第21話 決着

 隣のオイヴァが冷たい調子で唇を上げたのが見える。


「ほら、私は何一つ操作していないだろう?」


 魔力も何も感じなかっただろう、などと言っている。それにしても何故麗佳ではなくオイヴァの方が得意げな顔をしているのだろう。


 おまけに麗佳の方に手を伸ばそうとして、届かないのを思い出し引っ込めるのはどうかと思う。絶対に今のは麗佳の頭を撫でようとしていたのだろう。後で突っつく事に決める。


 それより今の問題は目の前で唖然としているエミールだ。


「エミール、でしたわね。わたく……」

「おまっ! あの裏切り者!」

「そちらが先にわたくしを騙したのです」


 興奮しているエミールに対し、麗佳は静かに返す。話そうとしているのを遮られて少しイラっとしたのは仕方のない事だと思う。


「堂々と玉座に座りやがって! 僕らを見下して! 何だ! 王妃気取りか!」

「『気取り』ではないですよ。立派な『王妃殿下』です」

「彼女は私の妃なのだから王妃然として当然だろう」

「レイカ殿下は神殿にも認められたこの国の正式な王妃ですわ」


 エミールが放った言葉は、ウティレ、オイヴァ、ヨヴァンカから総ツッコミされている。エミールは悔しそうに唇を噛んだ。


 普通はこんな時に臣下が勝手に発言する事は出来ないからオイヴァの許可か命令があったのだろう。


 そんな事を考えながらも麗佳は笑みを崩さない。それが癪に障ったのだろう。エミールが詠唱を始めた。


 風魔術だ。どうやらこの呪文から言って麗佳を玉座から叩き落としたいようだ。


 ふぅ、とため息をつく。そうして魔術が自分に届く直前に、用意しておいた魔術式をエミールの魔術式に混ぜた。

 風はくるくると麗佳の周りを回る。


「え……」


 思いがけない現象にエミールが唖然としている。麗佳はそのままの笑みを崩さない。


 風はしばらく麗佳の周りを回っていたが、急速に勢いを増し、エミールの方に向かっていく。


「なっ!?」


 エミールが逃げようとするが、そうはいかない。麗佳が用意しておいた結界の膜があるからだ。


 結界というのは対象を守る役目が主だが、こうやって相手を閉じ込める機能もあるようだ。これがあるせいでエミールは逃げられない。


 そうしてその結界の中で麗佳が跳ね返した風の魔術をまともに食らい、結界の壁に思い切り叩き付けられていた。


 おまけにそれは威力が二倍になっているのだ。食らってしまったエミールはたまったものではない。


 案の定、エミールは麗佳が作った結界の中でぐったりとしている。


 これが風魔術で良かったと麗佳は思った。火や雷だったら跳ね返す勇気がない。食らっている所を見たくないのだ。そういう所がまだ情けないのだと麗佳自身にも分かっていた。


 エミールが動けなくなったのが分かったので結界を消す。そうして騎士達に合図した。彼らはすぐにエミールを捕らえてくれる。あらかじめスタンバイを命じておいたので捕らえるのはスムーズにいった。


 エミールはぐったりとして魔力も枯渇しかけているが、怒りの感情だけはあるようで麗佳をしっかりと睨みつけている。


「裏切り者め……」

「ですから先にわたくしを騙したのはアーッレ陛下ですと申し上げました。そしてアーサーさんを騙した一味にあなたがいますね、エミール」

「人聞きの悪い事を言うな。お前らは黙って魔王を倒せばいいんだよ!」

「何の罪もない魔族達をどうして倒さなければならないのでしょう? さっぱり分かりませんわ」

「魔族は存在自体が悪なんだ! だからその化け物を倒すというご立派な役目を譲ってやってんのに拒否するって言うのか!」


 エミールのその言葉に彼を捕らえている騎士達、そしてオイヴァの目が剣呑な光を帯びる。当たり前だ。


「その発言、許すわけにはいかないな」


 オイヴァのその一言が決定的になる。そのまま騎士達はエミールをもう一度牢獄に閉じ込めにいった。きっと一番最下層の管理が厳重な上に暗くてじめじめした牢に閉じ込められてしまうのだろう。


