第20話 いろいろなパーティメンバー達
オイヴァは本当にこういう演出が好きだ。
思いがけず知り合いに会って呆然としているパオラを見ながら麗佳が思った事はそれだった。
だが、王妃はそんな感情を見せてはいけない。とりあえず優雅に微笑んでみる。実際にパオラが元上司に会えた事に関してはよかったと思うので何も問題はない。
「よく来たな、『勇者』アーサー。私はそなた達を歓迎しよう」
「はい?」
アーサーがぽかんとしている。
「ここに来たという事は私と王妃に助けを求めに来たという事だろう?」
「え?」
やはりアーサーはぽかんとしている。当たり前だ。オイヴァは気がはやすぎる。
きっとアーサーはそこまで考えていない。明らかに警戒心たっぷりでここにいるのがその証拠だ。
「その前に一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「エミールさんはどうなったんですか?」
アーサーのその質問にオイヴァはため息をついた。
「……気になるのか?」
そりゃあ気になるだろう、と麗佳は心の中でアーサーに同意する。仲間の境遇を見れば大体自分がどうなってしまうのか分かると思っているのだ。
オイヴァと麗佳はエミールを危険人物と判断してアーサー達から離した。
でもそんな事はアーサーはよく知らない。知っていてもアーサーが見逃してもらえるはずがないと思っているのだろう。何と言ってもアーサーは勇者なのだ。
「大体、どうしてエミールさんを俺たちから離したんですか?」
「エミールはお前達にとって害悪だからだ」
オイヴァが一言で説明した。アーサー達は首をひねっている。オイヴァは目線を麗佳にうつした。お前が説明しろ、と言っているのだ。
確かに魔族であるオイヴァより人間である麗佳が説明した方がアーサー達も話を聞くだろう。とはいえ、パオラの方はまだエルッキ達に会った衝撃から抜けていないようだが。
「エミールはヴィシュの国王の直属の配下で、勇者召喚の現実を知っているらしいのです。なのにこうやって貴方を操って魔王陛下を倒そうと企んでいた。だから引き離したという事ですわ。わたくし達にとってもエミールは『加害者』なのですもの。もちろん『被害者』であるアーサーさんとパオラさんを害する気はありませんよ」
「俺が……被害者?」
「被害者でしょう。勝手に呼び出されてやりたくもない『殺し』などをやらされそうになっているんですから。わたくしも同じ立場でしたからよく分かりますわ」
麗佳のその言葉にアーサーが複雑そうな顔で黙る。
「アーサーさんも殺しなんか嫌ですよね?」
静かに問いかけると、アーサーは静かにうなずいた。
「でもあなたは嫌とか言いながらエミールに何かをしようとしているではないですか」
何かってなんだと文句を言いたくなって来る。大体、オイヴァと麗佳はエミールを殺すつもりはないのだ。
「エミールは生きているが?」
オイヴァの冷たい声が響く。
アーサーの顔が分かりやすくぽかんとした。
「いき……てる?」
「ああ。生きているよ。後で会わせてやる。残念ながら監視付きになってしまうが、そこは了承してくれ」
「わ……かりました」
アーサーはまだ納得がいっていないようだったが仕方なさそうにうなずいた。
次にオイヴァはウティレの方を見る。ウティレは先ほどまでエミールの様子を見に行ってもらっていた。ついでに挑発もしてきたようだ。
それ以外にもオイヴァは何か命じていたようだったが、麗佳は知らない。きっとエミールの本性を示せるよう何か仕掛けをしたのだろう。ウティレが地下牢で何かの装置をいじっていたのは映像越しだが、この目で見た。
そうやってオイヴァは麗佳に『抜け道』を作ってくれるのだ。それは少し嬉しく、でもかなり複雑でもあった。
「ウティレ、エミールの様子はどうだった?」
「廃人になってました」
ウティレの爆弾発言にその場にいた全員の目が彼に向く。
「どういう事だ?」
