第22話 実況中継

 美しい魔法陣に乗ったエミールが目の前に現れる。


 どうやら生きていたらしい。おまけに臣下のたくさんいる前でご丁寧に魔法陣まで使って魔王に送られて来たのだ。


 新しい魔王の狡猾さは相変わらずだ。婚儀のときの得意そうな顔を思い出し、アーッレは心の中で舌打ちをする。


 でもまだパオラや勇者が残っている。ただ、彼らは魔王に懐柔されてしまったかもしれない。


 ただ、パオラは結構失言をする癖があるので、魔王を怒らせている可能性がある。そうしたら怒った魔王によって惨殺されているかもしれない。


 もし、そんな事があれば、そろそろあの裏切り者の女勇者も自分の過ちに気づくのだろう。だが、そうだったとしてももう遅い。


 いずれ、魔王が倒れた時に思いっきりプライドを傷つけて殺してやるのだ。そうして一度は愛した魔王と共に逝けばいい。


 でも、今はそれよりエミールの事だ。アーッレはエミールを睨み据える。


「よくものこのこと帰って来れたな。仲間を見殺しにして自分だけ逃げ帰るとは」


 間違いなくエミールは魔族に丁重に送られて来たのだが、そういう風に解釈させておく。周りに人がいるからだ。


 エミールは無言でアーッレに臣下の礼をとった。いつもは必ずおべっかを使うエミールが無言なのは不自然だったのだが、アーッレは気づかなかった。いつもはおべっかなどは聞き流していたからだ。


「魔王から手紙を預かってまいりました、陛下。必ず読むようにとのご伝言です」


 エミールはそう言って綺麗な白い封筒を差し出す。封筒は金色の立派な封蝋がされていた。こういう所も人間を模倣していて腹が立つ。


 納得がいかずに封筒を凝視する。すると封筒が『さっさと開けろ』と言うようにアーッレの手の中でカタカタと震えた。


「魔王め……」


 憎々しげにつぶやいてから封を開ける。


 その中身はさらに憎らしいものだった。


 エミールはこうして無事に送った。もし、この後でエミールが死んだとしても魔王家は全く関与をしていない。今、あなたの周りにいる臣下達がその証人になってくれるだろう。


 手紙の最初の部分を要約すればそういう事だった。おまけに空中に文字を浮かべ、それを臣下達にも読ませるという念の入れようだ。


 昔、両親が教えてくれた通り、本当に魔王は憎々しい化け物だ。

 舌打ちをすると臣下が小さくびくりとする。それもアーッレをイライラさせた。


 続きの文に目をやる。


 どうやら魔王はこれから何かのパフォーマンスを用意しているらしい。だが、それは嘘だろう。遠く離れた外国でそんな怪しげな企みなど出来るわけがない。


 そう思った瞬間、手紙が鋭い光を放った。それはアーッレの手から離れ、宙を舞い、大きな光の板になる。


 一体これは何だろう。これこそが、魔王の言うところの『パフォーマンス』なのだろうか。これから一体何が始まるのだろう。部屋にいる他の者達もどこかびくびくと怯えている。


 アーッレ達がそんな風にざわざわしているうちに光の板に色がつき始める。しばらく見ていると映像が現れた。


 それを見て息を飲んだのは誰だったのだろう。もしかしたらその場の全員だったかもしれない。


 そこに映っていたのは魔王とその妃、そして五ヶ月ほど前に召喚した新しい勇者だった。


 そこには魔王の王妹であるリアナや、麗佳の侍女のヨヴァンカ、他の魔族の使用人、そして魔術師長のヒューゴなどもいたのだが、彼らの関心は一番目立つ三人にしかいなかった。


