第4話 転生王太后と召喚勇者
魔王夫妻とウィリアムは別室に移動する事にした。あまり広めて欲しくない話だからプライベートスペースがいいという事でオイヴァの私室に行く。
「よっこいせっと」
かけ声をかけながらソファーに座るウィリアムに苦笑が浮かんで来る。きっと、今の自分は隣にいるオイヴァと同じような表情を浮かべているのだろう。
「老人みたいだぞ、ウィル」
「老人ですよ、僕は。人間で二百歳を超えているんですから立派な老人です」
当の本人は別に気にしていないようだ。すました顔で微笑んでいる。
「王妃殿下は、何故イシアルがわざわざこんな手紙をよこして来たのかを知りたいんでしたね」
「はい。ウィリアム先生は理由を知っているのですか?」
「勿論。僕も当事者と同じ時代に生きていましたからね」
そこで麗佳は一人の異世界人に行き着く。イシアルに亡命し、そこの王太后に助けられた元勇者。
「喜助・大月様、ですね」
確認するとウィリアムはうなずいた。
「そう。それとミレイア母后様」
ミレイアというのは例の喜助を保護した王太后の事だ。長老陛下の妹だったと聞いている。兄である長老陛下と、従姉である当時のレトゥアナ王国女王、ラケル三世に溺愛されていたというのがとても有名だ。世界史の教科書に出てくるほどなのだからよっぽどなのだろう。
「ミレイア王太后殿下も、ですか?」
それでもそのミレイア王太后がそこまで関わっていたのは意外だ。確か、ヴィシュに抗議したと誰かに聞いた事があるような気がする。
そう言うと、ウィリアムが瞠目した。
「そんな事、誰に聞いたんですか?」
「え?」
「イシアルでも王族と一部の貴族しか知らない話です。そんな事を何故ヴェーアルの王妃である貴女が? 大体この世界に来てそんなに経っていないでしょう」
「え!? えっと……」
詰め寄られて面食らう。別に悪い事はしていないのだから堂々としていればいいのだが、ウィリアムの勢いがすごすぎるのだ。
それにしても自分はどこでその話を聞いたのだろう。急いで記憶のページをめくる。
誰だろう。オイヴァではないはずだ。大体、そうならとっくに本人がウィリアムに、これこれこういう時に話したのだと説明しているはずだ。どうしても内緒にしたい話ならテレパシーで叱られるだろう。
確かオイヴァと結婚する前だったはず、と考えて思い出した。
「先代陛下……お義父様からですわ。勇者時代に聞いたんですの」
それで二人は納得したようだ。オイヴァは少しだけ複雑そうな表情をしている。麗佳の勇者時代はオイヴァとは敵同士だった。その事でも考えているのだろうか。
「まあ、先代の魔王陛下ならご存知でしょうね。もしかしてオオツキ男爵の事も先代陛下から?」
「はい。……え? 男爵?」
つい聞き返してしまう。彼が爵位を受け取ったのは意外だった。どうやらヴィシュに返せと言われないために爵位を授けたらしい。
でも喜助はイシアル王国で功績をあげているわけではない。ただの亡命者だ。だから世襲の爵位はあげる事が出来なかったという。
きっと諸外国のアピールの意味もあったのだろう。私たちは勇者を冷遇していませんよ、と伝える意味も。
「よく父上が怒らなかったな」
オイヴァがつぶやく。よく考えればそういう見方もあるのだ。これは先代魔王が喜助を『被害者』と見ていたから問題にならなかったのだ。いや、イシアル王家はそれを知った上で喜助に爵位を授けたのだろうか。
オイヴァだったらきっちり罪は償わせるはずだ。どんな理由があったにせよ、喜助はオイヴァの祖父にあたる魔族を殺しているのだから。
麗佳が生きているのは、先代を殺していないから。それはよく分かっている。
「それにしても何故ミレイア王太后がこの問題にしゃしゃり出て来たんだ?」
それは麗佳も疑問に思っている。ただ、喜助に同情したという理由だけでほいほいと抗議が出来るのだろうか。大体、ミレイア王太后は当事者ではない。口を出せる立場ではないのだ。
ウィリアムはすぐに上の方を見る。きっとイシアルからの隠密を気にしているのだろう。目線だけでやり取りをしているのかもしれない。
そしてすぐに真剣な顔で麗佳達と改めて向き合う。どうやら許可が下りたようだ。
「この部屋に防音の結界を張りますね」
「ああ」
ウィリアムはオイヴァの返事を聞くとすぐにフィンガースナップをした。すぐに部屋が薄い膜で覆われる。
「すみませんね。昔は普通にみんな知っていた話だったのですが、最近のイシアル王家はこの事を秘匿したがっておりまして」
