第18話 哀れな自称最強魔術師

 今の彼の姿は本当にみっともなかった。


 どうやらエミールは口とは違い、かなり精神的にもろいらしい。魔力枯渇で弱ったせいで頬は痩け、目には生気がない。


「こんなはずがない。このぼくがあんな魔族に負けるわけが……あんな卑怯な野郎に……」


 口はぶつぶつと恨み言を吐き出している。


 本当に情けない。元々の威張りまくりのエミールを知っているだけに余計にそう思ったのだろう。これならまだ自分の方が上手くやっていた気がする。


 そんな思いを抱きながらウティレはエミールの前に立った。


 これは魔王の命令だ。ウティレの口から真実を伝えエミールを動揺させる。そうして反応を見るのだ。


 今、ここにいるのはウティレだけだが、見張りがないわけではない。ウティレの行動は魔王夫妻によってしっかりと監視されている。


——心配はいりませんわ。きちんと見ていますから安心して行って来て頂戴。


 魔王妃のセリフが蘇ってきてぶるりと震える。あれは間違いなく脅しだったのだろう。


 レイカ王妃はまだウティレを信用していない。魔王はわりと友好的で気さくに話したりするのだが、彼女はそうではない。まあ、夫を害するかもしれない人間を信用出来ないのは当たり前なのだが。


 実際には麗佳は素直に励ますつもりでその言葉を口にしただけなのだが、彼女を誤解しているウティレには全く伝わっていなかった。


 一つ深呼吸をする。そうして貴族式の表情と言葉遣いを作った。


「久しぶりですね、エミールさん」


 ウティレのその言葉にエミールがぱっと顔をあげた。そうしてウティレの顔を認め、目を見開く。


「ウティレ様……」


 目の奥は馬鹿にしているのに、口や行動は伯爵令息であるウティレを敬うものになる。今まで、ハンニや他の者をいじめから守る時に彼の『身分の強いものには弱い』性格を利用させてもらったのでこの光景はよく見ている。


 それにしてもよく年下相手にぺこぺこ出来るな、と感心してしまう。


「生きていたんですか?」


 その言葉にウティレの眉が自然に潜まった。この男にはウティレが幽霊にでもみえているのだろうか。


 伯爵令息の機嫌を損ねたのが分かったのか、エミールはびくりと震える。そうしてまたご機嫌伺いの笑顔を浮かべる。

 ウティレに取り入らなければ後がないと思っているのだろう。


 捕まったばかりの時に泣きまねを使って魔王妃の同情を得て助けてもらおうと考えていた安易な自分と姿がかぶる。それはとっても不愉快な事だった。だからこそ自分はまだ王妃に信用されていないのだろう。ウティレはそう考える。


 泣きまねは実際によく使っていた。そうすれば大抵の女性は動揺するのを知っていたからだ。まあ、それも一部の身近な人だけだったのが今なら分かる。


 小さい頃にウティレの泣きまねを見て動揺し、異母兄達のいじめを止めてくれた異母姉の姿を回想する。まあ、次の日にはまた一緒になってウティレをいじめていたのだが。


「ウティレ様、よくご無事で……」


 ウティレがそんな事を考えているとは知らないエミールは媚びへつらった笑みを見せる。


「さ、ここから逃げましょう! 牢から出して下さい。侵入が出来たのだから出す事も出来るでしょう?」


 出来ねえよ! と反射的に返しそうになる。この城は警戒が厳重なのだ。ちょっと足を踏み入れただけで大勢の魔族に捕らえられたくらいだ。きっと、みんな魔王を慕っているのだろう。

 その言葉の代わりにウティレは曖昧な笑みを見せる。


 それにしても、十七歳のウティレでもここから脱出する事は無理だと知っているのに、十歳上のエミールが気がつかないのは愚かだ。


 ヴィシュ王城から目を付けられていたからこそ、ラヴィッカで捕まったのだ。


 頭が悪いと思う。まあ、ウティレも人の事は言えないのだが。


「この警戒厳重な城からどうやって逃げるのですか?」

「もうすぐ勇者がぼくたちを救いにやってきます。暗示をかけてありますから魔王に寝返る事はないでしょう。きっと魔王を倒してくれます。そしたらさっさと逃げましょう」

「あ、暗示ですか?」


 驚いたふりをする。


「ええ。前の愚かな女勇者は裏切って魔王側にいるそうです。ぼくたちはもうこの失敗を繰り返すわけにはいかないのですよ。だから暗示をかけて魔王を殺せるように手助けをしたのです。何度も重ねがけしたから完璧ですよ!」