 アーッレは勢いよくエミールを振り返る。真っ青になっているかと思っていたがそんなことはなかった。


「どういう事だ」


 厳しく問いかける。だが、エミールは静かにアーッレを見つめるばかりだ。


「答えよ、エミール!」

「魔王が国王陛下に是非観ていただきたいそうです」


 エミールはそれだけを言う。その姿は妙に不気味にうつった。いつもならこんな失態をすれば、床に額を擦り付けんばかりになって謝罪をしまくるはずだ。

 そのエミールが落ち着き払っている。これは誰かの干渉がかかっているとしか思えない。


「エミール、何をされた?」

「魔王妃から伝言です」


 エミールは問いかけを無視する。腹が立つが、あの生意気な元女勇者からの伝言は気になる。アーッレは先をうながした。


「『もし、人を操るのなら同じような「お返し」をされる覚悟はしておくべきだと思います』」


 その言葉でよくわかった。つまりエミールは魔族側の誰かに操られているのだ。


「『それとエミールはあなたの臣下なのですから、解いた後のケアはそちらでして下さいね。では映像をゆっくりと楽しんで下さい』だそうです」


 ぼうっとしたままそんなとんでもない事を言う。こんな事を言われて映像を楽しめるわけがないだろう。


 でもあの三人が何をするのかは気になる。とりあえず画面を見る事にした。


 目の前には術が解けて、へなへなと床に座り込んでいるエミールがいるのだが、そんなものはアーッレの目には入らなかった。


「お世話になりました。オイヴァ王、レイカ王妃」


 最初に聞こえたのは新勇者の声だった。その言葉だけで歯ぎしりをしたくなる。

 どうやら新しい勇者も魔王の毒牙にかかったらしい。


 だが、今は臣下の前だ。そんな情けないことは出来ない。


 魔王と裏切り者の元女勇者は新勇者の言葉に嬉しそうな笑みを見せる。


「また遊びにいらして下さいね。手紙も書きますから。ねえ、オイヴァ」

「そうだな」

「でも読めませんよ」

「文字に翻訳魔術を埋め込んでおきますわ。それかわたくしが英語で書くか。そうなったらもっと勉強しなくてはいけませんけれど」

「だったら俺も日本語を勉強しますよ。そして交互にそれぞれの言語で書けばいいんです。そうすれば平等ですね」

「ちょっと待ってくれ。普通に話を進めているが、そうなると私は両方学ばなければならなくなるだろう」

「じゃあ今度お父様達に頼んでテキストを送ってもらいましょうか」

「それよりアーサー、今度魔族語の本を贈るから勉強するといい」

「マジか! ……じゃなくて、はい、分かりました、オイヴァ王」


 そんなくだらない事を喋りながら、ははは、ほほほ、と笑い合っている。


 憎たらしい裏切り者達の宴に腹立たしい思いしか沸かない。


 それにしてもこれはどういう事なのだろう。何故新しい勇者が魔王達に『お世話になりました』などと言っているのだろう。新勇者はどこかに追いやられるのだろうか。そうだったらこちらが拾ってやってもいい。