そんな大事な秘密を麗佳が知っていいのだろうか、と思うが、イシアル側が許可を出しているので問題はないのだろう。
「元々、アイハをはじめとした国々は、ヴィシュの暴挙をよくは思っていませんでした」
ウィリアムの話はアイハの歴史から始まった。
オイヴァの伯母にあたる昔のアイハ王妃が、夫王に、ヴィシュの勇者召喚を止めるため、侵攻して欲しいと頼んだ。妃を大切に思っていた王はすぐにそのお願いを聞こうとする。魔術攻撃を得意とする公爵家に力を貸すように命じたのだ。
しかし、その公爵家は反対をした。その頃は他の国から領土を狙われていたりして、とても他国に援軍を送るなどという事は出来ない状態だった。もし、ヴィシュに遠征などすれば隙ありと狙われてしまうかもしれない。
おまけに、当時は勇者の魔王討伐は一度も成功していなかったので、わざわざヴィシュ王国を滅ぼす意味というのが分からなかったのだ。
それに王は憤った。そうしてその一族を力でねじ伏せようとした。
だが、そんな事で負けるほどその一族は弱くない。結局それは大きな内乱になり、国王は戦で倒された。同様に王妃——オイヴァの伯母——も殺された。
そうして、若い王太子が監視付きで王位につけられたという。
その事から他国の争いに当事者でもないのに口を出すのはタブー視されてきた。
この話は麗佳も歴史で習った。でも『もう知っています』と言う気はなかった。それを言ったらウィリアムに失礼だ。
このオイヴァの伯母の話は魔族側でもあまり良くは思われていないようだ。魔族達も勇者など大した存在ではない、とその頃は思っていたのだと聞いた。
「大月さんが……魔王を倒してしまう勇者が現れたから、周辺諸国も黙っていなかったという事ですか?」
正解だろうと思ったがウィリアムは首を横に振る。
「いや、これはミレイア母后様個人の問題だったのです。確かにきっかけはオオツキ男爵ですが……」
そう言ってため息をつく。麗佳の予想が違うなら何なのだろう。魔王夫妻が考え込んでいるとウィリアムは小さく笑った。
「魔王陛下? 一つ質問しましょう。ミレイア母后様の特徴は?」
「は?」
いきなり質問されオイヴァが戸惑っている。
「えっと茶色の巻き毛と黒目? 色以外はラケル女王に瓜二つ?」
「それは外見的な特徴ですね。じゃあ質問の仕方を変えましょう。ミレイア母后様といえば?」
「……『記憶持ち』?」
「そうです」
記憶持ちとは何だろう。一体何の記憶を持っているのだろう。オイヴァとウィリアムは分かったように話しをしているが、麗佳には分からない。
ラノベでは記憶といえば前世の記憶だが、そういうやつだろうか。
「それは『転生者』の事ですか?」
『転生者』を何と言うのか分からないので、通訳魔術を使って日本語で問いかける。
麗佳の問いかけにウィリアムがうなずいた。
「そうですね。そういう言い方もあります」
どうやらあっていたらしい。
こちらでは死んだら生まれ変わるというのが一般的な常識のようだ。そうして転生した人間の中には前世の記憶を持って生まれた者もいる。そういう者の事を総称して『記憶持ち』と呼ぶのだそうだ。
それならミレイアが喜助に同情した理由も分かる。麗佳が他の勇者を気にかける理由と同じだ。
でも驚きはそれでは終わらなかった。
「どうやらオオツキ様は母后様の暮らしていた国の先人らしくて、過去の人に何て事を! と憤ったんですね」
そうしてヴィシュに『勇者の国の未来人の生まれ変わり』として抗議出来た。ヴェーアル王国侵略ではなく『勇者召喚』に抗議したのだ。
これに先代魔王も賛同したらしい。
関係ない者を巻き込むな。そんなに攻撃したいなら手前でやれ! そうしたらしっかり反撃してやるから。
そういう風に啖呵を切られたヴィシュは拳を引っ込めるしかなかったようだ。
そうしてヴィシュには怒りだけが残った。
いくら転生者として抗議していたと言っても、ミレイア王太后は大国の権力者なのだ。ヴィシュ王家としては、力で押さえつけられているとしか考えられない。
おまけにミレイア王太后のバックにはアイハ王とレトゥアナ女王がいるのだ。
そうしてその怒りが溜め込まれたまま何十年も過ぎた。
「それでミレイア母后様がお亡くなりになってすぐにあの悲劇が起きたのですよ」
「悲劇……?」
「勇者によるヴェーアル王国第二王子殺害です」
その言葉はとても重く重く響いた。
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