第17話 勇者と魔王夫妻

 アーサー達にテレパシーで脅しかけるオイヴァに麗佳は呆れた視線を向けた。先ほどエミールを捕らえる時、勇者アーサーの足止めにくすくす笑いを使った事は棚にあげる。


 ただ、魔王妃のくすくす笑いは予定に入っていて、魔王の脅しはアドリブだというのが問題だった。


「怖い魔王だって思われますわ、オイヴァ」

「そうしなければあの二人の事だ。躊躇するに決まっている」

「それはそうですけれど……」


 なんだか納得がいかない。


「でもオイヴァが脅してしまってはどうしようもないではありませんか!」


 そう文句を言っていると扉が開く音がした。丁寧に迎えるつもりだったのに失敗した。向こうもぽかんとした顔をしている。


「ほら、お前が文句ばかり言っているから格好がつかなかっただろう」

「そ、そういう問題では……」


 なんだか和やかな雰囲気を見せる『敵』に、勇者たちは呆然としている。もめている麗佳達は気づいていないが、傍目にはいちゃこらしているとしか見えないのだ。


「えっと……あなた達は誰ですか?」


 英語が聞こえた。どうやら知っている言葉はオイヴァの通訳魔法に引っかからないようだ。省エネだろうか。このへんの魔法のさじ加減が麗佳にはまだ分からない。


 婚儀でオイヴァの魔力を受け取ったので、理屈では麗佳もある程度なら魔法が使えるようになっている。でも、まだ習っていない。魔術とごっちゃになってしまう可能性があるからだ。


「私はヴェーアル王国国王のオイヴァだ。お前達の言うところの『魔王』。予想はしていたのだろう」


 その一言でアーサーは何かに導かれるように剣を抜いた。麗佳はすぐに用意していた魔術式を剣にぶつける。前にウィリアムが作ってくれた魔術解除の魔術式だ。

 麗佳が発動した魔術は綺麗に剣に入り込み、かけられていた魔術を抜いた。これで彼の剣は文字通り『ただの剣』になったのだ。


 ついでにさらりと洗脳全解除の魔術もかける。


 麗佳とオイヴァがここで待ち構えていたのはこのためだ。本来ならこの部屋に強い洗脳解除や剣の魔術解除の術式を付与しておくべきなのかもしれない。でも、こういう複雑な魔術は数日間でぱぱっと付与出来るものではない。


 ウィリアムならもしくは、とは思うが、彼はこういう事にはノータッチを貫いている。だからお願いも命令も出来ない。

 と、いうか麗佳は生徒というより弟子に近いので大きな顔は出来ない。


 本当なら麗佳だけが行ってぱぱっと解除する予定だったのだが、何故か当日になって突然オイヴァが着いて行くと言って来た。守られる本人が剣の前に出てきてはいけないと言ったのだが、聞いてくれない。


 剣が『魔王を殺す剣』ではなく、『ウティレを殺す剣』になっているから余裕なのだろうか。それでも剣なので体を貫かれたら死ぬ。そういう事をこの魔王様は知っているのだろうか。


 オイヴァが急に予定を変えて麗佳についてきたのは、昨晩うなされていた事が原因なのだろう。大体何の夢を見ていたのかは予想出来たので突っつかない事にした。これはオイヴァの心の中にある深い傷なのだ。


 とにかく麗佳がここでする第一の目的は果たした。あとはいかにアーサーに本を読ませるかだ。本来なら元勇者である麗佳が話をした上で読ませる予定だったのだが、オイヴァが来てしまった事で予定が狂い始めていた。


 魔王妃によって洗脳を解かれてしまったアーサーは呆然としている。仲間の剣士の女性もどうしたらいいのか分からないようでおろおろしている。


「えっと……? 俺は……?」

「まともに物事が理解出来るようになったか?」


 オイヴァが冷たい声を出す。脅してどうするのだと思う。多分、オイヴァも勇者を警戒しているのだろう。それが分かっているからそのままにしておく。


「あ、あんたは魔王だったよな?」

「そうだが?」

「俺たちを殺しに来たのか?」

「まさか」


 魔王夫妻の声がかぶった。そこでアーサーはこの部屋に魔王以外のもう一人がいる事を思い出したようだ。


「えっと……すみません、あなたは……?」

「私は彼の妻です」


 思わず英語が出てしまった。でも嘘は言っていない。


「お初にお目にかかりますわ。わたくしはヴェーアル王国王妃、麗佳・ヴェーアルと申します」


 改めて魔族語で挨拶する。アーサーはぽかんとした。ヴィシュの宰相が言っていた事と違うからだろう。


 確か、ヴィシュの宰相は、麗佳がオイヴァに誘惑されたあげくにポイ捨てされ、城の奥で泣き暮らしていると言っていた。


 オイヴァに言わせれば『レイカがそんな事をされて泣き寝入りなどあり得ない。そんな事になったら、絶対に逃げ出すために最後まであがくに決まってる』ということなのだが、この初対面の勇者とその仲間は分からないだろう。オイヴァは麗佳を買いかぶっていると当の本人は思っているのだが。