「ほら、何をしているの、パオラ。こちらにいらっしゃいな」


 憎っくき元女勇者がパオラをうながしている。どうやら魔王達はパオラも取り込んでしまったようだ。

 でも、パオラが泣いているのはどういう事だろう。いじめられてでもいるのだろうか。そうなったらつけ込む隙が出来てありがたい。


「うっ! ぐすっ! アーサーさん……」

「ちょっと。泣くなよ、パオラさん」

「だってぇー……」

「これからたくさん勉強して立派な騎士になるんだ、って言ってたじゃないか」

「それとこれとは関係ないんです!」


 どうやら新裏切り者の勇者との別離が悲しいらしい。思っていた理由と違って腹が立つので一つ舌打ちをした。


「また会えるわよ」

「……はい」


 憎たらしい元女勇者がパオラを慰めているのも同時に腹が立つ。

 それでも、これは向こうからの宣戦布告に間違いはない。だったらアーッレはこのまま映像を観るべきなのだ。


「パオラさん、外国でも頑張るんだよ」

「はいっ!」


 どうやらパオラは外国に逃げるらしい。新裏切り者の勇者が優しい声をかけている。


 パオラの家族を人質にでもとってやりたいが、彼女は親に追い出される形——いわゆる口減らし——で騎士の試験を受けたと聞いている。上手くはいかないだろう。


「ア、アーサーさんも頑張って下さい!」

「何をだ!? 俺は家に帰るだけだって!」

「え? し、仕事とか?」

「あー……どうなってんだろうなぁ……? あっちに一方的に手紙は送ったけど、信じてもらえてなかったらどうしよう」

「職場にでも送れば信じてもらえるのではないか?」

「えー! いきなりオフィスに送られるんですか? でもいい考えかもしれませんね」


 何の話だろう。今、彼らは新勇者が家に帰ると言ったのだろうか? 新裏切り者の勇者の『家』は異世界にあるはずだ。そうして異世界にはそんなに簡単に行き来出来ない。召喚だって何人もの魔術師が苦労して魔術を使って呼び出すくらいだ。

 なのに、新裏切り者はあっさりと『帰る』という。


「どういう事だ?」


 ぽつりとつぶやくと、魔王が画面の方をちらりと見た。そして勝ち誇ったように嗤う。隣の裏切り者の元女勇者が呆れた目を彼に向けている。


 魔王は彼の妃の耳に何かをささやいた。彼女はさらに呆れた目になって『楽しみにしておきますわ』とつぶやく。


 明らかにあの二人はこちらを馬鹿にしている。


 国を滅ぼしてからなど生温い。近いうちに彼女をこちらにおびき寄せようと決める。そうしてたっぷりと拷問にかけてやるのだ。妃を傷つけられれば魔王だって自分の傲慢さを少しは反省するだろう。


 あの二人はこれからじわじわと追いつめて苦しめてやるのだ。

 そう考えると少しだけ気分がよくなった。


「そろそろいいか? アーサー」


 魔王が新裏切り者に声をかける。新しい裏切り勇者は一つうなずいた。


 でも、まだどこに転移させるか決まっていないようで話し合いをしている。職場に自分専用の自動車が置いてあるので職場に転移してもいい、などと言っている。


 自動車は魔力のない人間が遠くに出かけるための機械なのでアーッレはあんまりよく知らない。というか知る気がない。


 でも、自動車を持てるのは裕福層だけだという事は知っている。どうやら新裏切り者はそこそこいい家の出らしい。と、言ってもアーッレには全然関係はないが。


 そんな事を考えているうちに話はまとまったようだ。魔王が呪文を唱え始めた。魔族特有の怪しい魔術らしく、アーッレにはさっぱり分からない。


 魔王の呪文と共に、新裏切り者の足下に、これまたアーッレの知らない魔法陣が現れる。

 知らない文字だ。これも魔族特有のものなのだろうか。さっぱり分からない。


 新裏切り者にもこれは珍しいらしく、興味深そうな目で陣を眺めていた。


 陣が完成するとそれは徐々に光を帯びていく。


「本当にありがとうございました、オイヴァ王、レイカ王妃!」

「元気でな」

「また会いましょうね」

「はい、きっと。パオラさんも元気でね」

「ぐす……はいっ!」


 そんな挨拶をしながら新裏切り者は光に包まれていく。光が消えると彼の姿も見えなくなっていた。


 魔王は何かを確認すると一つうなずいた。パオラが不安そうに魔王に詰め寄る。


「あの……魔王陛下……」

「大丈夫だ。『アーサー、お前どうやってここに!』っていう声が聞こえたから無事に帰り着いただろう」

「まあ、オイヴァったら。向こうと通信をしていたのですか?」

「一方的ににつなげて確認しただけだ。私の声は向こうに届いていない。というか喋ってもいないんだけどな」


 魔王夫妻とパオラはそんな会話をしながら笑い合っている。そこから光の板の映像は徐々に消えていき、やがて元の手紙に戻った。


 アーッレは心の中で地団駄を踏む以外何も出来なかった。


 いずれは二人に思い知らせてやるのだ。そう何度も自分に言い聞かせながら。

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