして下さいませ!」


 ついに使用人が怒鳴った。きっと我が儘娘だとでも思っているのだろう。解せない。リアナは当たり前の事を言っているだけなのだ。


 でもこれでは堂々巡りだ。どうしたらいいのか悩んでいると、ホウルラがそっとリアナの肩に触れる。


「姫様、落ち着いて下さいませ」

「ホウルラ! あなたも兄上側につくの?」


 苛ついていたせいでつい彼女にも噛み付いてしまう。ホウルラは困ったように笑った。


「そうではございません。でも、姫様はこれから勇者様の事で陛下に意見を申されるのでしょう?」

「そうよ!」

「でしたら勇者様もお連れしたらいかがでしょう。姫様だけでなく勇者様のご意見もあるのなら、陛下もきちんとお話を聞いて下さるかもしれませんよ。なにせ、今の勇者様は『賓客』ですし、無下にはなさらないのではないのでしょうか」


 優しく諭されリアナは考える。確かに彼女の言う事はもっともだ。でも、ジャンはどう思うのだろう。不安になってジャンを見る。


「ジャン様、どうなさるの?」

「魔王に迷惑にならないのなら」


 ジャンの言葉に彼の使用人が睨んで来る。きっと『迷惑です! ものすごく迷惑です!』とでも言いたいのだろう。でもそれは彼女が決める事ではない。


 とりあえず直前でも兄に先触れは必要だろう。そこは侍女の一人に目配せして行ってもらう。


「では行きましょうか、ジャン様」


 それだけ言ってさっさと先導する。ジャンに異議はないらしく、大人しく着いて来ている。


 後ろでジャンの使用人がため息をついたのが聞こえた。

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