 エミールが連れられて行くのを確認してから麗佳は唖然としているアーサーと向き合った。


「これが真実です、アーサー」


 そう英語で言う。彼の母国語で言ったのはその方が伝わりやすいと思ったからだ。


 アーサーはどうしたらいいのか分からないようだ。静かにうつむいている。


「こうして巻き込んでしまった事は申し訳ないと思っている」


 オイヴァは優しい声でそう言った。


「いいえ。あなたが謝る必要はないと思います、オイヴァ王」


 アーサーも静かに返した。


 オイヴァが英語で「King」呼びをされるのを聞くのは少しくすぐったいと麗佳は思った。



***


 一段落ついたので、魔王夫妻と勇者パーティ二人は王のサロンでゆっくりお話をする事にした。


 とは言っても側にはオイヴァ付きとしてトッポという名の侍僕とウティレが、麗佳付きとしてパウリナとヨヴァンカが、そして外にはエルッキを含む騎士達が護衛をしてくれている。


 パオラはさっきの麗佳vsエミールを見て反論する気力がなくなってしまったようなのでもう安心だ。とはいえ、牽制は必要なので元ヴィシュ貴族の二人——ヨヴァンカとウティレ——を控えさせる事にしたのだ。


 ただ、武器はしっかりと没収をした。魔力に関しては二人とも麗佳より少ないのであまり心配はしていない。


「さてと、アーサー、パオラ、お前達の今後について話しをしようか」


 ヨヴァンカがお茶を配り終えた所でオイヴァが話を切り出した。


「今後の……?」


 パオラが不安そうに震えている。処刑をされるとでも思っているのだろうか。もちろん、麗佳達はエミールも含めて死に至らしめる気はない。そうするとアーッレ王に弱みを見せる事になるからだ。


「そう。今後の事だ。パオラはどうする? このままこの国に留まるか?」


 そう言ってヨヴァンカとウティレを振り返る。そこに『彼らのように』という意味が含まれている事はこの部屋にいるみんながわかった。


「ま、魔王様がそうお望みなら……」


 パオラはそう言ってブルブルと震えている。小動物みたいだ。残ったら何をされると思っているのだろう。失礼な人だ。


「パオラさん、わたくし達は貴女に聞いているのよ」


 安心するために微笑んでみせるが、パオラの震えは止まらない。視界の端でウティレが小さくため息をついたのが見える。

 これではどうしようもない。なのでパオラの事は後にする事に決める。


「アーサーさんはどうします?」

「俺!?」


 アーサーは目をぱちくりしている。ということは、彼にも選択肢があるという事に気づいていなかったのだろう。


「そうだな、選択肢をいくつか提示しようか」


 オイヴァが静かに話しだした。勇者パーティ二人がごくりとつばを飲むのが聞こえる。


「まずはレイカみたいにこの国に留まる事。そうなったらお前達の居場所はしっかりと作ってやる。それはここで保証しよう。二つ目は外国に行く事。この国はイシアルやアイハ、レトゥアナなどと交流を持っている。行きたいならばこちらから話を通してあげよう。まあ、時間はかかるがそれは許してくれ」