 とにかく本を読ませるか、麗佳が同じ内容を口で説明するかしなければいけない。


「それで? 魔王と王妃が何をしに?」

「王を殺そうとするのをやめてくれとお願いに来たのです」

「本人が直接?」

「ええ。何か問題でも?」


 にっこりと微笑んで見せる。アーサーはどこか戸惑っているように見えた。それはそうだ。麗佳だってオイヴァがついて来ると言った時は戸惑った。でもそんな所は見せない。相手は世界的に言えば同郷の勇者とはいえ、まだ敵なのだ。


「何で?」

「あなたが操られていたからですわ」


 魔王妃の爆弾発言に勇者がぽかんと口を開けた。


「え? 俺が操られてた?」

「ええ。暗示をかけられておりました。『魔王は殺し、王妃は生け捕りに』でしたかしら? 確か。そうでしたわね、陛下」


 隣のオイヴァに確認する。彼も難しい顔でうなずいた。


「わたくし達はヴィシュをどうにかしようなどとは考えてはおりません。それだけはここではっきりと伝えておきます」


 麗佳の言葉にアーサーが目を白黒させている。宰相の話と全然違うからだろう。きっとどちらを信じたらいいのか分からないのだ。


 視界の隅で女剣士のパオラがこっそりと動くのが見える。視線だけで追ってみると、部屋の中にある本が気になるようだ。不可抗力とはいえ、麗佳が本棚を背にして、その麗佳の前にオイヴァが立っているのが原因だ。傍目には本棚の本を隠しているように見えたのだろう。


 これはアーサー達が来る前に麗佳達が本棚の前で話をしていたのが原因なのだが、意外な副作用があったようだ。


 試しに彼女だけに気づかれるように視線を向けてみる。パオラが分かりやすくうろたえた。パオラという人間はからかいがいがあるらしい。

 でも、パオラをからかい続けるのは麗佳の目的ではない。


 興味をなくしたふりをして目をそらす。パオラが分かりやすくほっとした。この剣士は本当に大丈夫なのだろうか。


 ふとやな予感がする。この女性は殺られ要因なのではないだろうか。彼女を魔族が攻撃する事で、魔族を悪者だと思わせる。

 それが目的の人選だとしたらこれ以上からかうのは良くない。


 麗佳の視線が外れたのに安心したのかパオラはすぐに本棚に駆け寄った。その大胆な行動でアーサーも気づいたらしい。


「パオラさん、軽率な行動は駄目だ!」

「かまわないよ。爆発するわけではないんだから」


 慌ててパオラを止めるアーサーにオイヴァが呆れ声で突っ込む。


「何のつもりだ?」


 アーサーは警戒心たっぷりだ。急に怪しげな『魔王夫妻』に会って困惑しているのだろう。おまけにその魔王の口から『爆発』なんていう言葉が出て来たのだ。


「王妃が言っただろう。こちらはお前たちと争う意思はない。詳しい事は読んでから判断しろ」


 オイヴァは厳しい声を出す。これはわざとだろう。


「行くぞ、レイカ」


 そうして短い言葉で麗佳をうながす。


「ええ」


 麗佳も素直に返事する。


 悔しいが、麗佳達はここまでしかお膳立ては出来ない。どちらを真実と判断するかはアーサー達が決めるべき事だ。それ以上やったら間違いなく怪しまれる。


「待ってくれ、エミールさんは?」

「お前の仲間の魔術師ならこちらで預かっている。彼の様子を見るに私たちの話なんか聞きそうにないからな。静かな所で落ち着かせるのが最適だ」


 ちゃんと生きているから安心しろ、と言っているのに声が尖っている。


 行くぞ、ともう一度言われるのでついて行く。そのまま麗佳達は王城の隠し部屋に転移した。王の私室に直結する部屋だ。


 オイヴァによると、転移装置がついていたという。きっと先代が魔法でつけたのだ。


「ねえ、オイヴァ」


 話しかけるとにっこりと微笑んでくれる。


「レイカ、後は彼らが判断する事だ。ヴィシュ語版にこの城への行き方をつけておいたから、間違いなく来れるだろう」


 あっさりとそんな事を言う。何でもない事のように重要な事を言って来るのだ。


 オイヴァは麗佳が体験談を書いている間、ずっと喜助の本をヴィシュ語に訳していたのだ。資料だと思ったのはオイヴァ直筆のヴェーアル語ーヴィシュ語辞典だったらしい。ヴィシュ語を勉強した時に作ったのだそうだ。

 もちろん、麗佳の書いたものもしっかりと翻訳してくれた。


 ありがとう、と素直に言う。


「でもどうなるか分からないからな」


 念を押されるが、それくらいは麗佳にも分かっている。だから一つうなずいた。


 まだ、アーサーが着くまで魔王夫妻にはする事がいくつもある。


 麗佳はオイヴァに連れられ、急いで次の目的地に向かった。

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