「どうやら魔王妃殿下に敗れた事が相当こたえていたようで。まあ、本人は魔族に負けたと信じ込んでいましたけど。俺がヴィシュにいた頃から『僕はこの国の最強魔術師だー』と馬鹿げた事をほざいていまし……あ、いいえ、何でもありません」
ウティレはわりと腹黒いな、と麗佳は思った。きっと今のも『うっかり本当の事を喋ってしまった』わけではないだろう。個人としては呆れてしまうが、王妃としてはよく言った、と褒めたくなる。
アーサーが咎めるように麗佳を見るが、そこはどうしようもない。
「少しだけ会話をしてきたのでマシにはなっていますよ。ただ、その会話の中でエミールが勇者アーサー様に暗示をかけていた事は決定的になってしまいましたが」
「それはどういう……」
「本人が自慢していました。『暗示をかけてありますから魔王に寝返る事はないでしょう。きっと魔王を倒してくれます。そしたらさっさと逃げましょう。前の愚かな女勇者は裏切って魔王側にいるそうです。ぼくたちはもうこの失敗を繰り返すわけにはいかないのですよ。だから暗示をかけて魔王を殺せるように手助けをしたのです。何度も重ねがけしたから完璧ですよ!』」
さらりと口まねをする。
その場に何とも言えない沈黙が訪れた。みんなどう言ったらいいのか分からなかったからだ。
確かにあの時エミールはそんな事を言っていた。でも、まさかウティレがここまで彼の発言を覚えているとは思わなかった。
そしてそこには麗佳の悪口まで入っている。あんまりいい気はしない。オイヴァはどこか不機嫌そうに見える。
「救いようがありませんわね」
静かにそう言った。
「そうだな」
オイヴァも一言で返す。アーサーもパオラも困ったような顔をした。
——あとは魔王陛下のご命令通りにいたしました。きっと陛下の思惑通りになるかと。
——そうか。わかった。よくやったな。……あとは時間の問題か。
何故かその後でウティレとオイヴァが何やら魔術を使って通信をし始めた。きっとエミールを罠にでもはめたのだろう。話の流れから言ってきっとエミールはアーサーの前でとんでもない事をしでかすのだろう。
麗佳も心の準備をしておいた方がいいだろうか、と考える。
それにしてもこれでは悪い事をしているのがどちらなのか分からない。そうしなければヴィシュにつけ込まれるのはきちんと分かっているのだが複雑な気分だ。
「騙されませんよ!」
突然パオラが叫んだ。みんなは驚いて彼女の方を見る。
「パオラさん?」
「そ、そうやって私達を騙して何か悪い事をしようとしているんでしょ? エミールさんだって本当に生きているのかどうか私達には確認出来ないじゃないですか!」
そう叫びながらもパオラの膝ががくがくと震えている。きっと怖いのだろう。
無理もない。今日一日で今までの人生で信じていた事がすっかりとひっくり返ってしまったのだ。そして今はずっと信じていた『真実』の方が本当だと信じたいのだ。
でも、麗佳達はそれを許すわけにはいかない。
「私たちは真実を話しているが? どうしてそんなに私たちを疑う?」
オイヴァも同じ考えなのだろう。その証拠に厳しい声でそう尋ねている。
こういう事が困難だから、今まであの扉は勇者のパーティメンバーを通さなかったのだろうか。
そう考えると麗佳がいたパーティのメンバーが家族も一緒にこの国に丸ごと移り住んでしまったのは奇跡だったのだ。
改めて三人が大事に思えて来る。
「だってあなたは魔族じゃないですか! 人間みたいにまともな心を持っているかどうか分かりません! だって魔族って化け物でしょう?」
そんな事を考えていると、パオラが爆弾発言をした。隣に座っているオイヴァの目が細められる。彼の周りの空気は氷のように冷たい。
恐怖のあまりパオラが床に座り込んだ。自業自得だ。麗佳も『あーあ』としか思わない。
「そんなに乱暴に扱われたいのならそうしてやろうか? エミールと仲良く地下牢にでも入っているといい」
いつもなら麗佳は怒っているオイヴァをなだめているはずだ。でも今はそれをしたくない。それくらい麗佳自身もこの発言は許せないのだ。