「大国アイハと!? どうして?」


 パオラが素っ頓狂な声をあげた。それほどアイハは強大な力を持っているのだ。


「王家同士が親戚関係を持っている。昔、私の伯母があちらに嫁いだんだ」


 伯母というのは例の嫁いだ事で不幸になった魔族の事だろう。でも、オイヴァはそんな事は言わない。言う必要はないからだ。

 というか『言えない』のかもしれない。アイハに内乱を引き起こした王女の話など聞かせたら逆効果になってしまう。


 パオラはよくわからないようで首をかしげている。どうやらあまり分からないらしい。


 分からないならそれでいい、と麗佳は結論づけた。オイヴァも同じ気持ちだったようで話を進める。


「最後は故郷に帰る事だな」

「え?」

「はい?」


 パオラとアーサーが素っ頓狂な声をあげた。どうやら全く予想もしていなかった事らしい。


「帰れるのか!?」

「もちろん。異世界につなげる魔法はこちらにある。王妃もよくそれを使って家族と連絡を取っているんだ」

「本当ですか?」

「ええ。本当ですわ。よかったら後でお見せしましょうか? ただ、日本語なので読めないと思いますけれど……」

「あ、いえ。大丈夫です」


 アーサーの頬が緩んでいる。『帰れるのか』とつぶやく所を見るとやっぱりホームシックだったようだ。


「パオラの場合はヴィシュに責任を取らされる可能性があるからあまりおすすめはしない。でも、どうしても帰りたいならある程度対策はしてやる」


 オイヴァのその言葉を聞いて、パオラが青い顔でうつむいた。当たり前だ。アーッレに選ばれた勇者パーティメンバーがアーッレ王の性格を知らないわけがない。


「帰れるなら帰りたいです」


 アーサーは即答した。それでパオラも自動的に答えが出たようだ。故郷に帰ると危ない。でも信頼出来る人のいないヴェーアル王国で暮らすのも怖い。そうなると海外に行くしか選択肢は残っていないのだ。


 麗佳は内心ほっとした。パオラがいまだにオイヴァを怖がっているのはまだ魔族を誤解しているためなのが分かるからだ。


 サロンの中はある程度穏やかな空気が流れている。これで一安心だ。


 だが、話は終わっていなかった。


「ところでお前の記憶はどうする?」


 その話をアーサーにするのか、と麗佳は内心慌てた。アーサーはわけが分からないようできょとんとしている。


「記憶? どういう事ですか?」

「異世界に勝手に呼び出されていいように利用されようとしていた記憶を消した上で元の世界に帰りたいのか、と聞いている」

「はぁ!?」


 アーサーは信じられない、というようにオイヴァを見ている。


「何かそちらに都合の悪い真実でも俺は知ってしまったんですか?」

「いいや、全然。お前の気持ちの話だ。お前とレイカの故郷では『異世界』というのは物語の中の話でしかないのだろう? そんな摩訶不思議な場所に行っていた事で嫌な思いをするのではないかと私たちは心配しているんだよ」


 アーサーが麗佳の方を勢いよく見た。瞳に責めている響きがある。麗佳は慌てて何度も首を振る。


「私はそんな事推奨していませんから! 嫌だったら嫌って言っていいんですよ!」


 慌ててるせいで日本語で話してしまった。それでアーサーは全てを理解してしまったようだ。厳しい目でオイヴァを見る。


「よくそんな残酷な事が言えますね」

「残酷……?」


 オイヴァが虚をつかれた表情をした。どうして分からないのだろう。


「経験というのは俺たちの人生を作っていく大事な物だと思っています。記憶を失うというのは人生の一部を切り取られるという事です。そんな恐ろしい事はしたくはありません」

「え……」


 こんな事を言われるとは思わなかったのだろう。オイヴァが唖然としている。こちらを見て来たので麗佳も無言でうなずいた。


 ここまで言われれば、もうオイヴァはこんなとんでもない事を提案する事もないだろう。オイヴァには悪いがアーサーはよく言ってくれた。


「レイカ王妃は大丈夫なんですか?」

「ええ」


 気をつかわれるが麗佳は気にしていない。先ほどもアーサー達に言ったが家族と交流は出来るのだ。つい数日前も麗佳は家族からの温かい手紙を受け取った。きっと他にも何人もいるのであろう『異世界転移者』の中ではかなり幸せな分類に入るのだろう。


 そう丁寧に説明するとアーサーもやっと安心した顔を見せる。オイヴァの顔はまだ——身近な者しか分からないくらいに取り繕っているにしても——暗いが、後できちんとお話ししようと決める。


 結局アーサーは元の世界に帰る事になった。ただ、パオラの受け入れ先が決まるまではここにいたいと言う。


 麗佳達に異存はない。いてもらって助かるくらいだ。


 エミールの処遇、ヴィシュ王国への対応など、決めなければいけない事はたくさんあるのだから。

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