 魔王に聞かれているとも知らずにペラペラと自分の罪を白状している。


「そうだ。もういっそ元勇者の裏切り者も殺してしまいましょう。なに、魔王を失った力の弱い女など敵ではありません。このヴィシュ王国最強の魔術師が捻り殺してやりましょう!」


 やめてくれ! と怒鳴りたかった。


 ウティレはもう知っている。元勇者は、いや、魔王妃はそんなに生易しい存在ではない。味方である者には優しい笑みを向けているが、敵だったウティレには厳しかった。もし、魔王が殺されたらどうなるか分からない。


 それに、ヴィシュ側は知らないが、魔王妃は決して弱くはない。


 最初に会った時にウティレが放った攻撃は魔王に消された。


 でも、ウティレは見てしまったのだ。魔王の後ろでウティレの攻撃を跳ね返そうと準備していた王妃を。魔王が対処しなければ、彼の攻撃は魔王妃によって跳ね返されていたのだろう。


 魔王より恐ろしい対処法を準備していたあの瞬間を見てしまったから、ウティレは彼女を恐れているのだ。


 レイカ王妃は立派な魔術師だ。自称最強魔術師のエミールなど片手で捻ってしまえるほどなのだ。だから魔王も彼女を信用し一番近くに置いている。


 間違いなくレイカ王妃は魔王の立派な右腕だ。逆らえるわけがない。


 そろそろ真実を話してもいいだろう。

 ふぅ、とわざとらしくため息をつく。


「陛下を裏切る事など出来ません」


 わざと大事な事を抜かして言う。エミールは満足したようにうなずいた。


「そうだろう。そうだろう。陛下は素晴らしい方だ! あの方に従う事こそが我々ヴィシュ王国の魔術師の務めだ!」


 調子に乗って変な事を言いだした。ウティレはそんなにアーッレ王を尊敬していない。あの家から出してくれた事は感謝しているが、それだけだった。


 静かに息を吸う。そうしてしっかりとエミールの目を見た。


を裏切る事は出来ません」


 それを聞いた時のエミールの顔は滑稽だった。文字通り口をあんぐりと開けている。


「エミールさん、俺がここに来たのは貴方に確認をするためです。本当に勇者を魔術で操ったのか。それからいまだに魔王陛下に対して敵対心はあるかどうか。魔王陛下から聞いて来いと命じられたのです」


 現実を突きつける。


「俺は魔王陛下によって生かされているのです。寝返る事を条件に侵入した罪を許していただける事になりました」


 だから魔王陛下を裏切る事は出来ません、ともう一度静かに言う。

 まあ、逆らえないから従っているというのが主な理由なのだが、そんな事をエミールが知る必要がない。


「お前も裏切ったのか!」


 静かにうなずく。


 生きられるならどっちにつこうが構わない。その言葉を飲み込んでおく。この会話は魔王夫妻が聞いている。


 先ほどエミールは魔王を殺すと言った。二人の機嫌は降下しているだろう。ここでウティレがさらに怒らせる気はない。


 エミールに現実は知らせた。後は魔王の命じた仕掛けをするだけだ。敵対心がある以上、そして怒っている以上、エミールは暴走するだろう。その手助けだ。


 魔王に教えてもらったボタンに触れる。


 もうここに用はない。そのまま立ち去ろうと思った。


 踵を返そうとすると顔が爆発するくらいの勢いで睨みつけてくる目が見える。それは妙に滑稽に見えた。


「あ、そうそう。使う術を考えたのは俺たちですけど、実際に貴方の魔力を枯渇させたのは妃殿下ですよ」


 なのでさらりと爆弾を投下する。本当の事だ。持ち寄った発動前の魔術式を持って魔王とどこかに行っていたので実際には見ていないが。


「……は?」


 呆然とするエミールからさらりと目を外し、ウティレは今度こそ牢屋から出て行った。

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