「正直、私はお前達がこの国の誰にも危害を加えなければ文句はないんだ。前回は……レイカの時は彼女の仲間がみんなこちらについたから国民として迎えた」
麗佳でも聞いた事のないような氷点下の声が響いている。心の弱い者ならちびっているだろう。
「アーサー、お前は何も悪くないから元の世界に帰してあげよう。でもパオラは……」
そう言ってから無言でパオラを睨みつける。
「パオラ、魔王陛下はそんなに怖くないよ。今は公式の場だから厳しい態度とってるけど、普段はただの気の良い兄ちゃんだよ。部下の酒にも付き合ってくれるし。あんまり俺たちと変わらんからそんな警戒すんなって。とりあえずちゃんと謝れよ。な」
エルッキがこそこそとパオラにささやいている。その表現もどうなのだろう。というか丸聞こえだ。わざと大きな声にしているのだろうか。
これにはオイヴァも苦笑している。
少し空気が和やかになりだした。みんなが一斉にほっとする。
だが、次の瞬間それを叩き割るような大きな音が響いた。みんなは驚いて音のした扉の向こうを見る。この音からすると誰かが走っているのだろうか。それにしても足音が大きすぎる。
そしてウティレとオイヴァが何かを知っているような目配せをしている。とは言ってもそこまで派手なものではない。きっと麗佳以外は気づいていないだろう。
「止まれって言ってるんだ!」
そして誰かの怒りの声も聞こえている。城の近衛の声だ。一体何なのだろう。
大体、走っている者を追いつめられないのはおかしい。絶対に演技だ。昔だったら分からなかっただろうが今なら分かる。麗佳の侵入は例外中の例外だったのだろう。
きっとこれがオイヴァがウティレに命じてやらせた事の結果なのだ。
開くはずのない扉が大きな音を立てて開かれる。予想通り、そこにいたのはエミールだった。アーサーとパオラが同時に息を飲む。それだけ彼はすごい形相をしていた。
エミールは周りにいる人たちには目もくれずまっすぐにオイヴァを見る。
「お前が魔王か?」
「そうだが?」
対するオイヴァは冷酷な薄笑いを浮かべている。麗佳はそっとエミールの後から着いて来た騎士達に目配せをしておいた。目の動きだけでうなずいたから大丈夫だろう。
「さっきウティレ・キアントに嘘を吐かれたんだ!」
そう怒鳴るエミールに当のウティレが哀れみの視線を向けている。麗佳も映像で見ていたが、ウティレは嘘など何も言っていなかった。
「あんな小娘が僕を倒すなんてあり得ないだろう。お前が何かやったんだ! そうだろう?」
おおかた麗佳に倒されたのを認めたくないのだろう。そう思うと同時にエミールは同じ事を言っている。
それにしてもアーサーはあまりパーティメンバーに恵まれていない。正直可哀想に思えて来る。
「いいや。お前への攻撃に関しては私は何も関与していない」
「嘘をつけ! 魔族なんだろう。変な術だって会得しているはずだ!」
何でこの人たちはこうも魔族に対して偏見がひどいのだろうと呆れてしまう。まあ、『魔法』というのはいわゆるチートの一種ではないかと麗佳もちょっとだけ疑っているが。
次にエミールの視線はアーサーに向く。
「おい! 勇者のじじぃ! 何をぼけっとしてんだ! とっととこの悪の帝王を倒せ!」
そんな事を言いながら魔術式を作成している。とはいえ、先ほど枯渇していたばかりなのでそんなに威力のある魔術は出来ない。
だが、内容は問題だ。エミールは懲りずにまた洗脳魔術を使うつもりだ。
だが、そうはさせない。
エミールが術を放ったと同時に指の間に隠し持っていた魔術式に素早く魔力を注ぎ、放つ。
これは他の人から見ればフィンガースナップに見えるだろう。つまりパフォーマンスとしても最高だ。
麗佳のもくろみ通り、エミールの魔術はあっさりと無効にされた。
「な……。な……?」
「わたくしに負けるなんてあり得ない、ですって?」
呆然としているエミールに麗佳は綺麗な笑顔を見せてあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます