第15話 嫌がらせ
「エミールね……」
ヨヴァンカがため息をついた。その隣では何故かハンニがぶるぶると震えている。
おまけに一時的に牢から出され、ここに呼ばれたウティレが気遣わしそうな表情をハンニに向けている。おまけにその直後にオイヴァを睨みつける。
ウティレはきっと何か知ってるだろうとオイヴァが連れて来た。どうやらハンニが、彼にこちらに寝返るよう説得している時に、王宮魔術師への招集がかかったらしい。それでハンニを心配したウティレがついて行くと言い張ったのだそうだ。
もちろん、身体検査もすませたし、彼の魔力はしっかりと封じてある。
一体なんだろう、と思ってウティレを見ていると、その視線を何か勘違いしたのかいきなり怯えだした。ウティレという男は麗佳を何だと思っているのだろう。失礼すぎる。
「ウティレ、何か気になる事でもあって?」
そう何気なく聞いたが、やはりウティレは怯えたままだ。それは麗佳が彼に厳しく接しすぎた弊害だったのだが、そんな事は麗佳は知らなかった。麗佳はただ王妃らしく威厳に満ちた態度で『侵入者』と対峙しただけだ。
ウティレがここにいる事は麗佳には納得がいかない。
オイヴァは、今いる王宮魔術師の一員に無理矢理ウティレを入れるつもりなのだろうか。今いる五人—— 王宮魔術師長のヒューゴ、副魔術師長で魔王妃の麗佳、 ヒューゴの長男のユリウスと末娘のヨヴァンカ、見習いのハンニ——では足りないと思っているのだろう。力不足をとても情けなく思う。
今、目の前にはオイヴァが魔法で覗いている新しい勇者アーサーの旅が映し出されている。そこではエミールが横柄な態度で、パオラという名前の女剣士の女性を怒鳴っている。見ていてあまり気持ちのいいものではない。
それに怒鳴っている場所が場所なのだ。電車の中というのは公共の場ではないのだろうか。そんな所で怒鳴り散らすなんて一体何を考えているのだろう。常識がなっていない。
大体、その内容も内容だ。エミールという男は男尊女卑の考えを持っているようだった。
『お前みたいなひ弱な女が勇者パーティにいるなんて情けない。陛下も何を考えていらっしゃるのか』と言われ、パオラが泣きそうになっている。アーサーもたしなめているのだが、『うるせえ! 勇者様だからって偉ぶってるんじゃねえぞ、じじぃ!』などと言って収まらない。
大体、アーサーは『じじぃ』には見えない。せいぜいエルッキより少し年上くらいだろう。
「魔術師長、エミールはいつもこんな感じなのですか?」
黙っていて埒があかないのでヒューゴに尋ねてみる。ヴィシュの魔術師でも比較的高い位置にいたヒューゴなら公平な目で見れるかもしれない。
「そ、そうですね……結構……乱暴……ですね」
ヒューゴはいつもとは違って少し言葉を濁す。そうしてハンニの方を気遣わしげに見るのだ。もちろん、魔王夫妻には意味がわからない。
「ハンニと何かあったの?」
ずばり聞くと、みんなの顔がひきつる。ヨヴァンカは『そういうことを口にしてはいけません、妃殿下!』というな目を麗佳に向けてくる。
間違いなくハンニはエミールと何かがあったのだろう。そして、それはつついてはいけない事なのだ。そうなると麗佳はそれ以上は言えない。
オイヴァはそんな王宮魔術師たちの姿を見てため息をついた。
「ハンニ、話してくれないか? お前はエミールとやらと関係があるんだな?」
それは有無を言わせぬ声だった。間違いなくオイヴァはハンニに『命令』をしているのだ。
「陛下、それはあまりにも……」
「あの男の策にはまるな、ヨヴァンカ」
ハンニへのあんまりな扱いに声をあげようとしたヨヴァンカをオイヴァは厳しい声で叱りつけた。
「今のお前たちの行動で大体わかる。今回の勇者パーティの人選は間違いなくハンニを動揺させて、こちらの仲間割れを狙っているのだろう。お前達がまんまとはまってどうする!」
『あ……』と言ったのは誰だっただろう。でも、それで自分たちがどれだけミスをしてしまったのかここにいるみんなにはしっかりと分かった。
「とにかく話してくれないと何も始まらないだろう。ハンニを勇者たちの前に出すか否かもそれで決める」
「では、出さない可能性もあるんですか?」
それを聞いたのはウティレだった。信じられない、と言った表情でオイヴァを見ている。
「ハンニは魔術師見習いとはいえ、立派な王宮魔術師の一員なんだ。みんなこの国に必要なんだ。だから保護をしている。分かるか?」
