第2話 緊急会議

 宰相をはじめ、何人もの魔族が新しい勇者であるジャンを睨みつけている。面倒ごとを持ち込みやがって、と彼らの目が言っていた。

 これはいたたまれないだろう。麗佳は密かにジャンに同情した。


「やめよ!」


 さすがにこれはオイヴァもいけないと思ったのだろう。厳しい声で臣下をたしなめる。さすが国王と言いたくなるほど威厳のある姿だった。


 今朝とは大違いだ。勉強から逃げ出すときのリアナそっくりの顔でそっぽを向いていた姿を思い出してため息をつきたくなる。


 でもそんな事はしない。これはきちんとした会議だ。王妃がため息をついていい場所ではない。


 ちなみにそのリアナも、ちゃっかりと勇者睨み隊に加わっていた。きっと後でオイヴァにこってりと絞られるだろう。


「しかし、陛下!」


 オイヴァに厳しく言われてもまだ納得がいかないらしい騎士団長が食い下がった。


「何だ?」

「い、いえ、何でもありません」


 しかし、オイヴァの一睨みで引き下がる。


「すまないな、私の臣下が」

「あ、いや、その……」


 その威厳のある王に謝罪され、ジャンは戸惑っている。きっとどう返事したらいいのか分からないのだろう。相手は一国の国王で、おまけに通称が『魔王』なのだ。少し怯えているのもあるのかもしれない。

 陛下はあなたを取って食ったりはしませんよ、と言ってやりたいが、さすがにそれは言い過ぎだろう。それに、またこっちにない表現だったら後々問題になってしまう。


「それから、異世界の国同士の争いに巻き込んでしまって申し訳ない。改めて謝罪させて欲しい」


 オイヴァが頭を下げた。麗佳も隣でそれにならう。


 その場が騒然とした。

 当たり前だ。本来なら国王夫妻が誰かに頭を下げるという事はめったにない。


 でもジャンはこの国どころかこの世界の人間ではない。おまけに被害者なのだ。


「あなたのせいじゃないでしょう? 悪いのはぼくたちを呼び出したあげく、マリエッタを攫ったアーッレとかいう隣国の王なんですよね?」


 ジャンの言葉にオイヴァは困ったように笑う。


「確かに黒幕はヴィシュ王国のアーッレ陛下だ。だが、実行犯は我が国の魔族だそうだからな。それも元筆頭貴族の家臣。こちらも『裏切り者が勝手にやった事』で済ますわけにはいかないのだ」


 オイヴァ以外の誰もが何も言わない。いや、何も言えないのだ。言うには空気があまりにも重すぎる。


 謝罪する理由は他にもあった。


 麗佳達はアーサーの時と同じように召喚を見ていた。だからマリエッタという女性が恋人の召喚について来てしまったのも見ていた。


 だが、麗佳達は油断をしてしまった。前回のアーサーの時に大成功したので気が緩んでいたのだろう。おまけにジャンは他のパーティメンバーを拒否してマリエッタだけを連れて行っていた。そうして前回の警告が効いたのかジャンは操られなかった。

 だから油断してしまった。ジャンとマリエッタはまっすぐラヴィッカに来ると信じ込んでしまったのだ。

 それがこの結果だ。悔やんでも悔やみきれない。


 きっと、洗脳より楽だと踏んだのだろう。魔族に彼女を攫わせれば、当然それに魔王が関わっていると思ってしまう。そうしてジャンに魔王を憎ませる予定だったのだろう。いや、『だろう』ではない。麗佳の憶測は間違っていない。そう確信できる。


 そしてあの手紙だ。あれは制裁のつもりなのだろう。勇者でありながら召喚国を裏切った麗佳への。


 お人好しな魔王妃ならこんな事があればマリエッタに同情して駆けつけると思われているのだ。理由は別としてその通りに動かざるを得ないのが悔しい。


 それでも売られた喧嘩は買わなければいけない。


 いや、喧嘩を売ったのはこっちだ。アーッレ王はそれを買ったにすぎない。


 だったらそれに見合う『商品』を渡すべきなのだろう。


 アーッレ王にとって一番腹立つのは、麗佳が彼の計画通りに——もちろん魔王オイヴァの命令を受けた上で——ヴィシュへ行き、だが、あっさりとマリエッタを奪還してしまう事だ。


 だから行きたいとオイヴァにしっかりと言った。その結果が今朝の喧嘩だ。オイヴァはそんなのは無理だと決めかかっているのだ。麗佳がヴィシュに行けば、アーッレ王の手に落ちてしまうだろうと。


 あの喧嘩に巻き込んでしまったウティレには申し訳のない事をした。日本で言えばまだ高校生の年齢であるウティレにあんな喧嘩を見せるべきではなかった。大人気無いと言われても反論はできない。


 ちなみにウティレは麗佳の味方をしてくれたと麗佳自身は思っている。


——俺は元々不法侵入者だったので何も言えません。申し訳ございません。


 『知るか! 勝手にやってろ!』という空気を醸し出していたが、間違いなくあの言葉は麗佳に味方する言葉だったはずだ。


 まあ、オイヴァに言わせれば『ウティレは私の味方なんだな』になってしまうのだが。


 結局、あの喧嘩で結論は出なかった。ウティレでは鶴の一声にならないのだ。


 大体、こんな大きな問題を国王夫妻が勝手に決める事は出来ない。結果次第では国に大きな影響がある。なので重臣を集めたのだ。


 そんな事を回想しながら話はしっかり聞く。みんなはこの国が勇者の彼女を助ける事をあんまり良く思っていないようだ。


「ジャン様は『勇者』なんでしょう? あなた様が助けに行けばいいではないですか。マリエッタという方が大事なのでしょう?」


 リアナが厳しい事を言う。オイヴァがリアナに咎めるような目を向けた。そのまま目線だけで兄妹喧嘩が始まる。


 でも目線だけでは肝心な説明が出来ない。つまり時間の無駄にしかならない。ため息をつきたい気分だ。


 どこからか麗佳にも目線を感じた。そちらを見てみると、騎士団長が麗佳を厳しい目で見ている。『王妃殿下に来た挑戦状なのだから殿下が受ければいいではないですか』と彼の目が言っている。