「でも見張りが、最近の魔王は魔王妃贔屓だって……」
そう言われるといたたまれなくなる。実際、麗佳は今までにいろんなお願いをしてしまっているのだ。
「お前たちの保護がこの国のためにならないのなら、いくら王妃の願いだったとしても聞いてやるものか」
オイヴァがウティレの話ををバッサリと否定した。みんなは神妙な顔でそれを聞いている。
「大体、この国に残って私と結婚して欲しいという無茶苦茶な願いを聞いてくれたのはレイカの方だ。彼女がここに残る選択をすることのメリットよりデメリットの方が大きいだろう。それを知っていて私は彼女を引き込んだ」
それは卑下しすぎだ。でも、今、この場で言うことではない。夫婦喧嘩など聞かせる気はない。もちろん後で反論はするつもりだ。
「だから、ウティレ、お前の部屋でも言ったが、きちんと寝返るのならお前の安全は保証する。ヴィシュの事を知っている味方が増えるのはいいことだ」
数日前にオイヴァとウティレがそういうやりとりをしたのは麗佳も知っている。
「さっきから王妃様が厳しい目で見てきたのはそういうことかよ」
ウティレが蚊の泣くような声でそう呟いてため息を吐く。彼の言う『そういう事』が何を表しているのかは詳しくは分からないが、納得はしてくれたようだ。
この様子ならウティレはこちらに寝返りそうだ。その上でもし裏切ったらこの国の国民として裁ける。オイヴァはウティレにそういう言質をとったのだ。
話がひと段落したのを確認し、ハンニは口を開いた。
エミールは典型的ないじめっ子で、魔術の苦手なハンニは相当ないじめを受けていたらしい。それも暴力、言葉、パシリ、何でもござれだったようだ。
それを伯爵令息のウティレが、その身分を利用して庇ってくれていたという。前の尋問で家族扱いされていないと言っていたからハッタリをかましたのだろう。
どうやらウティレにもいいところはあったようだ。それで先程エミールの話をしていた時に、ハンニに辛い事を思い出させないように魔王を威嚇していたのだろう。
それにしても、ハンニに関する当たりが強い。そういう事情も知っていて、あの時、ウティレを寄越したのだろうか。ハンニを寝返らせるために。それが失敗したから今度はエミールを送るのだ。
もしかたら、アーッレ王は、オイヴァがウティレを処分したと思い込んでいるのかもしれない。それを思い出させる目的で『庇ってくれる友人は魔王に殺されたのだ』という事を自覚させようという作戦なのかもしれない。ウティレが生きているので失敗しているのだが、そんな事は魔王側しか知らない。
ハンニへのいじめの『言葉の暴力』というのは、前にあった勇者による王子殺害事件で真っ先に報復された家の親戚の末裔という事もかなり利用されていたようだ。
そこまで聞いてハンニがどうして最初の頃、魔族に厳しかったのか麗佳にも分かった。
しょっちゅうそんな話を聞かされれば気分も悪い。そうして理由を知らないから元凶を恨んだ。そういうことだ。
「それでハンニはどうしたい? 自分は今、魔王に保護されて幸せに暮らしていると、エミールに直接言えるか?」
「そ、それは……」
ハンニがまた震えだした。今までのいじめを思い返しているのだろう。
オイヴァはそれを見て、『わかった』と一言言った。
「ではウティレ、お前が生きているということを教えよう。協力してくれるか?」
「え゛……?」
ウティレは露骨に嫌そうな顔をした。麗佳にはウティレが何を言いたいのかは分かる。今、アーサーが持っている魔剣の事だ。
わざとため息をついて見せる。どうして分からないのかしら、というメッセージを込めた。
「ウティレ、わたくしは王宮副魔術師長なのですよ」
だから殺させる気はない。そう暗に伝える。オイヴァの方を見ると優しく頷いてくれたので安心する。
「あと、一度、勇者をエミールと引き剥がしたい。あれは間違いなく邪魔になる。そのための魔術の手助けをして欲しい」
今日は本当はその相談をしに来たんだと言う。そういえばそれが本題だった。でも、今までの話が無駄だとは麗佳も思わない。
「そうですね……例えば目くらましをするならこういうのとか……」
「父様、こういう方法がいかがでしょうか?」
「そうですわね。そういうやり方も……」
全員が魔術式を持ち寄ってあーでもないこーでもない、と話し合う。麗佳も真剣な表情でそれに加わった。
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