 麗佳も同意だ。騎士団長は、まさか王妃が行く事を嫌だと思っているのが、王妃本人ではなく魔王の方だとは思ってもいないのだろう。だから『弱気な王妃様』を叱る。


 でもこれは逆に麗佳にはありがたい。喜んで乗る事にする。


「あの……陛下。やはりわたくしが……」

「その事は朝のうちにきちんと言って聞かせたはずだ」


 遮られた。そんなに行かせたくないのだろうか。やはり騎士団長はこんな事は予想していなかったらしく目をぱちくりさせている。


「陛下はわたくしを信用していないのですね?」


 だが納得はいかないので畳み掛ける。オイヴァはため息をついた。


「レイカ」


 オイヴァの口から何故かものすごく優しい声が出て来る。どこか甘やかすような声だ、と麗佳は思った。


「お前はもう王族だ。王族はそれに相応しい行動を取らなければいけないんだよ。わかるな?」

「ええ。ですから王太子時代のオイヴァ様を見習っているのです」


 速攻で言い返す。オイヴァが苦い顔をしている。オブラートには包んでいるが、『あんたには言われたくない!』とばっさり切られたのだから当たり前だろう。


「だって出会ったときのオイヴァ様は……」

「もういい! わかった!」


 続けようとすると慌てて遮られる。思い切り褒めてあげるつもりだったのに残念だ。


 周りの魔族達が苦笑している。『陛下、弱っ!』とか思われていたとしたら申し訳ない事をした。それでも意見を曲げる気はないが。


「お待ちください、王妃殿下!」


 そこに待ったをかける者がいた。オイヴァが嬉しそうに口角をあげるのが見える。『にっこり』と『にやり』を同時に出来るのは相当器用なのだろう。麗佳だったら出来ない。


「どうなさったの? 宰相」


 麗佳は宰相であるスオメラ公爵に向き直った。


 スオメラ公爵はプロテルス公爵とは違う意味で『野心家』の男だ。でもプロテルス公爵みたいに悪事はしない。あくまでもしっかり忠実に仕えた上できっちり見返りを要求するのだ。口にはしないが麗佳は犬みたいだと常々思っている。幼い頃に飼っていた犬にそっくりなのだ。もちろん顔がではない。


 その子供たちも父親に倣っている。スオメラ公爵の三女はリアナの筆頭侍女をしている。リアナをプロテルス公爵令嬢の虐めから率先して守っていたのは彼女だ。


 だからこそ、筆頭貴族のプロテルス公爵ではなく、彼が宰相職についている。ご褒美を下さいオーラは困るが、きちんと補佐をしてくれるのは王家としてもありがたいのだ。


「殿下の気持ちは分かりますが、あまり早まらないで下さい。『慌てるものに失敗は近寄る』と言うでしょう?」


 公爵の言う事はもっともだ。日本語でも『急いては事を仕損じる』とか『急がば回れ』という言葉がある。ありがたい忠告だ。


「でも、時間はあまりありませんわ」


 それでも麗佳の気持ちはものすごく焦っている。


「それで、妃殿下はそのマリエッタ嬢がどこにいるのか分かっているのですか?」


 スオメラ公爵が大事な事を聞く。


 マリエッタの誘拐を命じたのはアーッレ王だが、実行犯はプロテルス公爵の手の者。つまり、プロテルス邸かヴィシュ王城か、それとも他の麗佳達の知らない場所か、どこに閉じ込められているのかまだ分からないのだ。


 無意識にヴィシュ王城にいると思っていたが、それは早とちりだったのかもしれない。


「そうだな、ヴィシュ城以外にも誰かを偵察させなければな」


 オイヴァが先ほどとは違い冷静に言う。これは麗佳も頷かざるを得ない。隠密なら一日もかからず調べあげてくれるだろう。もしかしたら密かに助け出されているかもしれない。


 だが、そんな期待は長くは続かなかった。


——陛下、会議中申し訳ございません。


 魔法に乗った声が麗佳の耳に響く。オイヴァが一瞬眉をあげた。他の魔族が顔を上げない所をみると、魔王夫妻にだけ聞かせているのだろう。これは隠密の長の声だ。


——どうした?

——実は部下の一人がヴィシュの魔術の罠にはまってしまって……。

「え!?」


 つい声をあげてしまった。長の声を聞いていない者達が訝しげな顔をする。


——申し訳ございません。それで、王妃殿下とラヒカイネン男爵閣下に彼を見ていただけないかと……。

——分かった。すぐに向かおう。


 会議の途中だが仕方がないだろう。きっとこれはマリエッタの件に関係がある。そんな気がするのだ。


 オイヴァは丁寧に臣下達に詫びを伝える。そうして麗佳、ヒューゴ、そして王宮魔法使いの長であるエマについて来るように命じる。もちろん勇者に関する事で火急の用事が出来た事は伝えた。


 そこまで大事でなければいい。念のためにウィリアムに連絡するよう魔力越しに隠密の長に命令しながらも麗佳はそう願った。

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